米国におけるSaaSの浸透やWeb 2.0と総称される様々な新しいテクノロジーやサービスの普及は、エンタープライズアプリケーションの開発にどのように影響しているのか? 結論を言えば、ユーザーコミュニティを活用して開発を効率化する方向に進んでいる。その象徴が、サービスプロバイダが開発プラットフォームを提供し、そこに開発コミュニティを形成しようとする動きだ。エンタープライズマッシュアップなどの新しい開発手法も登場している。ここではSaaS普及の要因分析から、コミュニティの力を利用したエンタープライズアプリケーション開発の流れを紹介する。
※本稿はNTTデータ発行の「US Insight Vol.36」に掲載した記事を加筆・編集して掲載しています。
シリコンバレーとサンフランシスコを結ぶ大動脈であるフリーウェイ101。ここで車を走らせているといつも、気になる巨大な看板が目に飛び込んでくる。看板には自転車ロードレースの写真と、「$40/month」という数字が大きく書いてある。
実はこれ、企業向けのCRM(顧客情報管理)アプリケーションをオンデマンドで提供しているSugarCRM(注1)の看板だ。不特定多数の車が通るフリーウェイ沿いに、看板という“昔ながら”の形態で「月額40ドル」と、まるで月々の電気料金のような表示をしている点がとても目を引く。
注1: SugarCRMは元々オープンソースのCRMソフトウエアを提供していたが、Sugar On-Demandでサービスの提供も開始した。
この看板は、あらゆる企業にとって業務アプリケーションが電気やガスのようなユーティリティとなったことの表れだろう。しかも、必要な時に必要なだけ適切な価格で入手可能になったことを物語っている。
SaaS普及のポイントとASP型サービスとの違い
2006年頃から本格的に普及し始めたSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)は企業アプリケーションのデリバリモデルとして定着した。ユーザーにとってSaaSの最大のメリットは導入の容易性である。だが、かつてのASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー、注2)と比較して、なぜこれほど普及したのだろうか。SaaSがASPと比較して違う点は大きく2つある。
注2: 特定または不特定のユーザーにネットワークを通してアプリケーションを提供するサービスである。その点ではSaaSと同じといえる。主に1998年から2000年ごろに注目され、各種企業が参入したが、あまり多くのユーザーを集めることができなかった。
1つは、SaaSはマルチテナントであること。仮想化などの技術を活用することで、同一のアプリケーションとプラットフォームによるサービスを複数の企業に対して提供する。
2つ目はカスタマイズ性の高さだ。SaaSでは、画面構成や使用する機能の選択などを中心に、顧客ごとに一定のカスタマイズが可能である。
かつてASPについて検討した経験を振り返ってみると、導入や運用でコストメリットをまったく出せないケースが多かった。ユーザーの要求に応じるには、どうしても専用の環境を用意することになるからだ。アプリケーションを顧客ごとにカスタマイズすれば、当然メンテナンス性が悪くなって費用も嵩むといった問題があった。
このような事情に対して、最近のネットワークコストの大幅な低下や、IT資産の管理や業務プロセスを外部に委託することへの企業の抵抗感が少なくなってきたことが重なり、SaaSのマーケットは大きく広がった。特に、アプリケーションがカスタマイズ可能なことは、SaaSが幅広い顧客を獲得する大きな要因になったと考えられる。
SaaSの特徴とプラットフォームサービスの登場
SaaSが普及したポイントの1つは、アプリケーションのカスタマイズ性が高まったことである。これに関して注目すべき動きが出てきている。カスタマイズ用のプラットフォームそのものをサービスとして提供するものだ。ユーザーやサードパーティが開発した追加機能や新しいアプリケーションをコミュニティ経由で流通させて機能の拡充を目指す、という動きに発展している。
その代表的な例がセールスフォース・ドットコムが提供する「AppExchange」と「Force.com」である。SaaS型のサービスプロバイダーとしてセールスフォース・ドットコムの対抗馬とされるネットスイートも、「SuiteFlex」という開発プラットフォームを提供している。ここでは最も進んでいるセールスフォース・ドットコムの詳細を見ていくことにしよう。
セールスフォース・ドットコムは早くからSaaSに取り組んでおり、2006年からオンデマンドで利用できるアプリケーションのマーケットプレイス「AppExchange」を展開している。AppExchangeは、セールスフォース・ドットコムのCRMアプリケーションを利用しているユーザーを対象にしたサービス。追加機能や新たな業務アプリケーションを簡単に利用するための3つの特徴がある。
まず、導入作業がシンプルなこと。クリックするだけで追加機能やアプリケーションを導入できる。実際に導入するかどうかを決める前に、試しにアプリケーションを使ってみることも可能だ。
次に、豊富なアプリケーションが提供されていること。セールスフォース・ドットコムだけでなく、顧客や開発者、パートナー企業が参加する開発者ネットワークから有料/無料のアプリケーションが数多く提供されている。
最後に、機能やアプリケーションを選ぶ際に参考となり得る情報が存在することだ。具体的には、オークションサイトなどで見られるように、利用者のフィードバックによってアプリケーションを評価する仕組みを用意している。
米国でのAppExchangeのアプリケーションを調べてみると、やはりセールスフォース・ドットコムから提供されているものが多い。しかし、それ以外にもさまざまな企業がアプリケーションやカスタマイズのためのツールを提供している(表1)。
例えば、BI(ビジネスインテリジェンス)ツールで有名なビジネス・オブジェツ(2007年にSAPが買収を発表)は、Salesforceに保存してあるデータからレポートを作成する機能やレポートのテンプレートを提供している。エクスペンスウォッチ・ドットコムは中小企業向けに、旅費精算や購買の管理機能として、承認フローやレポーティングを備えるアプリケーションを提供している。
サードパーティによるアプリケーション開発が進む中、セールスフォース・ドットコムは開発環境のさらなる拡張に積極的な姿勢を見せている。同社は2007年9月に開催したDreamforce注3 で、AppExchangeのアプリケーション開発環境を拡張すると発表した。
注3:セールスフォース・ドットコムが年に1回開催している、顧客および開発者向けのイベント。
この発表を受けて登場したのが、2008年にリリースされた「Force.com」である。基盤を提供することから、セールスフォース・ドットコムはPaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス)というキーワードを使って、Force.comを大々的に展開し始めている。
セールスフォース・ドットコムはForce.comの正式リリースに当たって、いくつかの機能を追加した。大きな追加機能の1つである「VisualForce」は、画面を自由に構成したり、モバイルプラットフォームに対応させたりする機能を備える。ウェブサービスによるデータ連携機能も追加。ビジネスロジックを定義する独自の開発言語「Apex」など、開発者プレビューとして2007年から公開していたコアの機能も一般ユーザーに向け正式にリリースした。
●Next:コミュニティ活用によるアプリケーションの開発手法
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