[イベントレポート]
“働き甲斐”改革を加速するタレントマネジメントの最新事情
2017年6月13日(火)川上 潤司(IT Leaders編集部)
タレントマネジメント(TM)を主軸にSaaSを展開するCornerstone OnDeandは2017年6月5日~7日(現地時間)、米カリフォルニア州サンディエゴで年次イベント「Cornerstone Convergence 17」を開催した。キーパーソンへの取材におけるトピックに触れつつ、“人財”を巡る動向や、TMに寄せられる期待といったものを紹介する。
顧客一人ひとりに最適化させた豊かな体験価値を提供し、満足度を引き上げ、友好的な関係をより強固なものにする──。いささか聞き飽きた感もあるが、それを具現化し得るテクノロジーが次々に登場している今、企業が競争優位を獲得する上では欠かすことのできない視点の一つだろう。一連の取り組みを支える仕組みは、しばしばSoE(Systems of Engagement:エンゲージメントのためのシステム)と呼ばれる。
もっとも、優れた事業モデルだけで経営を安定的にドライブできるものでもない。どんなビジネスも「人」(=実務に当たる従業員)の上に成り立っている。テクノロジーの威力にばかりにスポットが当たって忘れがちだが、一人ひとりの意欲や使命感が噛み合わなければ持続的な成長は望めない。その意味において、顧客に向けたエンゲージメント戦略を考えるのと同等に、いや、それ以上に重要性を帯びてくるのが「従業員を対象としたエンゲージメント戦略」。つまり、冒頭の「顧客一人ひとりに…」のフレーズの「顧客」を「従業員」に置き換える発想と実践策だ。
前置きが長くなったが、「人の才能や潜在能力」と「職場でのパフォーマンスやモチベーション」をうまく紐づけること、すなわち「タレントマネジメント(TM)」や、もっと広くは人材開発、人材育成といったことの重要性を再認識させられるイベントに参加する機会を得た。米Cornerstone OnDemandが主催する年次イベント「Cornerstone Convergence 17(CC17)」である。以下に、会期中のトピックを紹介する。
社員の「エンゲージメント感情」をいかに高めるか
まずはCornerstoneについて説明しておこう。1999年設立の同社は、学習管理システム(Learning Management System)を足がかりに、TMやHRM(Human Resource Management)の領域にポートフォリオを広げてきたソリューションベンダーである。この分野では、Success FactorsがSAPの傘下になるなど、大手によるM&Aが盛んだが、同社は今なお独立系を貫き、屋台骨となるソフトウェア/サービスはすべてオリジナルで開発することにこだわりを持つ。
現在は、大きく「Learning(学習)」「Performance(評価)」「Recruiting(採用)」「HR(人事)」という4つの括りに数々のファンクションを集約し、すべてクラウドで提供。換言すれば、TMに軸足を置いたSaaS(Software as a Service)ベンダーだ。GartnerやForrester Reserchなど米大手リサーチ会社のレポートにおいて常にTM分野のリーダーにポジションニングされている。
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市場のトップランナーは、“人財”を巡る状況をどのように見ているのか──。メディアのグループインタビューに応じた創業者でCEOのアダム・ミラー(Adam Miler)氏はこう話す。「会社を立ち上げた当初はタレントマネジメントというコンセプトすらなく、せいぜいトレーニングやパフォーマンス管理の手法が議論される程度だった。それが今、“Nice to Have(あったらいいな)”という過渡期を経て、“Must Have(必要不可欠)”のレベルで語られるようになったのは隔世の感がある。それだけ企業は、従業員の才能を開花させ、最適なポジションに配置し、愛着心を持って働いてもらうことに苦慮しているということであり、タレントマネジメントの重要性を強く再認識しているということだ」。
背景には市場競争、特にグローバルでの競争激化に伴って、人材獲得もまたシビアさを増しているということがある。優秀な人材、即戦力になる人材はどの企業だって確保したい。好条件でリクルートしたまではよいが、魅力的で自身の成長を実感できる職務環境を提供し続けなければ「キャリアアップのための都合の良い腰掛け」として、すぐさま別の会社にジャンプされることに終始する。今いる従業員一人ひとりの思いを理解し、必要に応じて学習や配置転換の機会を提供し、自己実現を後押しする。平たく言えば、“よし、一肌脱ごう”という気持ちを誘発するには、TMのアプローチが欠かせないとの認識が大手企業を中心に広まっているのだ。
会社側が「管理する」という発想からの脱却
しかしながら実状はなかなか厳しい。ミラー氏は、「現状の職務に愛着を持って臨めない、つまりエンゲージメントできていないという従業員はグローバルで87%、米国で68%に上るという調査結果がある。これは“クライシス”とも言える状況だ」と強調。採用活動期を起点とする従業員への働きかけのライフサイクル全般にわたって、的確かつ手厚くサポートする仕組みがなければ会社の求心力は高まらず、持続的な成長は望めないと語気を強める。
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具体的には、どのようなシステムが求められるのだろうか。企業向けに人材戦略コンサルティングを提供するBersin by Deloitteでプリンシパルを務めるジョシュ・バーシン(Josh Bersin)氏は、タレントマネジメントのコンセプトをいち早く市場に訴求した人物の一人で、今回のイベントにもゲストスピーカーとして招かれていた。
同氏は「学歴や職歴、資格などの専門性、評価、報酬…その人に関わる情報を一元的に統合するアプローチは大前提として必要になるにせよ、会社側の都合に重きを置いて“管理する”発想ではなく、一人ひとりが常に前進を実感でき、悩んだり困ったりした時にでも自然に道を拓ける洗練された職務環境を提供すること、つまりは“エンプロイエクスペリエンス”を追求することが欠かせない」と指摘する。
AIやロボットなど進化著しいテクノロジーがビジネスシーンにもどんどん入り込んで来る今後、業務によっては“マシン”に置き換わるものも少なからず出てくると目される。人々は、この先、どんなスキルを身に付ければ未来があるかを考えなければならず、特にこれから社会の中核を担うことになるミレニアル世代は自分磨きに余念がない。「社内のヒエラルキーや政治的プロセスに依存した昇進がまかり通るような組織など問題外。時代に即したスキルアップの場があり、公平かつ共創的な社風があってこそ皆わくわくして仕事ができる。それがエンゲージメントの感情を高める礎をなし、だからこそ個人にフォーカスしたタレントマネジメントが不可欠となる」(バーシン氏)。
中核にあるのは学習を中心とする自律的成長
タレントマネジメントというと、人が“現時点で”備えているスキルや資質、経験値を見える化し、計画的に最適配置することで持てる力を最大限に発揮してもらう取り組みと捉える向きも多い。しかし、ミラー氏にしてもバーシン氏にしても、「いかにして個々人がレベルアップできる環境を用意するか」を前面に打ち出してくるのが印象的だ。会社にとって人は歯車でなく動力。人の成長が組織のパワーアップに結実する──。純然たるその思いが、彼らを突き動かしているかに映る。
「人は自分の可能性に気付くべきだという思いで学習支援の仕組みを考え起業した。その後はユーザーの声を聞きながら機能強化してきただけに過ぎない。新入社員が速やかに実力を発揮できるようにというニーズには「Onboading(就業支援)」を、インフォーマルな学びの場を求めるニーズには「Connect(社内SNS)」を、自己研鑽に対するフィードバックが必要というニーズには「Performance(実績報告)」を、後継の適任者を見つけたいというニーズには「Succession(後継者育成)を…といった具合だ。結果的に、今の時代に欠かせないタレントマネジメントのポートフォリオが出来上がっていた」(ミラー氏)。
個人が新たな知識やスキルを身に付ける。それが一定水準に域に達していることのお墨付きを得る。日本では、集合研修を受けたり、外部の資格試験を受けたりと、やや気構えるようなプログラムにエントリーすることもまだ少なくないが、欧米では、動画を中心とするコンテンツの視聴・閲覧によるセルフ学習のスタイルが定着しつつあるという。専門業者が用意するもの、インハウスで制作するもの、著名な教育機関が公開しているMOOC(Massive Open Online Course)といったコンテンツは充実しており、マイクロラーニングを意識した短尺ものや有識者ががっつり解説する長尺ものなどバリエーションも豊富だ。「都合のよい時間帯を活かして日常的に学習できる環境を誰もが求めている。もっとも、膨大なコンテンツの中から自分に適したもの、求めているものを探し出すのは簡単ではない。そこに“スマートな体験”をもたらす知恵と工夫が欠かせない」とバーシン氏は話す。
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