[製品サーベイ]

WAN高速化製品サーベイ─多様化するニーズへの対応も進む

2012年6月7日(木)緒方 啓吾(IT Leaders編集部)

容量が少なく、遅延の大きなWAN回線でスムーズな通信を可能にするWAN高速化装置。 最近は、仮想デスクトップやクラウドなど、さまざまな通信のパフォーマンスを向上できるようになってきた。

企業ITにおけるWANの重要性が増している。グローバル展開に伴う海外拠点とのやり取り、データ保護やコスト削減を目的とした本社へのサーバー集約、昨年の震災以降は、事業継続のためにデータセンター間のバックアップ体制を整備する企業も増えている。

WANを介したシステム利用を考える際、今でも話題に上るのがパフォーマンスの問題だ。周知の通り、WANは回線容量が小さく、接続距離に起因するネットワーク遅延も大きい。アプリケーションの処理が重くなったり、共有サーバーのファイルを開くのに何分も待たされたりするケースも珍しくない。「回線事情の良くない海外拠点と3D-CADなどのデータをやり取りする場合、飛行機で運んだ方が早いという場合すらある」(日立製作所の桝川博史部長)。

こうした課題を解決して、通信のスループットを改善するのがWAN高速化装置である。ベンダーの買収統合も一段落し、成熟が進んだ分野ながら、新たな動きも見られる。日立製作所は2012年1月、WAN高速化製品「日立WANアクセラレータ」の販売開始を発表し、市場に新規参入。海外進出を狙う大規模顧客のニーズを狙う。また、リバーベッドテクノロジーは2012年3月、Webアプリーションや動画などのコンテンツ配信の高速化を手がける米アカマイ・テクノロジーズと共同でSaaSの高速化サービス「Steelhead Cloud Accelerator」を発表した。まずは、製品の仕組みをおさらいした後、特徴的な製品を見ていこう。

プロトコルの“癖”を把握しWAN上でのやり取りを最小限に

WAN高速化装置を利用する際の、基本的な構成を示したのが図1である。回線の両端に向かい合うように装置を置く。アプライアンスの形態をとる製品が多いが、仮想サーバーやPC上で稼働するソフトウェアを提供するベンダーもいる。

図1 WAN高速化装置の利用イメージ
図1 WAN高速化装置の利用イメージ
通信プロトコルの拡張や、キャッシュの利用、データの圧縮などの技術を用いて、WANを介したやり取りの回数やデータ量を減らす

2つの装置がそれぞれの拠点からWANに流れる通信を取りまとめ、より効率的にやり取りする。“WAN回線を多用せず、通信の目的を達成する”というのが基本的なアプローチだ。そのために用いる手段は主に4つある(表1)。

表1 WAN高速化製品が用いる主な技術
高速化の技術 概要
プロトコルの最適化 通信プロトコルの非効率を解消し、WANを介したやり取りの回数を減らす。例えば、一度に送信するデータ量を増やしたり、代理応答などを行ったりする
キャッシュの保持 同じデータを何度もやり取りしなくてすむよう、過去に送受信したデータを保持しておく。キャッシュの保持方法には、バイト単位とファイル単位の2つの方法がある
データの圧縮 データを圧縮して送受信する
QoSの制御 通信の輻輳が発生した場合に、重要度の高いものから優先的に帯域幅を割り当てる。例えば、テレビ会議を優先して、Webブラウジングの通信を抑えるなど

1つめは、さまざまなアプリケーションが用いる通信プロトコルTCPの最適化である。TCPは、通信の信頼性を確保するため、データを一定量送るたびに、データが正しく到達したことを知らせる応答を待つ。このため、通信の遅延が大きい遠隔地との通信では、待ち時間が累積してデータを送り終えるまでに時間がかかる。そこで、一度に送信するデータの量を可能な限り増やして、通信のオーバーヘッドを小さくする。

2つめは、アプリケーションレベルの通信の効率化。TCPの最適化によって、一定程度のスループット向上が期待できるが、さらに通信の中身に踏み込んで効率化を図る製品もある。例えば、WindowsOSがファイル共有に用いるプロトコル「CIFS」は、サーバーとクライアントが頻繁に通信するが、毎回内容が変わらない定型のやり取りも少なくない。そこで、サーバーに代わってクライアントに返答する機能を搭載し、WANを介した通信の回数を減らす製品もある。対象アプリケーションの種類は限られているが、スループットの向上が期待できる。

3つめは、データのキャッシュである。過去にやり取りしたデータを数十〜数百バイトの単位で断片化して、IDとともに各拠点の装置が保持。送信データが断片を含む場合、該当箇所をIDに置き換えてサイズを小さくする。ダウンロードしたファイルや画像などを一定期間保管しておき、同じファイルのダウンロード要求があった場合に流用するタイプもある。

4つめは、データの圧縮。WANを流れるデータサイズを小さくして、送受信にかかる時間を短縮する。

これら高速化の機能に加えて、通信の帯域制御機能を持つ製品もある。回線が混雑した時に、Webブラウジングや動画サイトのストリーミングなど、重要度の低い通信を抑え、業務用システムやテレビ会議システムなどを優先させる。

TCPやCIFSの最適化は共通
目的別に各ベンダーが棲み分ける

WAN高速化が登場した当初は、ファイルサーバーへの読み書きやWeb閲覧、データベースへのアクセスなどの高速化を望む声が中心だったが、時代と共にビデオや音声、ストリーミングなどにも対象が広がってきた。VPNなどを介した社内ネットワークへのアクセスの高速化を望む声も増えてきている。こうした流れに対応すべく、各ベンダーは対応アプリケーションの種類を増やしたり、モバイル端末向けにソフトウェア型の高速化装置を提供したりするなどして差異化を打ち出した。結果として、各製品が目的別にすみ分けている状況にある。

「特定のアプリケーションのレスポンスを早くしたいのか、データセンター間のバックアップ時間を短縮したいのか、製品ごとに得意分野が違うので、目的の明確化が大切」(複数ベンダーのWAN高速化装置を取り扱うネットマークスの尾崎啓マーケティングマネージャ)。

以下、各種調査や複数の業界関係者が主要製品としてあげる、リバーベッド、ブルーコート、シルバーピークの3社と、新規参入した日立製作所の製品の特徴を見ていくことにする。

[リバーベッド・テクノロジー]
主要アプリケーションに対応
SaaS高速化ビジネスにも進出

WAN高速化製品分野で名を知られているベンダーの1社がリバーベッドである。同社が提供する「Riverbed Steelhead」は、Microsoft ExchangeやLotus Notes、Oracle Forms、Citrix XenDesktopなど、業務で利用される機会の多いアプリケーションに特化した高速化モジュール開発に力を入れる。

2011年3月には、米アカマイ・テクノロジーズと共同でSaaSの高速化サービス「Steelhead Cloud Accelerator」を発表(図2)。WAN以外の通信の高速化にも乗り出した。アカマイは、インターネットアクセスの高速化サービスを提供するためのサーバーネットワークを全世界に張り巡らせている。クラウド事業者のデータセンターに最も近いサーバーに、リバーベッドがWAN高速化装置の仮想アプライアンスを設置。SaaSの利用料金の20%程度を支払うと、自社のWAN高速化装置を接続できるようになる。現時点で、高速化が可能なクラウドサービスは、GoogleApps、Salesforce.com、Microsoft Office 365。今後、対応範囲を拡大していく予定だ。

図2 「Steelhead クラウドアクセラレータ」のイメージ
図2 「Steelhead クラウドアクセラレータ」のイメージ
クラウドサービスとの接続点にリバーベッドの高速化装置を設置。社内においた高速化装置との間で通信を高速化する

「パイロット運用を開始した企業の間で、SaaSのパフォーマンスを懸念する声が増えている。多くの場合、サービスそのものや回線容量ではなく、ネットワークの遅延が原因。WAN高速化装置の技術を活用することで、より快適にSaaSを利用できるようになる」(リバーベッドの伊藤信マーケティングマネージャー)。

[ブルーコートシステムズ]
キャッシュ機能に注力
動画やSaaSも最適化の対象に

Webプロキシ製品ベンダーのブルーコートは、WAN高速化装置との技術の類似性に着目し、2006年頃からWAN高速化アプライアンス「Blue Coat ProxySG Acceleration Edition」の提供を始めた。

業務と関係のない通信をブロックして回線を有効活用する帯域制御機能や、Webサイトのキャッシュデータを保持してSaaSとの通信を最適化する機能など、Webプロキシの技術を随所に活用する。

WAN高速化装置と同様の機能を備えるPC向けアプリを、無償で配布している点も特徴だ。VPNなどを使った社内ネットワークへのアクセスを高速化できる。「Webアプリケーションに多数のクライアント端末からアクセスさせるようなケースでは、コスト面で強い」とする競合ベンダーの声もあった。

[シルバーピーク・システムズ]
通信全体の底上げを重視
UDPの最適化に一日の長

日本国内では知名度がそれほど高くないものの、データセンター間のバックアップ時間を短縮する目的で採用実績を伸ばしているとされるのがシルバーピークの「Silver Peak NX/VXシリーズ」である。

背景には、UDPの最適化ニーズの高まりがある。TCPよりも信頼性に劣るものの、高速な通信が可能なUDPは、リアルタイム性を重視するテレビ会議やストリーミング配信などで用いられる。最近は、データ量の増加に対応するため、UDPを採用するバックアップソフトも増えてきた。これらのスループット向上を望む声が増えてきた結果、以前からUDPの高速化に取り組んできた同社の製品に注目が集まりつつあるという。

「最近は、競合製品もUDP対応を打ち出てきてはいるが、現時点ではシルバーピークに一日の長がある」(同社製品を販売するネットマークスの田牧歩プロダクトマネージャ)。

[日立製作所]
キャッシュ機能を持たずTCPの最適化に注力

日立製作所は2012年1月、同社初のWAN高速化製品「日立WANアクセラレータ」を発表した。きっかけを作ったのはホンダの研究・開発機関である本田技術研究所だ。3次元CADやCGなどの大容量データを、海外拠点とスムーズにやり取りしたいと考えていた同社が、日立製作所に共同開発を打診。日立が数年前から進めていた技術研究をベースに、実証実験などを重ね、製品として結実させた。

同製品のアプローチは、回線容量を余すことなく使いきるというもの。競合他社が、限られた回線容量でも通信できるよう、WANに流すデータ量を減らそうと努めているのと対照的だ。

圧縮技術やキャッシュ技術を用いない代わりに、TCPの高速化を追求した。送信先からの確認応答を待たず、次のデータを送信。パケットの喪失が発生しないよう状況を監視しつつ、回線の利用率を高く保つ。 (緒方 啓吾)

表 主要なWAN高速化製品
表 主要なWAN高速化製品
UDPに対応している製品では、ストレージ装置間のデータコピーやビデオ会議、ストリーム配信などの高速化が期待できる。
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