[木内里美の是正勧告]

日本は住みにくく、働きにくいのか?

2022年2月22日(火)木内 里美

日本人の「和を保つ」行動様式が、時に同調圧力となって個性や活力を失う──そんなシーンを何度も見てきた。独創性をもってチャレンジを続ける人達にとって、日本は住みにくく、働きにくい。根源的なテーマに対して思うことを綴ってみる。

ノーベル賞受賞コメントに愕然とした

 2021年10月、真鍋淑郎氏(画面1)がノーベル物理学賞を受賞したニュースは喜ばしい半面、愕然とした思いが今も記憶に残る。メディアの中には日本人の28人目の受賞として報道したところもあるが、真鍋氏は日本出身の日系米国人。大学で博士号を取得して早い時期に渡米し、米国籍になった。日本は2重国籍を認めていないので、米国籍を取った途端に日本国籍が抹消されてしまう。漢字名もなくなるので、正確にはSyukuro Manabe/シュクロウ・マナベと紹介しなければならない。

画面1:ノーベル財団Webサイトの真鍋淑郎氏業績紹介ページ
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 ただし筆者が愕然としたのは、国籍のことではない。受賞インタビューの際、記者から「なぜ日本ではなく米国で働くのか?」と問われた真鍋氏が、「(米国は)コンピュータが存分に使えること、そして自分は調和を保つことが苦手なので日本には帰りたくなかった」と言い切ったことが理由だ。「日本では人々が常に他人への気を遣い調和を保つ。米国では他人がどう思っているかなど気にすることなく、やりたいことができる」ともコメントした。真鍋氏にとって日本は住みにくいのだ。

 あまり知られていないが、筆者には同じような思いで聞いたニュースがある。10年以上も前のことだが、2011年12月末に内閣官房 医療イノベーション推進室長の中村祐輔氏が退任し、翌年4月に米シカゴ大学医学部に拠点を移すといって渡米してしまった“事件”である。中村氏は2020年のノーベル賞最有力候補と言われた逸材であり、いずれその業績によってノーベル賞を受賞するに違いない。しかし、もう日本には戻らないとも語っていた。

 少し説明すると、医療イノベーション推進室は10~20年後、さらには50年後の世界的な医療技術動向を見据えて、国際競争力を持つ日本発の医薬品・医療機器・再生医療などを次々と生み出し、世界に誇れる「医療イノベーション」を起こすことを目的に設置された。関係省庁である文部科学省・厚生労働省・経済産業省の3省による縦割りを排除し、産学官が一体となったオールジャパン体制を構築する。それにより基礎研究から実用化まで切れ目ない研究開発費の投入や、研究基盤の整備に取り組む目論見だった。

 そんな組織の目玉人事として、東京大学 医化学研究所 ヒトゲノム解析センター長だった中村氏を推進室長に招聘したのは2011年1月のことだ。それからわずか1年足らずで中村氏は退任。その際、「国の制度や仕組みを変えようと頑張ったが、各省庁の調整機能さえ果たせず無力を感じた」と語っている。日本の硬直した官僚制度に匙を投げたのだ。2013年2月には推進室も廃止されてしまった。一連の経緯はインターネットで検索してもなかなか見つからない。多くの人は忘れてしまったのかもしれない。

日常的に感じてきた、日本の住みにくさ

 真鍋氏や中村氏のようなノーベル賞級の逸材が、日本は住みにくいとばかり米国に移住してしまう事実には愕然とするしかない。と同時に、日本がずっと抱えている問題のことを考えざるをえない。両氏のような研究者への尊敬、研究環境の整備といった直接的なことはともかくとして、日本に根強くある和を求める風潮、あるいは波風立てずに和を保とうとする文化や風土のことである。日本書紀に記述された「和をもって尊しとなす」という規範は今も脈々と生きている。

 和を保つことは大切だし、そのための議論や話し合いも重要だが、少数意見が同調圧力によって多数意見に吸い込まれてしまうことが問題だ。このことは筆者も体感し、日常的に感じてきたことでもある。同調圧力は集団統率には便利で有効だが、均質化することによって個性や活力を失う。

 その強さが如実に現れたのが、新型コロナウイルスに対する日本人の行動ではないかと思う。他国に比べて、ロックダウンなどの手段を使わなくても自主的に自粛するし、しないと“自粛警察”が現れる。だれもがマスクを徹底しているが、しなければ“マスク警察”が現れる。営業制限の飲食業が要請に応じず営業していれば、嫌がらせの紙を貼って休店に追い込む。そうして巣篭もり、孤立して心を病む人も多く出た。

コロナ禍が日本人の特性を際立たせる。そんな局面が多く見られる

 「出る杭は打たれる」という諺もよく引用される。才覚や能力があって頭角を出してくると、妬みや嫉みで足を引っ張られてしまう。組織内ではよくあることで、活躍の場を失って辞職した知人もいる。読者の皆さんも経験されたことがあるかも知れない。会社組織には理不尽や不合理は付きものだ。この感情も均質で同じでありたいと思うところから出てくるのではないかと感じる。

 企業内には異能、異才、異端な能力を持った人が存在し、少なからず妬みや嫉みで妨害を受けながら能力を発揮していると推察される。才覚でうまく振る舞いながら、個性を顕著に出さずに立ち回れる人材であれば妨害をかいくぐって成果を出していける。しかし、変な人物、厄介な人物にカテゴライズされてしまうと悲惨である。

 筆者は2014年から2年間、あるIT会社の支援を受けて「Innovation Café」というコミュニティイベントを企画・実施した。これは社内イノベーターのロールモデルを紹介しつつ、日本の組織の中でうまく振る舞う方法を伝え、組織に埋もれている異能、異才、異端な人材のネットワークを創る試みだった。大した宣伝もしていないのに200人以上の人達が集まって、ワークショップなどを通じて交流を深めてもらった。イベントが済んでも帰らずに話し込んでいる集団がいたり、女性たちの輪ができたりして潜在的な需要が大きいことを痛切に感じた。

 個性を殺して生きなければならない社会は住みにくい。減点主義でチャレンジしにくい社会は住みにくい。常に他人を意識して同調に気を配る社会は住みにくいのだ。真鍋氏も中村氏もそれを強く感じたから、自分の才能を生かすために米国に移住したのだろう。悲しいことだが、これが日本社会の暗部のような現実である。

●Next:日本を住みやすくする方法を3つ考えてみた

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