ドイツが主導する欧州のクラウド/データ基盤構築プロジェクト「GAIA-X(ガイア-エックス)」をご存じだろうか。本連載ではこれまで2回取り上げてきたが、プロジェクト発足からすでに2年半経つにもかかわらず、これといった進展が見られない。それどころか、創立メンバーの1社が2021年末に脱退するという不協和音も聞かれる。問題の焦点は技術的なものではなく、GAIA-Xへの参加資格を非欧州企業にも認めるべきか否かというGAIA-Xの理念に関するものだ。クラウドというグローバルな環境の下で、はたして欧州仕様という限定をすることが欧州の国や企業にとって望ましいのか、現地メディアの報道から賛否両論を紹介する。
GAIA-Xのあり方を巡って聞こえてくる不満
GAIA-Xについて、本連載では2019年11月の関連記事:GAFAへの危機感あらわに─ドイツ政府が欧州クラウド/データ基盤構想「GAIA-X」を発表:第8回と、2020年7月の関連記事:欧州クラウド/データ基盤構想「GAIA-X」の“成果物”が登場:第15回で取り上げてきた。動向をお伝えするのは今回で3回目となる。
おさらいの意味で、GAIA-Xの設立経緯を振り返っておく。独IT-ZOOMの報道から引用する。
GAIA-Xは、ドイツの連邦経済産業省が2019年10月に立ち上げた、欧州のクラウド/データ基盤構築プロジェクトである。2021年にドイツとフランスからそれぞれ11社、合計22社が加盟して活動を開始した。2022年5月25日時点では世界から345社が加盟している(画面1)。
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「GAIA-Xのゴールは、アマゾンやグーグル、メタ(Meta、旧社名:フェイスブック)といった米国のハイパースケーラー/大手クラウドサービス事業者に代わる信頼性の高いデータインフラを構築し、欧州企業に向けて標準クラウド基盤を提供することである。この目的の背景には、既存のクラウドサービスでは欧州諸国が法的だけでなく、運用面に関しても思いどおりにコントロールできないとの不満があった」(IT-ZOOM)。
この「不満」とは何か。エイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln)の有名な言葉、「人民の人民による人民のための政治」をもじって言うなら、「欧州の、欧州人による欧州のためのデータインフラ」ということになるだろう。しかし当然のことながら、インターネット環境では国境は無関係だ。「欧州だけのデータインフラ」というGAIA-Xの理念は、現実社会にそぐわないように筆者には感じられる。プロジェクトの発表からすでに2年近く経ち、そのような懸念が現実化してきたようだ。
実際、2021年11月28日にはGAIA-X設立メンバーのうち、フランスのクラウドサービス事業者ScalewayがGAIA-Xから脱退することを表明した。最近になって、同社の社長であるイヤン・レシェル(Yann Lechelle)氏(写真1)が脱退した理由やGAIA-Xの今後について語ったインタビュー記事を、独IT&Productionが掲載している。少し長くなるが、同メディアからレシェル氏の言い分を紹介しよう。
脱退した設立メンバーが明かすプロジェクト運営のグダグタ
レシェル氏によると、Scalewayはプロジェクトが正式発足する以前からGAIA-Xの構想を積極的にサポートしてきたという。2020年6月にプロジェクトがドイツのアルトマイヤー大臣とフランスのル・メール大臣によって立ち上げの宣言がなされたときの設立メンバー会社22社の内の1社として参加した。「それは、設立時に謳われていた、データ主権、アベイラビリティ(可用性)、相互運用、ポータビリティ(可搬性)、透明性を確保するという趣旨に賛同したからだ」(同氏)。
GAIA-Xに加盟した当時、Scalewayは300人から350人程度の小さな会社だったが、レシェル氏は、毎週開かれるGAIA-Xの役員会議に欠かさず出席した。会議には、同氏以外にも社員10人(システムエンジニア、企画開発担当、広報など)が参加したという。
「プロジェクト開始当初の数カ月は対象範囲と最終目的を決めるのに多大な労力と時間を要した。というのも、そもそもの『GAIA-Xとは何か』について意見がバラバラだったからだ。例えば「クラウドのエアバス」「欧州の主権下のクラウド」「クラウドの連合体」「メタクラウド」などだ。これ以外にも会員の参加資格や、どの程度までの作業に参加を許すべきかについても議論が続いた」(レシェル氏)
レシェル氏によると、Scalewayは当初から一貫して「非欧州企業がGAIA-Xのガバナンスに参加するならば、脱会する」との姿勢を示したが、他のメンバーからは軽視されたようだ。あるときは、破滅的な結果を招来するであろう議案を阻止するために、自分たちの信念を貫いて拒否権を行使したこともあったという。
2021年4月には、GAIA-Xに応募してきた企業の初回の入会審査が行われたが、このときも、「応募企業は国籍に関係なく受け入れるべきかどうか」での議論となった。結果的には、「欧州でビジネスを展開しているのであれば非欧州企業の参加を認めよう」という意見が大勢を占めたという。ただしレシェル氏は、「非欧州の政府が深く関与している企業、例えば米パランティア(Palantir Technologies、富士通が出資)や中国のファーウェイ(Huawei Technologies)を排除するための条件や、入会希望者を、妨害的入会希望者と識別するための条件を設けることはできなかったのであろうか」と悔やんでいる(筆者注)。
筆者注:妨害的入会希望者(Entrism、Entryism、Entrismus)というのは、元来政治用語で、善良な人を装って入会し、内部に入ってから政党の活動を妨害するためにさまざま画策・活動するメンバーのこと。
その後、GAIA-Xは何ら制限を設けることなく、非欧州のクラウドサービス事業者を受け入れたが、このことで想定外の困難に見舞われる破目になった。それは、彼らが、欧州企業たちが束になっても到底太刀打ちできないような膨大なガイドラインや要求仕様書、コメントを提出してきたことだ。結局、すでに市場で確立した彼らのビジネス意向が受け入れられる形となり、GAIA-Xの本来の目的だった、欧州ローカルの技術系会社のニーズや要望がまったく反映されないようになってしまったのだ。
「こうして、GAIA-Xが欧州の独自技術を存分に生かす舞台でなくなっていくのは由々しき事態である。実際、調査会社シナジーグループの調査では、2017年~2021の4年間で、欧州クラウド市場における欧州企業のシェアは27%から16%に低下している。その一方で、米国勢のアマゾン、マイクロソフト、グーグルの3社のシェアは70%にも上り、さらに伸ばしている。EUはデジタル市場法を成立させたことで世界デジタル市場のゲートキーパー(実質的にGAFAM)の活動について厳しい制限を課すことができるようになった。にもかかわらず、GAIA-Xを介して彼らが欧州ローカルのデジタル環境に自由にアクセスすることができるようになったのは矛盾している」(レシェル氏)。
●Next:GAIA-Xにとって、GAFAや大手クラウド事業者の参加は益になるのか?
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