[インタビュー]
マスターデータ管理のないDXはありえない─ガートナーの専門家に「MDMの今」を聞く
2022年10月12日(水)田口 潤(IT Leaders編集部)
セルフサービスBIやアナリティクス、ビッグデータやAIの話を聞かない、あるいは記事を目にしない日はほとんどない。しかしマスターデータマネジメント(MDM)についてはどうか? 最近では、議論すらないのが実際のところだろう。そんな中、ガートナージャパン主催の「ガートナー データ&アナリティクス サミット」ではMDM専門セッションが2つもあった。いったいなぜ今、MDMなのだろうか?
2022年9月中旬に東京都内で開催された「ガートナー データ&アナリティクス サミット」。そこではデータサイエンスやデータドリブンといったテーマが話題の中心だったが、その中で目を引くセッションがあった。「マスターデータ管理(MDM)の基礎」「MDMは、ビジネスのどこに、どのように価値をもたらすか」の2つである。
MDMは30年以上前からある概念だけに、適正な形で実践されているかどうかは別にして、ある意味、過去の遺物と化している。特に日本では、MDMと言えばモバイルデバイス管理のほうがメジャーであり、マスターデータ管理が耳目を集める機会はほとんどない。にもかかわらず今回、なぜ2つもセッションが用意されたのか。2022年の今、なぜマスタ・データ管理なのか──。セッションを担当した米ガートナー リサーチディレクター、サリー・パーカー(Sally Parker)氏(写真1)に聞いてみた。
結論を先に書くと、過去、整備してきたさまざまな情報システムに包含されるマスターデータは、分散化・サイロ化しており、ビジネスの観点からは使い勝手が悪く、まったく不十分な状況にある。一方、データドリブンマネジメントといった言葉に象徴されるように、データの重要性は高まるばかりなのでその問題を放置しておくわけにはいかない。同時にMDMソリューションの多くは、サブスクリプションベースのSaaSとして提供されるようになった。こうしたことが相まって、改めてMDMに取り組む動きが増えている──というのがインタビューの骨子だ。
MDMは過去の遺物ではない
──単刀直入にお聞きします。なぜ、データ&アナリティクス サミットでMDMなのでしょう? 日本では関心が高いとは言えませんし、欧米でも関連する論文や記事はあまり見かけません。極端に言うと、過去の話なのでは?
パーカー氏:いえ、そういう状況ではまったくありません。パンデミックをもたらしたCOVID-19に限らず、今日では不確実をもたらすさまざまな要素が混在し、顧客マネジメントや製造、サプライチェーンといった活動が影響を受けています。何よりもデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みでは、企業や組織はアジリティやスピード感を持って動けるようになることを求められます(図1)。
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こういった不確実性に対応したりアジャイルに動いたりするにはナビゲートする役割、つまり顧客や製品、取引先などに関して十分に信頼できるデータが、決定的に重要です。マスターデータマネジメント(MDM)は、データに信頼性をもたらす基盤の役割を担っていますから、関心が高まるのは自然なことです。MDMなしのDXはありえないと言ってもよいでしょう。
事実、ガートナーへのMDMに関する問い合わせは、パンデミックが広がった2020年に前年比で60%増加し、翌年には50%の増加でした。いずれも感覚的なもので正確な統計値ではありませんが、それほどMDMへの関心は高まりましたし、市場規模の面でも実際に非常に強力な成長を見せています。
ですから日本でも今後、関心が高まるのではないでしょうか。これも正確な値ではありませんが、MDMの地域別の市場シェアは2021年の段階で北米が50%、欧州が25%、日本は2.5%でした。しかし不確実性の中でDXを進める必要があるのはどの地域の企業も同じですから、この比率は変わっていくと考えるのが自然です。
──とはいえ、データの信頼性は昔から大事ですし、MDMはこれまでも実践されてきました。これまでのMDMでは不確実性やアジリティには不十分ということでしょうか? もう少し、詳しく解説いただけませんか?
パーカー氏:確かに分かりにくい面があるかもしれません。これまでMDM、つまりマスターデータマネジメントという言葉は、データ品質など、テクノロジーマターであると捉えられてきました。しかし事業目的の実現をデータでサポートする、そのために顧客や製品、売り上げなどをシングルビューで見えるようにするには、ファウンデーション(基礎、基盤)としてのMDMが欠かせません。以前はテクノロジーに限定されていた状況が変わり、MDMはビジネスのプロジェクトだという見方が浸透しつつあるのです。
それは当社の顧客企業の話からも明らかです。多くが具体的な目的を持ち、ビジネスのさまざまな課題を解決するためにMDMを検討しています。事業側がIT部門と連携していかに価値を生み出せるか、MDMによってシングルビューを実現し、目的を達成するかという話が増えています。事業側がコストを削減したり、売り上げを増やしたりするために、改めてMDMに取り組むことは避けて通れないという風潮に変わっているのです。
もちろんこれは、企業の成熟度によって左右されます。例えばMDMのアーリーアダプターである金融やヘルスケアでは、リスクやコンプライアンスが重視されます。(顧客を詐称するような)詐欺行為に対応するためにも、顧客や取引先のマスターを刷新するなど、MDMの価値が認識されているわけです。
日本では少し違っているかもしれません。MDMのどんなベンダーが浸透しているのかを観察すると、プロダクト指向(製品マスター)のベンダーが多いという事象があります。日本では製品の生産、サプライチェーンがMDMのアーリーアダプターになっていると見ることができます。
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