[経営とITを結ぶビジネスアナリシス〜BABOK V3の基礎知識〜]
ビジネスアナリシスは計画どおりには進まない─適正な計画とモニタリング:第5回
2015年11月13日(金)戸沢 義夫(IIBA日本支部コミュニケーション担当理事、産業技術大学院大学 教授)
ビジネスアナリシスは、その道のプロフェッショナルが担う仕事だ。そのため「BABOK(A Guide to the Business Analysis Body of Knowledge)」は、プロフェッショナルにとっては非常に上手くまとめられている。しかし、ビジネスアナリシスをこれから勉強しようという人にしてみれば、BABOKを第1章から順に読み進めていくと、第3章「ビジネスアナリシスの計画とモニタリング」でつまずいてしまうかも知れない。今回、解説する第3章は、ビジネスアナリシスが、どのような仕事かを理解した後でないと、内容が理解できないからだ。
「BABOK(A Guide to the Business Analysis Body of Knowledge)」と同様の知識体系に、サービス管理のための「ITIL(Information Technology Infrastructure Library)」やプロジェクトマネジメントのための「PMBOK(A Guide to the Project Management Body of Knowledge)」がある。
しかし、BABOKと、ITIL/PMBOKでは、その成り立ちが全く違う。ITILやPMBOKは、数々の失敗で苦い思いをした経験から、それらを未然に防ぐためには、どのような知恵があるか、ベストプラクティスはどうなっているかをまとめたものだ。誰がやっても失敗しないように、知識がプロセスとしてまとめられている。
一方のBABOKは、失敗を避けるために作られたものではない。「ビジネスアナリシスとはどのような仕事か」「ビジネスアナリストはどんなことをするのか」を明らかにするために書かれている。結果、知識はプロセスではなくタスクとしてまとめられている。特に日本では「BABOKは上流工程の失敗を防ぐためのもの」というメッセージが発せられることがあるが、これは大きな誤りである。
「こうしなさい」と指示する権限は
ビジネスアナリストにはない
ビジネスアナリシスを一言でいえば、「ビジネス価値を生むために仕事の仕方を変える(チェンジする)こと」である。何をチェンジするかは、ビジネスアナリシスの結果、分かることであって、最初は分かっていない。また仕事の仕方を変える(チェンジを実施する)のはステークホルダーであって、ビジネスアナリストではない。ビジネスアナリストには、ステークホルダーに「こうしなさい」と指示する権限はない。チェンジのためには、ステークホルダー自らの判断で仕事の仕方を変えると意思決定することが何よりも大事だ。ビジネスアナリストの仕事は、その手助けをすることである。
ビジネスアナリストは、チェンジに関係する多くのステークホルダーと関わる。その関わりの中から、何をチェンジするかを見いだし、新しい仕事の仕方(ソリューション)がどのようなものか(デザイン)を提案する。ステークホルダーが新しい仕事の仕方を受け容れ、自主的に「変える」と言い出すように促す。だが、仕事の仕方を変えることを嫌がる人は常に存在する。そうした抵抗勢力に、どのように対処するかはビジネスアナリストにとってのチャレンジだ。
何をチェンジするかはビジネスアナリシスの結果決まるため、当初は目的がはっきりしたプロジェクトの形態が取り難い。このようなビジネスアナリシスの性質を考えると、事前に詳細な計画を立て、その通りに仕事を進めるプロジェクトマネジメントの仕組みが合わないことが分かる。では、BABOKがいう「ビジネスアナリシスの計画」とは何なのだろうか。
ビジネスアナリシスの計画は自身のためではない
BABOKの第3章に記載されているタスクは次の5つである。
タスク1=ビジネスアナリシス・アプローチを計画する
タスク2=ステークホルダー・エンゲージメントを計画する
タスク3=ビジネスアナリシス・ガバナンスを計画する
タスク4=ビジネスアナリシス情報マネジメントを計画する
タスク5=ビジネスアナリシス・パフォーマンス改善策を特定する
それぞれの内容を順に説明する。
タスク1=ビジネスアナリシス・アプローチを計画する
ビジネスアナリシスはプロフェッショナルの仕事である。つまり、ビジネスアナリストに仕事を依頼する人(スポンサー)が別にいる。ビジネスアナリストは、自分の仕事への対価(報酬)を受け取るため、スポンサーには報告義務がある。
スポンサーが安心するのは、ビジネスアナリストが仕事の進め方をきちんとイメージできていると確信が持てる時だ。ビジネスアナリストが描いている仕事の進め方、すなわち「ビジネスアナリシス・アプローチ」を見える形にしたものが計画である。計画では通常、方法論と、どのタイミングでどのような成果物が作られるかを示す。
方法論の例を図1に示す。これは筆者が約20年前から使用している方法論であるが、「BABOK V3」の内容と完全に一致している。BABOKには新しいことが書かれているのではなく、既に知られている知見を集めたものである傍証になるだろう。
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BABOKには明確に記述されていないが、ビジネスアナリシスの計画では、ビジネスアナリシスの価格(コンサルタントの場合は売値)を決めることが多い。価格はコストに利益を付加して決めるものと思っている人が多いが、ビジネスアナリシスでは、チェンジすることで得られるはずのビジネス価値から価格を決定する。ビジネスアナリシスが焦点を当てるのは、ビジネス価値だからだ。
図2はBABOKで3回も繰り返し登場する「Business Analysis Value Spectrum」である。ビジネスアナリシスでは、色々なチェンジが考えられる中から、より大きなビジネス価値が得られるチェンジは何かを見いだす。なので、ビジネスアナリシスの価格が高ければ、得られるはずのビジネス価値も大きいとコミットする意味があるので、できるだけ高く値付けするほうが良い。
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タスク2=ステークホルダー・エンゲージメントを計画する
ビジネスアナリストはチェンジに関係する多くのステークホルダーと関わることになる。業務知識はビジネスアナリストよりステークホルダーの方が圧倒的に多く持っている。ステークホルダーの業務知識をきちんと引き出せないとビジネスアナリシスは失敗する。
ステークホルダーがビジネスアナリストに協力的になり、情報欠落に陥らないようにするにはどうすればよいか。仕事の仕方を変えなければならなくなるステークホルダーに納得してもらうにはどうすればよいか。主要なステークホルダーとのコミュニケーションが途絶えないようにするにはどうすべきか。こういったこと気を遣い、あらかじめ対策を考えておくことが大事だ。これが「ステークホルダー・エンゲージメント」である。
タスク3=ビジネスアナリシス・ガバナンスを計画する
ビジネスアナリシスにおいて、ビジネスアナリストに大きな権限が与えられることはまずない。また、ステークホルダーを巻き込んだ、きちんとした体制が整えられるとも限らない。そのような中で意思決定をどのように進めるかは重要である。全員が合意したことを翌日に、あるステークホルダーが翻意するようでは、ビジネスアナリシスは進まない。こうした事態を回避するために、意思決定に関するルールを決めることが「ガバナンス」である。
タスク4=ビジネスアナリシス情報マネジメントを計画する
ビジネスアナリストは色々なステークホルダーに会い、様々な情報を入手する。引き出しタスクでは、動画や写真、音声、ツイッター、ブログ、書籍、メモなど様々な種類の情報がバラバラに提供される。これらの情報は将来、いつ参照されるか分からないし、必要な時はすぐに検索できるようになっていなければならない。
後から、どんな種類の情報が提供されるのかを事前に予測するのは難しい。そうであっても、これらの情報はきちんと管理されている必要がある。その管理方法の考えるのが「ビジネスアナリシス情報マネジメント」である。
タスク5=ビジネスアナリシス・パフォーマンス改善策を特定する
ビジネスアナリストはひとまとまりのビジネスアナリシスの仕事を終えると、自分の仕事を振り返って反省し、次回に同じような仕事をする際にもっと上手く進めるにはどうすべきかを考える。チームで仕事をした場合は、互いに仕事を相互評価し改善点をアドバイスする。場合によってはステークホルダーにアンケートしたりインタビューしたりして仕事の改善ポイントを明確にすることもある。
これが「ビジネスアナリシス・パフォーマンス改善策を特定する」ということだ。こうした振り返りが、ビジネスアナリストが成長する原点になる。「仕事をやりっぱなしで終えてはいけない」という戒めがBABOKには、きちんと書かれている。
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