[経営とITを結ぶビジネスアナリシス〜BABOK V3の基礎知識〜]
戦略アナリシス=ビジネスのゴールにITプロジェクトを結びつける:第2回
2015年8月14日(金)清水 千博(IIBA日本支部BABOK担当理事) 新冨 啓明(IIBA日本支部マーケティング/プロモーション担当理事)
業務とITシステムに対する要求を引き出し、それらを分析して解決策を考えるための知識体系における国際標準が「BABOK(Business Analysis Body Of Knowledge)Guide」である。2015年4月に、最新バージョン「BABOK Guide V3」が発表された。今回からは読者が抱えている課題を想定し、BABOK V3がどのように役に立つかを考えていく。今回は、知識エリア「戦略アナリシス」を取り上げる。
第1回では、BABOK V3の狙いとコンセプト、およびBABOKが持つ6つの知識エリアを紹介した。同時に、読者が抱えているであろう課題の例もいくつか挙げた。そのうちの1つは、以下のような課題だった。
課題例1:クラウドでITを道具として使えるようになってきたが、ビジネスの目的や価値が十分に明確にできないまま仕事をしている、あるいは、業務部門からの要請のままにシステムを開発している。だが、そもそもビジネスの目的との関連が明確になっていない。
似たような課題をお持ちの読者は多いのではないだろうか。この課題を解決する糸口を提供するのが、BABOK V3の6つの知識エリアの1つである「戦略アナリシス」である。まずは、その概要を見てみよう。
知識エリア:戦略アナリシス
•現状から将来の望ましい状態までエンタープライズにおけるトランスフォーメー
ション(変容)を可能にするチェンジに関する戦略を定義する
•戦略的または戦術的に重要な意味を持つビジネスニーズを定義し、エンタープライズがそのニーズに対応できるようにし、その結果としてのチェンジへの戦略を高位の戦略と整合させる
•ビジネスニーズへ対処するために必要な、将来の状態および、それへの移行状態を定義する
•ビジネスアナリシスにおける戦略的思考を対象にするだけでなく、ステークホルダーのための、より大きな価値の創出や、エンタープライズ自身のための、より多くの価値の収集を可能にするソリューションの発見や想像も含む
前回紹介した米カリフォルニア州立大学ポモナ校の一色浩一郎教授が指摘する「戦略的にITに投資する」ための条件も、この知識エリアにある。戦略アナリシスを実践して初めて、一色教授が指摘する“米国流IT投資”、すなわち戦略的なITの活用が可能になる。
戦略アナリシスを、もう少し詳細を見てみよう。図1は、ビジネスアナリシスの活動の進歩と、潜在価値の発見から実現価値の提供に至るまでの、価値のスペクトルを説明したものだ。左側が戦略アナリシスであり、扱う情報は「ニーズ」から始まる。次回に解説する「引き出しとコラボレーション」の活動と強い密接な関係があることを示唆している。
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以下、4つのタスク「現状を分析する」「将来状態を定義する」「リスクをアセスメントする」「チェンジ戦略を策定する」について概説する。
タスク1=現状を分析する
ビジネスニーズを理解する。そしてビジネスニーズが現在のエンタープライズの機能と、どのように関係しているかを理解する。チェンジのためのベースラインとコンテキストを設定する。
組織戦略をガイドラインとして、ビジネスニーズを定義することから現状を分析すればよい。例えば、顧客の苦情、売り上げの損失、新しい市場の機会など、企業の課題がビジネスニーズの起点になることが多い。
ビジネスニーズの定義は、多くの場合、あらゆるビジネスアナリシス作業の中で最も重要なステップである。ソリューションが成功したと見なされるには、ビジネスニーズを満たさなければならないからだ。どのビジネスニーズを採用するかを決めることが、これからのビジネスアナリシス活動を大きく左右する。
ここがまさにビジネスアナリストの力量を発揮する部分だ。小さな日常活動の改善になるのか、エンタープライズ全体の変革になるかが、この段階で方向付けられる。
現状の分析には、エンタープライズの内部の影響要因と外部の影響要因がある。
内部要因:組織と文化、能力とプロセス、テクノロジーとインフラ、ポリシー、ビジネスアーキテクチャー、内部資産
外部要因:業界構造、競合他社、顧客、サプライヤー、政治、マクロ経済環境
現状のエンタープライズが置かれている環境を360度分析し、課題として採用したビジネスニーズにどう対応するべきかを決める。それが変革(チェンジ)のコンテキストを設定することになる。
タスク2=将来状態を定義する
まず、ビジネスのゴールと目標を定義する。そしてビジネスニーズを満たすために、エンタープライズのどの部分が、ゴールと目標を満たすためにチェンジする必要があるかを定義する。ビジネスアナリシスの仕事が戦略的な部分である。
もうお分かりだろう。ITプロジェクトをビジネスのゴールや目標に結びつけるために、ビジネスのゴールと目標そのものを定義することが、このタスクの目的である。それを実現するチェンジの手段として、「ITシステム」というソリューションを定義するわけだ。
ビジネスのゴールとして扱うものには、以下のような項目がある。いずれもが組織戦略に直結する。
•新しいプロダクトやサービスなど新しい能力の創出、競争上の優位性の確立
•売り上げの増加、コスト削減による収益改善
•顧客満足度の向上
•プロダクトやサービス提供までの時間短縮
このうち、新しいプロダクトやサービスなど新しい能力の創出では、次回に解説する「引き出しとコラボレーション」の概念実証や、プロトタイプ、データマイニングなどと密接な関係のある総合的なアクティビティが要求される。
一色教授によれば、米国の経営者が特に好む戦略的投資の対象は「ビジネスモデルそのものの変革」である。そこで大切なのは潜在価値を特定することだ。
ビジネス目標を満たしただけでは、将来状態への移行を正当化できるわけではない。チェンジを十分に正当化するには、潜在価値を評価する必要がある。将来状態を定義するためにビジネスアナリストは、ソリューションの潜在価値を特定しなければならない。
それには将来の企業利益(すなわち潜在価値)をできるだけ正確に見積もる必要がある。そのためのテクニックとしてBABOKでは、「ビジネス能力分析」「ビジネスモデル・キャンバス」「SWOT分析」「財務分析」など、多くのテクニックを紹介する。
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ビジネスモデル・キャンバスは、V3で新しく追加されたテクニックだ(図2)。顧客への価値提案、その価値を提供する際の重要な要因、生じるコストと売り上げの流れなどが理解できるようになる。あらゆるチェンジのコンテキストを把握し、最も重大な影響を与える可能性のある問題や機会を特定できる。
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