現在、「2025年の崖」への危機感から、多くの企業が基幹系システムの刷新に取り組んでいる。ここに紹介する三井不動産は2025年の崖という言葉が登場する以前から基幹系システムのクラウド移行に取り組み始め、2019年4月に本稼働を開始している。本プロジェクトを手掛けたITイノベーション部に話を聞いたところ、プロジェクトを成功に導いた最大のポイントは開発前の綿密な意識合わせと「物言えるIT部門」にあった。
三井不動産は2019年7月、基幹系システムのクラウド移行に成功し、本稼働を開始したことを発表している(関連記事:三井不動産が基幹システムを刷新、フルクラウド化で年間5万8000時間の業務量を削減へ)。今回話を聞いたのは執行役員 ITイノベーション部長の古田貴氏、ITイノベーション部開発グループ グループ長の渡辺大氏、同開発グループ統括の溝口賢治氏、同企画グループ主事の足立祥一氏、同開発グループ技術副主事の山本将人氏の5名。
情報システム部からITイノベーション部へ
──「ITイノベーション部」は2017年に「情報システム部」からの名称変更で誕生したそうですが。
足立氏:三井不動産グループは2018年、長期経営方針「VISION 2025」を策定しています。このVISION 2025の軸となっているのが「街づくりを通して持続可能な社会の構築を実現」「グローバルカンパニーへの進化」、そして「テクノロジーを活用し不動産業そのものをイノベーション」です。
最後の項目は、グループの経営戦略の1つとしてIT推進があることを意味しています。さらに掘り下げると、グループ全体で"全社的・永続的な「不動産×デジタル」人材育成により足元を支えつつ、「事業変革」「働き方改革」「システム先進化」を支柱としたITイノベーションを推進する"となります。VISION 2025に先立ち、「情報システム部」から名称変更する形で誕生したのが「ITイノベーション部」です。
古田氏:「情報システム部」だと、各部門の要求に対して応えるのが仕事みたいな雰囲気がありますよね。「ITイノベーション部」は、1つ1つ業務を見直していくこともイノベーションにつながるという観点で考えるようにしています。
足立氏:三井不動産は経済産業省の「攻めのIT経営銘柄2019」に選ばれています。選定理由の1つが「ビジネス革新を支えるイノベーションハブ組織と仕組み整備」でした。事業提案制度を打ち出している経営企画部、ベンチャーとのイノベーションプラットフォームを展開するベンチャー共創事業部とともにイノベーションハブ組織を形成しているのがITイノベーション部です。
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企画段階で慎重に議論を重ねる
──基幹系システムのクラウド移行ということで、相当チャレンジングな取り組みだったと思うのですが、どのような点に気を付けて進めましたか。
古田氏:今回のプロジェクトは、構想に1年かけました。この企画段階がポイントだったと考えています。企画段階でさまざまな議論がありました。決裁システムもやるのかやらないのか、どういう形で実現するのか、といった話し合いを相当行いました。今まで抱えてきた課題と、このプロジェクトでどう解決して新たな効果を生むかを皆で一生懸命考えました。その結果、しっかりとした方向性を打ち出すことができました。何より重視したのが人材と組織です。
──今回のプロジェクトは、どのような陣容で臨んだのですか。
足立氏:先に、三井不動産の経理担当の組織を説明しておきます。本社の経理部のほかに、ビルディング本部、商用施設本部、ホテル・リゾート本部、ロジスティクス本部などの各部門にそれぞれ事務管理グループがあり、経理担当者がいます。
古田氏:プロジェクトは総勢80名。そのうち、コアメンバーは各部門からのメンバーを中心に10名くらいです。各部門からは既存システムであるERPパッケージの「Oracle E-Business Suite(Oracle EBS)」や「Notes/Domino」を実際に使っていた入社3、4年目くらいの若手メンバーを招集しました。このメンバーに打ち合わせに出てもらい、色々なことを決めました。
とはいえ、提案しても必ず会社から反対されてしまうのではモチベーションを保つことができません。自分たちの提案を会社に承認させる、という空気を作ることに神経を使いました。これは、若手に会社の将来のことを考えさせる、よい機会になったと思います。
──さまざまな部門から人を招集して、どのようにプロジェクトを進めたのでしょうか。
古田氏:前回会計システムを開発した時には、経理部を中心にプロジェクトを進めました。情報システム部門はフォロー役に回りました。今回のプロジェクトは情報システム部門が音頭を取りました。これが今回のプロジェクトの特徴です。各部門の担当者だと、どうしても自分たちの部門の立場の要求をすることになります。各部門からの要求を、情報システム部門が全体最適の観点で仕切ることでバランスを取りました。これも、われわれが「ITイノベーション部」だからできたことだと思います。
カスタマイズ重ねたERPをリプレース
──既存のシステムからは、どのような目的で移行したのでしょうか。
溝口氏:三井不動産では、会計システムとしてOracle EBSを導入し、「脱レガシー」は済ませていました。決裁システムはNotes/Dominoで構築していましたが、会計システムとは連携していませんでした。
古田氏:このERPが問題でした。Oracle EBSは2001年に導入し、2008年から2009年にかけてリプレースを行っています。長期に渡って使ってきたわけですが、御多分に漏れず「カスタマイズの化け物」となっていました。ほとんど原型をとどめない「なんちゃってERP」状態です。「これをどうにかしたい」という思いがあり、Oracle EBSの保守期限切れのタイミングで刷新することにしました。せっかくなので、Notes/Dominoで動いていた決裁システムも合わせて一気に刷新しようということになりました。
──新基幹系システムの概要を改めて教えてください。
溝口氏:ERPパッケージの「SAP S/4HANA」、NTTデータ イントラマートのシステム共通基盤「intra-mart」を用いて、フルクラウドで開発しました。SAP S/4HANAは主に会計業務を、intra-martは決裁業務をカバーします。また、経費精算機能としてコンカーの「Concur Expense」とクラビスのクラウド記帳サービス「STREAMED」を採用しています。
これにより、全社業務の標準化と効率化、データ多重入力の廃止、ワークフローの電子化などを実現します。クラウド基盤としては、SAP S/4HANAがSAP HANA Enterprise Cloud、intra-martがMicrosoft Azureとなっています。
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──S/4HANAとintra-martを選んだ理由は?
古田氏:今回は、将来を見据えて全システムをクラウドに移行することを先に決めていました。会計システムについては、クラウド移行の実績が豊富だったのがS/4HANAでした。Oracle EBS Cloudはまだ初期の段階で、この当時(2016年)は実績でS/4HANAが大きく上回っていました。
溝口氏:決裁システムについては、三井不動産では上げる決裁によってさまざまなパターンのワークフローがありました。条件によって横に追加されたり縦に追加になったりと、動的な変化が頻繁にありました。そのようなワークフローの変化に対応できるのが、当時はセールスフォースとintra-martだけでした。私どもの場合ワークフローのパターンと考え方が複雑で、それをクリアできたのがintra-martでした。
●Next:会計系と決裁系で別のクラウド基盤を採用、その訳は?
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