[市場動向]

業務のデジタル化を阻むIT清書機の謎─『鎌倉殿の13人』と「働かないおじさん」の深い関係

2022年3月7日(月)佃 均(ITジャーナリスト)

今回のテーマは企業情報システムのメインストリームからやや外れるが、ビジネスシステムイニシアティブ協会(BSIA)主催のデジタル座談会(2022年2月21日開催)を契機に、「IT清書機」の問題を考えてみた。業務システムにおける紙媒体の扱いと受け取られるのだが、掘り下げると「一見デジタルで、実はアナログ」の問題であることに気づかされる。それが、タイトルにある現在放映中のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』とどう結びつくのかは読んでのお楽しみ、ということで。

 ビジネスシステムイニシアティブ協会(BSIA)は、IT Leadersの人気連載「是正勧告」でお馴染みの木内里美氏が代表を務めるユーザーコミュニティだ。そのBSIAが、「利用者(あなた)を幸せにするUX~みなさんの『不満』を聴かせてちょうだい~」という面白そうなデジタル座談会を開くというので参加してみた。

写真1:PPDコンサルティングの土肥亮一氏

 この種のセミナーではまず講師が一方的に話し、その後20分ほど受講者と講師の間で質疑応答というケースが少なくない。ところがBSIAのデジタル座談会は、最初の1時間が話題提供、後半の1時間が参加者による意見交換という構成となっている。この日の話題提供者は、PPDコンサルティングの土肥亮一氏(写真1)。「『IT清書機』問題、または『不自由に気づかない』問題」と題したセッションを行った。ちなみに土肥氏は会計検査院で審議官(通信・郵政担当)とCIO補佐業務を務め、政府IT予算にかかる検査の道を開いた人物として知られている。

「帳票あるある」を残したままデジタル化?

 1960年代以後、行政機関の事務処理にコンピュータとネットワークが導入され、処理時間の短縮や情報の伝達などで一定の効果はあったのだが、電子化の一歩手前で足踏みしている。結果として国民(住民)は、行政電子化の恩恵を実感できていない。

 「行政機関にあるほとんどの情報は電子化されている」にもかかわらず、e-Japan戦略から20年経っても足踏み状態なのか。土肥氏がその要因を調べると、「紙媒体に出力して、国民や他の機関とデータ交換しているから」だと言う。紙に出力されたデータを交換するとは、つまり受け取った帳票を再入力する、という意味だ)。

図1:紙媒体を継承した受注入力画面の例(出典:BSIA デジタル座談会 土肥亮一氏資料)
拡大画像表示

 再入力ばかりでなく、データを入力・出力する帳票はコンピュータ処理になる前の書式を継承している。土肥氏が言う「紙媒体に最適化された設計」とは、第一義的には手作業時代の伝票や集計表の書式がそのまま入力画面になっているということだが、それだけを意味していない。帳票や入力画面の設計はデータ構造そのものと言ってよい(図1)。

 それによって何が起こっているか、「帳票あるある」の一例として土肥氏は「事□業□名」「氏□名」「住□所」「令和□年□月□日」といった項目のスペース(文字空け)、男・女/要・不要など「どちらかに◯を付けてください」の指示(図2)。銀行口座(支店3ケタ+7ケタ)やマイナンバー(12ケタ)、クレジットカード(16ケタ)の番号を1マスごとに1文字を入れる“エクセル方眼”などを挙げる。

図2:こんな設計でよいのか?(出典:BSIA デジタル座談会 土肥亮一氏資料)
拡大画像表示

 項目の文字空けは、項目の長さを調整することで入力画面や帳票の見た目をよくするため、「◯を付けよ」の指示は紙に出力してペンで書き込むことが前提、エクセル方眼は画面の作りやすさや紙の入力シートと同期させようという意図が背景にあるのかもしれない。

 しかし「令和□年□月□日」は元号表記なので、大正・昭和・平成・令和を西暦に置き換えなければならない。7~16ケタで1組なのに数字を1つずつ分離したのでは番号として用をなさないし、ソート/マージにそぐわない。出力した紙にペンで記入された「◯」をどうやって入力すればいいの?──ではないか。

 紙時代の因習は、金融機関のATM(現金自動預払機)にも継承されている。一般消費者にとって最も身近な“ITの代表格”で、キャッシュカード1枚で預入れ・引出し・振込み・振替えなどができる便利なシステムだ。便利さが優先して、そこに「ご利用時間と手数料のご案内」が表示されることに多くの人は違和感を覚えない。

図3:なぜATMにこんな画面が? みずほ銀行の例(出典:BSIA デジタル座談会 土肥亮一氏資料)
拡大画像表示

 土肥氏が示した図3はみずほ銀行の例だが、これは紙に印刷して配っていたパンフレットのイメージをそのままコンピュータに取り込んだだけのように見える。利用者はこれを読んで理解しなければならない。多くの人は読むことをしない。

 だが挿入されたキャッシュカードが自行のものか他行のものかはATMが自動的に識別するし、現在の時刻もシステムが知っている。そうであれば、ATMの画面には「手数料は◯◯円です」「あとXX分で◯◯円になります」といった情報を表示するのがサービス指向の設計ではないだろうか、と土肥氏は指摘する。

 データの出入口はITの顔をしているが、実際の情報処理は人手──「デジタル」が喧伝される現代にあってもなお、コンピュータは“きれいなプリントアウト”を作るための「IT清書機」「ワープロ」として使われている。紙の書式のままデジタル化しても、データ中心設計にはほど遠い。ゆえに行政のワンストップサービスは20年以上を経た現在も実現していないし、デジタル庁の取り組みがその延長線上にとどまるのではとてもではないがデジタルトランスフォーメーション(DX)とは言い難い。土肥氏は、「半世紀前からのデータ中心設計がまだできていない。IT清書機の撲滅を」と訴えて話を締めくくった(図4)。

図4:IT清書機の撲滅を!(出典:BSIA デジタル座談会 土肥亮一氏資料)
拡大画像表示

●Next:IT清書機の問題は組織の「エライ人」「働かないおじさん」問題

この記事の続きをお読みいただくには、
会員登録(無料)が必要です
  • 1
  • 2
  • 3
関連キーワード

デジタライゼーション / 業務効率化 / 帳票 / デジタル庁 / ATM / HER-SYS

関連記事

Special

-PR-

業務のデジタル化を阻むIT清書機の謎─『鎌倉殿の13人』と「働かないおじさん」の深い関係今回のテーマは企業情報システムのメインストリームからやや外れるが、ビジネスシステムイニシアティブ協会(BSIA)主催のデジタル座談会(2022年2月21日開催)を契機に、「IT清書機」の問題を考えてみた。業務システムにおける紙媒体の扱いと受け取られるのだが、掘り下げると「一見デジタルで、実はアナログ」の問題であることに気づかされる。それが、タイトルにある現在放映中のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』とどう結びつくのかは読んでのお楽しみ、ということで。

PAGE TOP