サービス提供に必要な「情報」のあり方─サービス情報の整備をしよう
2014年8月19日(火)山田 篤伸(PTCジャパン)
第1回から第3回では、アフターサービスにおける3つのビジネスモデルを見てきた。いずれのビジネスモデルでも、最大限の収益を得ようとすれば、ITの仕組みを活用して効率的にサービスを提供しなければならない。今回からは数回に渡って、アフターサービスを支えるITの仕組みについて考えてみよう。
サービスの提供プロセスには、様々な業務が関係してくる。すべてのプロセスにおいてITによる業務サポートが不可欠であり、その対象はあまりにも広範囲に渡る。そこで、本連載では近年の技術革新によってアフターサービスに著しい効果をもたらすITを特に取り上げる。
サービス提供のバリューチェーンは大きく、(1)サービスの準備、(2)サービスの提供、(3)サービスの分析の3つに分けられる。今回は、サービスの準備のための先進的なITの取り組みを紹介する。
サービスの提供には事前準備が必要
どんな製品であっても、販売開始までに企業が準備しておくべきことがいくつかある。現在の生産技術では、製品の初期不良を完璧に防ぐことはできないだけに、消費者が製品を購入した、その瞬間から適切なサービスが提供できるように準備を調えておくことは企業の責任だからだ。
アフターサービスのために準備すべきは、「知恵」「モノ」「人」の3つである。「知恵の準備」とは、製品をどのようにサービスするかを記した「サービス情報」を準備することだ。「モノ」は製品そのもの、「人」はサービス情報に則って実際のサービスを提供するサービス担当者である。当然、モノと人の準備は進むわけだが、情報の準備についてはなおざりにされがちだ。
サービス情報には、交換部品や消耗品の部品番号・価格・最小発注単位などを記載した「サービス部品表」(パーツカタログ)や、分解/取付手順を説明した「整備マニュアル」(サービスマニュアル)などが含まれる。
適切なサービスを提供するためには、適切なサービス情報が不可欠だ。サービス情報が製品の実態に即していなかったり間違いがあったりすると、モノや人が準備できたとして、修理・整備の現場で間違った作業を実施してしまうことになる。場合によっては、本来正常に稼働していた部位までも壊してしまう「いじり壊し」など、より深刻な事態を招きかねない。
サービス情報の不適切さや誤記に起因する事故を防ぐためには、正しいサービス情報を、適切なタイミングで、それを必要としている技術員に届けることが極めて重要である。にもかかわらず多くの製造業が今も、「製品の更新頻度が高すぎて、サービス情報をタイムリーにアップデートできない」という課題を抱えている。
製品の多様さと更新頻度は増加する一方である。市場ニーズを迅速に反映するために商品の修正・是正の頻度が高まったり、消費者ニーズの細分化に対応するために製品仕様がますます増えたり、あるいは新興国・地域の経済発展に伴い仕向地がどんどん増えたりするからだ。そうした環境下で、これまでと同じ仕組み、同じ考え方では、サービス情報のタイムリーな提供は、ますます難しくなる。
サービス情報も設計・生産同様にモジュール化を図る
サービス情報のタイムリーなアップデートを難しくしている要因の一つが、サービス情報を“本を書くように”記述していることがある。最適なサービス情報の提供に向けては、設計・生産現場で広く受け入れられている「モジュール化」の手法を持ち込む必要がある。製品がモジュール構造で設計・生産されているであれば、サービス情報も同様に部品化・共用化が可能なはずだ。
サービス情報の部品化/共有化を進めている企業に、建設機械最大手の米キャタピラーがある。同社は、サービス情報の翻訳対象の言語数を、部品化以前の20種前後から50種近くにまで、翻訳費用を増やすことなく広げている。サービス情報の部品化によって、1言語当たりの翻訳費用を半分以下にまで押さえ込んでいることになる。
サービス情報の部品化・共用化が企業にもたらすメリットは大きい。ざっと挙げてみるだけでも、以下のような効果が見込める。
●既存製品を元に新製品を開発する場合、サービス情報の執筆工数を削減でき、サービス情報作成のリードタイムも短縮できる
既存製品のために作成したサービス情報は新製品でもそのまま再利用できるため、新たに設計した部品に関してのみ記述すれば良くなるため
●サービス情報としての品質が向上する
記述を再利用することで、表記上の揺れを防げる。どの製品に関するサービス情報であっても、まったく同じレベルでの記述を保証できるため
●設計変更時のサービス情報修正の手間が劇的に削減できる
設計変更により部品の仕様が変わった場合、その部品に関する記述を一カ所修正するだけで、その部品を利用するすべての製品のサービス情報を同時に変更できるため
●翻訳費用が削減でき、翻訳スピートが向上する
記述の部品化・共有化が進むため、翻訳しなければならない記述の量が減るため
XML対応の規格を使い情報の中身と見た目を分離する
サービス情報の部品化・共有化を進める際には、既存の規格を利用するのが有効だ。製造業で広く採用されている規格は2つある。1つは「S1000D」だ。航空機のサービス情報を作成するための規格としてスタートした。現在は、防衛産業や鉄道など、複雑かつ高価な機械を長期に渡って運用する事業領域に深く浸透し始めている。
もう1つは「DITA (Darwin Information Technology Architecture)」である。米IBMが技術文書作成のために規格化した。自動車業界やコンピュータ業界などで広く採用が進んでおり、製造業におけるサービス情報部品化のデファクトスタンダード(事実上の業界標準)と言える。上述したキャタピラーもサービス情報の部品化に、このDITAを採用している。
S1000DとDITAに共通する特徴が、文書の記述方法にXML(eXtensible Markup Language)を採用している点である。S1000Dの古い規格ではSGML(Standard Generalized Markup Language)もサポートしていた。サービス情報の記述にXMLを用いることの最大の価値は、コンテンツ(中身)とスタイル(見た目)の分離が可能になることである。
コンテンツとスタイルの分離が企業にもたらすメリットには次のようなものがある。
●対応工数が劇的に削減でき、作業漏れなどを防ぎ、かつリードタイムが短縮できる
新しいデバイスへの対応が必要になった場合、コンテンツに手を入れる必要がなく、新しいデバイス用のスタイルファイルを準備すれば、それで対応が完了する。ロゴや企業カラーを変更する場合も同様だ。スタイルファイル自体もモジュール化できるため、1つのスタイルファイルを変更すれば、多様なデバイスに向けた多様なサービス情報のレイアウトを一挙に変更できる
●より柔軟な組織運営と明確な責任分担が可能になる
内容の正確さに責任を持つ執筆者と、レイアウトに責任を持つ「スタイラー」と呼ばれる専門担当者とに職務を分轄できる
サービス部品表や整備マニュアルなどのサービス情報は、伝統的には紙に印刷され冊子として提供されてきた。そこでは情報の最終的なレイアウトが大きな意味を持つ。しかし、昨今のICT技術の進歩により、サービス情報の利用シーンは、以下のように大きく変わりつつある。
●診断技術の高度化に伴って、技術員がノートPCやタブレットを携行するようになってきた
●コールセンターの役割の変更に伴い、サービス情報をオペレーターが操作するPC上に呼び出して参照することが増えてきた
●製品のスマート化が進み、必要なサービス情報を製品に表示させて利用者をガイドするという手法が確立されつつある
●消費者にサービス情報を開示することも一般的になってきた
つまり、サービス情報は、これまでのように技術員にのみ冊子として渡されるのではなく、複数の経路を通して複数の利用者へ届けられるようになってきている。
サービス情報の配信経路の多様化が進むにつれ、「それぞれのデバイスに適したレイアウトで情報を配信しなければならない」という新たな課題が生まれてきた。こうした課題に最も効果的に対処できるのも、XMLが持つコンテンツとスタイルを分離するという特性である。
従来のデスクトップ・パブリッシングの手法では、コンテンツの作成とスタイルの設定(レイアウト)は不可分の作業である。執筆者が両方の作業を同時に実施する。この手法では、新しいデバイスへの対応が必要になったとき、ファイルを一から書き上げなければならない。
S1000DもDITAも、サービス手順などはXMLで記述する。その際、原稿執筆者は「最終的にその情報が、どんなデバイス上で、どのようにレイアウトされるのか」を意識する必要がない。どのデバイスでどう表示するかは、スタイラーが指定する(図1)。
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