企画書、メール、電話、会議、顧客アポイント、出張、報告書、伝票処理、経費精算、有給申請……。実にさまざまな「仕事」を日々効率よくこなすのにはどうしたらよいか? 業種や職種を問わず、だれもが必ず「働き方」の問題に突き当たるはず。そんな当たり前にして永遠のテーマを、ベストセラー『「働き方」の教科書』の著者でライフネット生命保険・代表取締役会長の出口治明氏に、組織で取り組むワークスタイル変革と合わせ、とことん語ってもらった。(聞き手・構成:河原 潤 写真:池辺紗也子)

「サービス産業の消費主体はだれなのか」を考えれば答えは自ずと

――先ほど社会での男女の役割のお話がありました。女性のポジションや働き方について、出口さんは現状をどう見ておられますか。

出口氏:やはり工場中心モデルが過去のものになったことが決定的で、大きな転換が求められています。サービス産業の代表例であるレストランやファッションのビジネスで、購買の主体は言うまでもなく女性です。だから、供給サイドにも女性が多くいないと、顧客の真のニーズがわかるはずがない。ヨーロッパでクォータ制が始まった理由もそこにあります。女性をもっと登用しないと経済が回らないという事実が広く共有されているのです。

 それなのに日本では、男が外で長時間働いて、女が家を守り、介護や育児を一手に引き受けるという時代錯誤的な工場モデルをいつまでもやっている。これでは絶対に成長できません。年間労働時間を2000時間から1500時間程度に減らし、家事や育児、介護を男もしっかり分担することではじめて女性が社会で輝くことができ、日本の経済も伸びていくのです。

――残念ながら、その問題意識を持っている経営者は少ないように思えます。

出口氏:それはなぜかと言うと、今の大企業の経営者は、工場モデルでがんばってえらくなった人ばかりなので、無意識に自身の成功体験に引きずられているからでしょうね。講演でこのような話をすると、50、60代のおじさんから手が上がって、「でもね、出口さん、若いうちは残業や徹夜もいとわず働いたほうが仕事を早く覚えてうまくやれるようになるんじゃないですか」と言われます。でもそれはご自身の成功体験であって、時代も産業構造も変わった今では通用しません。

 そうしたおじさんに、僕はこう答えます。「では、長時間労働や徹夜をしたことで、生産性が上がったりその社員の価値が上がって労働市場で優位に立てるようになったという実証的なデータがあればぜひ送ってください」と。今まで送られてきたことは一度もありません。

――逆に、残業を続けているとどんどん効率が落ちるようなデータならたくさんありますよね。

出口氏:そうです。単純作業のときはスタミナが続くかぎり身体が動きますが、脳みそをフル回転させるような労働は、人間の脳みそのメカニズム上1回2時間、それを4、5回が限度というのが明らかなファクトです。

――個人の働き方、組織の働き方について、「腹落ち」するお話をたっぷり聞かせていただきました。ここからは、システム戦略本部 システム運用部長の名代敏之さんにも加わっていただいて、ライフネット生命での取り組みを詳しくうかがいます。

「年間労働時間を1500時間程度に減らし、家事や育児、介護を男もしっかり分担することではじめて女性が社会で輝くことができ、日本の経済も伸びていくのです」
後編:「ITは時間と距離を縮めるタイムマシン」――ライフネット生命の“働き方改革”はこちら

出口治明(でぐち はるあき)氏
ライフネット生命保険株式会社 代表取締役会長
1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年の生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。主な著書に『生命保険入門 新版』(岩波書店)、『生命保険とのつき合い方』(岩波新書)、『直球勝負の会社』(ダイヤモンド社)、『働く君に伝えたい「お金」の教養』(ポプラ社)、『「働き方」の教科書』(新潮社)、『日本の未来を考えよう』(クロスメディア・パブリッシング)、『「全世界史」講義I・II』(新潮社)