[イベントレポート]
“Technology Doesn't matter”─デジタルビジネスへの対応を訴求するレッドハット
2015年7月7日(火)田口 潤(IT Leaders編集部)
コンテナ技術が実用期を迎えていることを印象づけた米レッドハットの自社イベント「Red Hat Summit 2015」。だが、そこでは同社の単独イベントとはいえ、アプリケーションのアジャイル開発やDevOps(開発と運用の融合)、継続的デリバリー、あるいは、その実行環境としてのハイブリッドクラウドなど、ソフトウェアの開発・運用を巡る様々な技術が持つ意味の再考を迫る話題が投げかけられた。以下では、同イベントで語られた内容に焦点を当てて紹介する。
「かつては工場の規模や労働者数、資金など巨大な資産こそが武器だった。『早さ』『安さ』といった効率の時代の話である。情報中心の時代になった今日、価値を生み出すのは巨大な資産を持つ組織ではない。情報を生み出し、拡張し、組み合わせられる組織である。
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事実、(個人のドライバーとタクシーを必要とする人を仲介する配車サービスの)米Uberは1台の車も保有しない。Facebookはコンテンツを創造しない。(空き部屋を持つ人と宿泊先を探す人を仲介するホテルサービスの)米Airbnbは不動産を所有しない。このように経済の基礎的条件が変わった以上、組織は何をもって価値を創出するのかを再考しなければならない」
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「テクノロジーそのものは重要ではない(Technology Doesn't matter)。テクノロジーによって、新しい価値や新しいビジネスモデルを生み出すことこそが重要だ。それが“デジタル化(Digitization)”と呼ばれるプロセスである」
いずれも、全部で4コマあったRed Hat Summit2015のキーノートとゼネラルセッションの中で、語られたキーメッセージである。前者はJim Whitehurst CEOの、後者はCraig Muzilla上級副社長(Applications Platforms Business担当)のコメントだ(図1、図2)。
「デジタルビジネス時代」と言われる今日、いずれも一定の納得感のある発言だといえる。だが、違和感を抱く人もいるのではないだろうか?米ガートナーや米IBM、あるいは米HPのような企業が主催するカンファレンスならいざ知らず、OSやクラウド向けソフトウェアなどを主力とするレッドハットの経営陣が「Technology Doesn't matter」といった主張をすることに対してである。
特にWhitehurst CEOによるキーノートのテーマは、「Disrupt or be disrupted(破壊するか、それとも破壊されるか)」。ある面“今さら感”さえある、このような話を展開したのはなぜか。何しろ2014年は「OSSエコシステムを進化させる”触媒” としてのレッドハットの役割」や、「Dockerが実現するプログラマブルIT」といった話が、中心だったのである(関連記事1、関連記事2)。
推測だが、その理由の1つは、自らが中心にいるOSS(Open Source Software)のエコシステムやビジネスモデルが広く浸透したため、ことさら強調する必然性がなくなったこと。もう1つはコンテナ技術をベースにした「プログラマブルなIT」という概念が、Open Container Projectや自社のRed Hat Atomic Enterprise Platformなどにより技術的にレディになったことが考えられる(関連記事:【RedHat Summit 2015】ビジネス密着のITに向けコンテナ技術が急浮上)。本イベントの参加者にとってコンテナ技術の可能性や価値はもはや周知であり、いかに利用に踏み切ってもらうかに焦点を合わせたというわけだ。
別の理由もありそうだ。日米を問わず大半の企業にとって、OSSの利用はまだしもDevOps(開発と運用の融合)や継続的デリバリー、コンテナ技術、あるいはプログラマブルITといった世界は、まだ身近とは言えない。であるならば、情報システム技術の段階的な進化を訴えるよりも、ビジネスや事業が求めるスピードに適合するITを強調する。つまり「すべての企業はITを駆使する企業になるべき」と主張し、そこからコンテナ技術などに関心を持ってもらう方が理にかなっているというシナリオだ。
イノベーションには実験や小さな失敗が欠かせない─キーノート
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Whitehurst CEOのキーノートを詳しく紹介しよう。同氏は、米自動車大手、Ford MotorのMark Fields CEOによる次の言葉を引用する(図3)。
“The car is becoming the ultimate technology product and we are becoming more of an information company.(自動車は究極の技術製品になりつつある。そしてFordは情報の会社になっていく)”
Fields CEOは続けて、こう語る。
「今日の自動車は1000万行のプログラムを内蔵しているのだから、(上述したことは)自然なことだ。もし自動車メーカーが自動車だけに固執すれば、単なるハードウェアの会社になってしまう。企業は情報を駆使してアジャイル、イノベーティブにならないと生き残れない。そのためには、業務プロセスやマインドセット、文化を変える必要がある。
好例がスターバックスだ。同社はインテリジェントな抽出機、モバイルによる支払い、ワイヤレス充電、iBeaconといったテクノロジーなどを実験し、『顧客が何を求めているのか』ではなく、将来『何を求めるのか』を見極めようとしている。コーヒーを提供するだけではなく、(テクノロジーによって)顧客体験を提供することが大事だと認識しているからだ」
ここでいうiBeaconは米Appleが提供するiPhoneを持つ人の位置を認識するための技術。個人にカスタマイズしたメッセージを送ったり商品を薦めたりするO2O(Online to Offline)サービスなどに利用される。
その上でWhitehurst CEOは“失敗の薦め”と変革を説く。
「企業はアジャイルになるためのシステマチックな能力を持つ必要に迫られている。すなわち実験的な試みや小さな失敗をプロセスに組み込むことだ。それらを許すように文化を変えるのは難しいが不可欠でもある。効率重視の文化は俊敏性とは相反する。変えなければ後方に置いて行かれてしまう。
マーク・アンドリーセン氏が書いた『Why Software is Eating the World』は事実だ。そして(源流がリーン生産方式にある)DevOpsは、テクノロジーを超えて、企業のあり方そのものである。(来場者である)皆さんが破壊者(Disruptor)である。あなたは自分の会社をどうするのか、業界の構造をどうするのか考えてほしい」
一方、Whitehurst CEOのキーノートの2時間前に行われた別のキーノートでは、Craig Muzilla上級副社長が冒頭で紹介したコメントとともに、「Uberや動画ストリーミング配信のNetflixは、クラウド上でマイクロサービスアーキテクチャーに基づくアプリケーションを運用し、DevOpsを実践している。それが生み出すスピードが決定的に重要だ」などと述べている。
これら2つのキーノートは重要なメッセージを含むと同時に、とても巧妙に作られたものだろう。以下のストーリーが自然に浮かび上がるような構成になっていたからだ。
「何をどうすれば正解なのかが見えにくいデジタルビジネス時代においては、効率よく成功する近道は存在しない。小さな失敗を覚悟の上で数多くの実験的を試みる。その中から初めてイノベーションが見えてくる。そのためのITがコンテナ技術であり、開発・運用基盤としてのPaaS(Platform as a Service)であり、DevOpsである」
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