富士通のBIG CHANGE プログラムのチームがAIベンチャーの俯瞰図「Machine Intelligence LandScape」を元に、AIベンチャー企業の実態を調査した。今回は、「Rethinking Industry」すなわち金融や教育、農業などの業種を破壊的に変革することを目指すAIベンチャーを紹介する。
テレビ報道でも取り上げられているが、証券業界では今、ディーラーではなくAI(Artificial Intelligence:人工知能)による取引が拡大している。AI自身が市場環境から法則性を見出し、学習して人間よりも素早く正確に取引する、そんな時代になりつつある。驚くべきことに、日本国内の証券取引では、人工知能を活用した高速売買が総取引量の半分程度にまで伸びているという。
AI適用の業種は14領域に分類
証券取引の例にあるように、金融や教育などの「業種:Rethinking Industries」領域での人工知能の活用が広がっている。サービスや提供するソフトウェアにAIを取り入れて、ビジネスを支援する形態が一般的だ。「Machine Intelligence」の俯瞰図における業種領域は、次の14に分類されている。
●AdTech(販売/高度勧誘技術)
●Agriculture(農業)
●Education(教育)
●Finance(金融)
●Legal(法律)
●Manufacturing(製造)
●Medical(医療)
●Oil and Gas(石油/ガス)
●Media/Content(メディア/コンテンツ)
●Consumer Finance(信販/消費者金融)
●Philanthropies(慈善事業)
●Automotive(自動車)
●Diagnostics(診断)
●Retail(小売り)
ここでは、金融という業種を「Finance(金融)」と「Consumer Finance(信販/消費者金融)」の2つのカテゴリーに細分化しており興味深い。同じ金融でも、ターゲットが企業向けと消費者向けでは、提供するサービスや活用する技術が変わることを示している。
欧米と日本における業種のとらえ方の差も注目しておくべきだろう。慈善事業が、製造や医療と並んでカテゴライズされているのは、慈善事業が巨大な市場を作っていることの証左である。同時に投資に値する企業が多いことや、欧米企業の社会貢献や企業イメージアップ(ブランディング)への意識が強く表れているものと考えられる。
例えば、慈善事業に分類される米DataKindのサポーター(投資家)には、Knight Foundation(ナイト財団)のほか、MicrosoftやMasterCard、IBM、AT&Tといった大企業が名を連ねている。このナイト財団は、民主主義の成熟に向けた取り組みをミッションに、オープンデータなどデータ利活用を進める非営利団体/企業に投資する傾向があるユニークな投資家だ。
以下では、14業種から5つの企業を紹介する。具体的には、金融業でも投資総額が大きい傾向がある信販/消費者金融と、自動車、小売り、製造、教育から1社ずつ選んだ(表1)。自動車、小売り、製造は特に成長が見込まれる分野(EY総合研究所による人工知能関連産業の市場規模予測から)であり、教育は投資総額の大きさが目立つためだ。
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銀行機能は持たずに決済サービスを提供するAffirm
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Affirmは、オンラインショッピングで消費者向けに決済サービスを提供している。人工知能を活用して利用者の信用度を定量的に把握し、常に確認/最適化する。個人ごとに異なる利率はシンプルかつ公正であり、透明性の高いサービスの提供を可能にしている。
同業他社と異なるのは、決済にクレジットカードを不要にしたこと。利用者の信用度をリアルタイムでチェックし、10~30%の範囲の利率でローンを提供する。利用者はデビットカードか銀行振込、または小切手で支払いをする。
Affirmは、銀行機能を持っていない。個人向け銀行である米Cross River Bankと取引を結び、同行を経由して消費者にローン提供する。つまり消費者と店舗と銀行の仲介役を担っている。この形態が付加価値の高いサービスを可能にしているのだ。
AffirmのCEOであるMax Levchin氏は、利用手数料無料でクレジットカード決済を提供する「PayPal」の創業者の一人。2002年には、MIT(Massachusetts Institute of Technologies)のテクノロジーレビュー誌で、35歳以下の世界トップ100人のイノベーターの証である「TR100」にも選出された決済サービス業界の革命児である。FinTechのトップランナーの1人であるとも表現できる。今後は、車や不動産向けのローン事業も営むという。
人工知能活用による金融のサービス最適化は、消費者のメリットだけに留まらない。リーマンショックのような金融危機を回避できるかもしれない。公正な取引は、業界をも変えていきそうだ。
電気自動車にAIを組み込むTesla Motors
Tesla Motorsといえば、高性能でスポーティな電気自動車のメーカーとして広く認知されている。自動(自律)運転に向けても先駆的に取り組んでいる。同社のシステムは、GPS(Gobal Positioning System:全地球測位システム)と連動する全車両からのリアルタイムにデータとフィードバックを受信し、学習に学習を重ねて、日々その機能を高めていく。車両には前方にレーダーとカメラ、車の周囲には16フィートを360°検知できる12個の超音波センサーが装備されている。
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個々の車両は、Wi-Fi接続によりソフトウェアをアップデートし、機能を拡充させていく。ソフトウェアの更新はおおむね週1回の頻度だ。ディープラーニング技術を活用して、利用者が運転すればするほど知見が蓄積され学習し、その結果として車両自体が賢くなっていくという。すでに自宅の敷地内にある駐車場から玄関まで自動的に走行し、オーナーを迎え入れる機能まで実装している。
最新ソフトウェアの「バージョン7」では、新たに4つの機能を提供した。(1)高速道路走行時のオートステア=車速を自動調整しながら車線を逸脱しない走行を可能にする、(2)オートレーンチェンジ=ウィンカー操作だけで安全に車線を変更できる、(3)自動緊急ステアリングおよび側面衝突警告=緊急時に危険回避の自動ステアや警告表示する、(4)オートパーク=低速走行で駐車場を自動検知し自動駐車を行える。
これら機能の1つひとつは、多くの自動車メーカーが程度の差こそあれ、ある程度は実現しているかも知れない。Teslaの強みは、それらを総合的に制御する点にある。自動(自律)運転車は、実用観点で大小はあるものの、実証からついに市販車の時代に突入したといえるだろう。将来、人が運転するのは、サーキット場など趣味で利用するような限られた場所だけになるかもしれない。
より良い小売店舗を作り出すPRISM SKYLABS
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PRISM SKYLABSは、小売店舗に既設の監視カメラで撮影された映像を分析して、店舗をより良くするためのマーケティング情報を提供する。例えば、消費者の動線や商品閲覧の滞在時間、時間帯別の来店者推移などだ。これらを数値化/グラフ化した分析結果をもとに、小売店は店舗のレイアウト変更や店員の配置の最適化などを図れる。
これだけならよくある話だろう。だが同社のサービスは、75カ国300社以上で利用され、アップロードされる映像データは1日当たり4万時間にも上る。このビッグデータの分析処理やチューニングに、ディープラーニングを活用している。ビッグデータとディープラーニングの組み合わせによって、どうすればもっと来店客に快適な売り場にできるかのヒントが得られるのだ。
小売業にとって物理的な売り場の最大限の活用は命題の1つである。日本にも5万店舗以上はあるといわれるコンビニエンスストアを含め、今後需要が伸びる可能性が高い分野であると思われる。
製造現場の品質に狙いを定めるSight Machine
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日本のお家芸とされる製造業。機械に頼るのではなく、人の力を駆使して品質にこだわり「Made in Japan」というブランドを築き上げてきた。Sight Machineは、そんな日本の取り組みを一気に追い越す可能性のある技術を開発し提供している。
具体的には、工場の製造ラインから様々なデータを収集し、リアルタイムで分析するサービスである。人間に代わってAIに不良品を自動かつ迅速に検出させる仕組みを構築するなど、製品の品質向上やオペレーションの効率化に狙いを定めている。
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