日本の総企業数の99.7%、従業者数でも約69%を占める中小企業。そのIT/デジタル活用を促進し、加速させるのはどうすればよいのか? 経済産業省は、そのための新たな一手として、「DX支援ガイダンス:デジタル化から始める中堅・中小企業等の伴走支援アプローチ」を策定し、2024年3月末に公開した。経産省や関連団体の過去の取り組みを振り返りつつ、DX支援ガイダンスの目的・内容と意義を確認してみたい。
今、なぜ中小企業への伴走支援が必要なのか
中小企業の情報化やデジタルトランスフォーメーション(DX)への取り組みが進むかどうかは、個々の企業における生産性や付加価値の向上、人手不足への対応といった点で欠かせない。加えて、日本の総企業数の99.7%、従業者数でも全体の約69%を占めるのが中小企業だけに、地域経済、ひいては日本経済を活性化するうえで重要だ。そのため、経済産業省は過去さまざまな施策を実施してきた。ITコーディネータ資格制度やIT導入補助金などがそれである。
ところが、これまで中小企業側は、「ITやデジタル化は難しいしお金もかかる」、ITベンダーなど提供者側は、「中小企業の情報化はビジネスにならない」といった感じで、ずっと膠着、足踏み状態が続いてきた。そこにクサビを打ち込み、最初の一歩を踏み出せるようにする──そうした意図の提言が「DX支援ガイダンス:デジタル化から始める中堅・中小企業等の伴走支援アプローチ」である。
タイトルにある“伴走支援”とは、発注者と提供者の関係から脱し、中小企業に寄り添って個々の事情を踏まえたサポートを提供すること。スポーツにおける選手とコーチのように、一心同体で中小企業が情報化やDXに取り組めるようにする。コーチ=伴走役としては従来のITベンダーやITコーディネータ、商工会議所などに加えて、新たに地域金融機関を想定した。
それにしても、今なぜ伴走支援なのか、発注者と提供者という関係からの脱却は難しいのではないか、そして地域金融機関がなぜ伴走役になるのだろうか? DX支援ガイダンスはこれらの疑問(=課題)を織り込んで策定されているが、本編が60ページ強と長いこともあって少々分かりにくい。そこでこれまでの経産省の施策を説明しつつ、ガイダンスの意図を紐解いてみよう。
20年以上前から中小企業のIT/デジタル化を促す
「知る人ぞ知る」だが、経産省は20年以上も前から中小企業のIT化促進に取り組んできた。筆者が記憶する中で最も古い取り組みが、1998年の戦略的情報化投資活性化事業(ITSSP:ITソリューション・スクエア・プロジェクト)で、実施主体は、経産省傘下の情報処理推進機構(IPA)である。
当時、Windows 95の登場やインターネットの本格商用化を契機に情報革命が世界的に進展していたが、景気低迷下の日本企業、特に中堅・中小企業はその波に乗り損ねていた。そもそも情報革命への認識が高くない中、中小企業の経営者の多くは情報化といっても何をすればよいのかを判断できない。ほかにも社内に適切な人材がいない、ITベンダーの提案を評価・選定するのも困難など複合的な事情があった。
この状況を改善すべく、ITSSPは、①中小企業の経営層に役立つ知識や情報の提供、②他の経営者と交流する機会の提供、③中小企業の視点で経営とITに関わるアドバイス・支援を行う人材の認定などを行う事業に取り組んだ。特に③により、ITコーディネータという資格制度が整い、2001年初めには制度運営を行うITコーディネータ協会が発足。同年秋に最初の認定ITコーディネータ559名が世に出て、2023年3月末時点には約7000名にまで増えている。
これにとどまらず、経産省は2004年度から2006年度にかけて、「中小企業の経営改革をITの活用で応援する委員会」(通称:IT経営応援隊)事業を実施した。中小企業の経営者にIT経営の重要性に気づいてもらうため、『IT経営の教科書』や『これだけは知っておきたいIT経営』などを制作・発行。さらに、IT経営にすぐれたれた中小企業を発掘してまとめた『IT経営百選データブック』『IT経営百選データブック2』を発行した。111の企業や団体のプロフィールをまとめ、うち10社については具体的なIT活用事例を詳細解説している(写真1)。

この取り組みはその後、2014年の「攻めのIT経営中小企業百選」に、2022年以降は「DXセレクション」に引き継がれた。IT経営百選では企業ヒアリングまで実施した一方、攻めのIT経営中小企業百選などは応募書類審査だけといった選定プロセスの違いはあるものの、一貫してIT経営を実践する中小企業の事例を多数発掘している。
2009年春には、経産省がみずから中小企業向けSaaS活用基盤整備事業および「J-SaaS(ジェイサース)」の運用を開始した。ITベンダーが提供する財務会計、給与計算、販売管理、電子申告、プロジェクト管理などのアプリケーションをWeb経由で利用できるようにしたマーケットプレイスである。参加ベンダーにはSaaS化に必要な開発費(2000万円もしくは5000万円)を支給するなど、総額で約40億円を投資している。
J-SaaSはサービスであり、無料の試用期間もあったので初期の費用負担が少なく、複数のサービスを使う場合でもシングルサインオンが可能、サービス同士がデータ連携する(制限あり)といった特徴があった。主に従業員20名以下の企業を想定し、2009年度中に50万社のユーザー獲得を目指したが、フタを開けると2009年12月時点で3000社程度。2010年年6月には運営主体を富士通に移管して巻き返しを図ったが、すでに存在しないのは周知のとおりだ。成功はしなかったが、ここまでやったという事実は評価されてしかるべきだろう。
一方、2016年には「地方版IoT推進ラボ」という取り組みをスタートさせている。県や市町村などの地域ごとに、産官学が連携してIoTやビッグデータ、AIを生かした取り組みを創出するのが目的。あくまでも地域の自主性を重視し、経産省などはメンター(専門家)の派遣やロゴマークの使用権付与(ブランディング)、広報支援などを行う程度にとどめた。2022年初めの段階で全国106の地域が選定され、同年には取り組みを発展させた「地域DX推進ラボ」がスタートしている。
つまり、経産省はITコーディネータ制度による支援人材の充実(ヒト)、IT経営を実践する中小企業の発掘やアピール(情報)、中小企業や利用しやすいサービスの提供(モノ)、地域を巻き込んだ支援体制の構築(環境)などさまざまな施策を実施してきたわけだ。詳しくは説明しないが、当然、資金支援も随時実施してきており、現在はITツール(ソフトウェアやサービス)やPCなどを導入する際に、半額から最大5分の4を補助するIT導入補助金制度がある。
中小企業のIT/DXの取り組みはまだこれから
では、さまざまな施策を実施した成果はどうなっているのか。ITかDXかの違いはひとまず置くとして、従業員規模別に見たDXへの取り組み状況を示したのが図1、2023年2月公開の「DX白書2023」からのデータである。「全社戦略に基づき、全社的にDXに取り組んでいる」割合は1000人以上の企業が50%なのに対し、100人以下の企業では11.4%であるなど、規模と取り組み状況には顕著な差があることが分かる。

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別のデータも見てみよう。東京商工会議所が2023年7月に公開した「中小企業のデジタルシフト・DX実態調査」によると、「ITを差別化や競争力強化に積極的に活用している」との回答は6.7%にとどまり、企業なら実施していて当然の「ITを活用して社内業務を効率化している」は43.6%だった。これに対し、IT化の途上と言える「紙や口頭でのやり取りをITに置き換えている」は30.6%、IT化以前の「口頭連絡、電話、帳簿での業務が多い」(レベル1)は18.8%あった(図2)。

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ざっくり言って半数がまだこれからといったところである。調査対象は東京23区の中小企業1万社(回答は1336社)であり、情報の入手しやすさやITベンダーの豊富さ、ITインフラ環境などを考慮すると、日本の中小企業の平均はこれより低いはずだ。
●Next:これまでに何が足りなかったのか? DX支援ガイダンスではどう補うのか?
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