心配されたオミクロン変異株の蔓延には現時点では至らず、国内のCOVID-19陽性者数は緩やかな減少傾向にある。そんな中で、約3年ぶりに海外に出かけた。コロナ禍以前とでは海外渡航手続きが非常に煩雑になっているのはどの国も同じだが、渡航先フィリピンと日本の渡航手続き/入出国システムを体験したところ、明らかな差を感じた。
先日(2022年5月)、フィリピン・マニラ市への海外渡航を計画した。実に2年10カ月ぶりである。きっかけは日本への帰国時に新型コロナウイルスワクチンを3回接種し、出国72時間以内の陰性証明があれば、隔離期間なしで再入国できるように規制緩和されたことだ。元々、フィリピンはワクチン証明と、48時間以内のPCR検査陰性証明または24時間以内の抗原検査陰性証明があれば普通に入国できるようになっていた。日本は入国時の規制が厳しく長期の隔離を要求していたが、それが緩くなったのだ。ちなみに6月からは多くの国で入国時の抗原検査がなくなるようだ。ようやく国際的なアンバランスが解消される。
初っ端のホテル予約システムで小さな疑念
まずは航空券とホテルを予約しなければならない。航空券は航空会社ダイレクトで予約したが、料金が高騰していることに驚いた。燃料高騰などが影響しているらしい。ホテルは旅行サイトから予約したが、タイミングによって割引率が変わり、微妙に価格も異なる。
最近になって、「一部の小売業者はPCユーザーよりもMacユーザーに高い料金を請求しているかもしれない」という記事を読んだ。Macユーザーの筆者には気になるところである。その記事によれば、Cookieやその他の手法を使ってユーザーのコンピュータを識別し、高価なMacを購入できるユーザー層を特定して高い見積もりを提供するような行為があり、英国政府が取り締まりに取り組み出したという。
こうしたことは航空券や宿泊予約などで実際にあるらしい。OSやドメインを識別して価格をコントロールするような仕組み(システム)は容易にできるだろう。裏側にどんなアルゴリズムがあるかはユーザーからはわからない。
海外渡航で必要なコロナ対策とシステム
ともあれホテルの予約を済ませ、いよいよコロナ禍になって初の海外渡航の手続きに入った。筆者はまず、フィリピンの外務省サイトで入国条件を、日本の外務省サイトで帰国時の条件をそれぞれ調べた。両国のシステムの違い、その裏側にある考え方の違いを対照的に見ることができる。フィリピン入国時に求められる要件は以下である。
●有効なCOVID-19ワクチン接種の証明書
●出発前48時間以内のRT-PCR検査または24時間以内の抗原定量検査が陰性であることの証明書
●パスポートの有効期間が6カ月以上
●30日以内に帰国するための航空券
●滞在中のCOVID-19治療のための海外旅行保険
(最低補償額が3万5000ドル、約445万円)に加入
●フィリピン到着日の3日以内に健康状態を「One Health Pass」に登録。登録完了後に表示されるバーコードをスマートフォンに保存または印刷して入国時にフィリピン検疫局に提示
重要なのが、フィリピン検疫局が用意する検査状況報告用フォーム「One Health Pass」(画面1)への登録だ。2回目までの接種実施日やワクチンの種類を記したワクチン接種証明の画像や出発前のPCR検査または抗原検査の陰性証明の画像を、ここにアップロードする。加えて、パスポート情報など50項目ほどを入力する。
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当然、英語だが、UI/UXが優秀でプルダウンメニューも多くほとんど迷わなかったし、時間も要しない。入国時に必要なのは、スマホに保存または印刷したバーコードだけである。なので入国管理はコロナ前とほとんど変わらず、すぐに空港から出て入国することができた。
これに対して、日本への帰国時には以下のような要件が必要である。
●COVID-19ワクチン3回接種の証明書(ない場合は7日間の自宅待機が必要)
●外務省フォーマットによる72時間以内のPCR検査または抗原検査の陰性証明証
●厚生労働省の入国者健康居所確認アプリ「My SOS」を事前にスマホにインストールし、到着16時間前までに申請
●Visit Japan Webサイトにユーザー登録し、必要項目を登録
●入国時に検疫で唾液による抗原検査を行い、陰性であることを確認
このように列挙すると、フィリピンも日本もやることは似ている。しかし、実際に体験するとさまざまな面でフィリピンのほうがすぐれていると感じた。
違いは合理性にある。踏み込んで言えば、旅行者の立場を最優先で考慮しているかどうか、関連する役所の責任逃れになっていないかどうか、である。この点でフィリピンは日本に勝っていた。以下でもう少し説明しよう。
合理性に劣る日本のシステムの原因
両国とも事前にCOVID-19の陰性証明書が必要である。しかしフィリピンは特別なフォーマットが不要で、PCR or Antigen(PCR検査または抗原検査)とされているだけだ。日本で取得するには渡航証明付きで、3万円も要求するクリニックがある。そのうえ検査結果はアプリで共有されるので、事前に厚生労働省の「My SOS」アプリ(画面2)を自分のスマホにインストールしておく必要もある。一応、メールやハードコピーの郵送も可能だが、出発前のせわしない時期に時間を取られるのが心配なので敬遠せざるをえない。
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また、帰国前にフィリピンで受けるPCR検査は病院やクリニックで受けられるが、日本の場合、外務省のフォーマットで発行してくれるところは限られる。そこでフィリピンでは、日本入国者向けにホテルなど滞在先に出張して検査するサービスがある。防護服に身を包んだ検査員がやってきて慎重に検体を採取する。翌日には結果がメールで送られ、ハードコピーを要求すればバイク便で届く。それで3200ペソ(約7200円)で済む。
検査結果を入手したら、厚労省のMy SOSに質問票、誓約書、ワクチン接種証明書、出国前の検査証明書を登録する。12歳未満の同行者以外はすべて登録しなければならない。これが「ファストトラック」という、同省が入国前の検疫手続きとして提供している仕組みである。
しかし、これで完結するわけではない。デジタル庁が提供する検疫・入国審査・税関申告などの入国手続サービス「Visit Japan Web」(画面3)の登録が別途必要になるのだ。My SOSとは連携していないから検査証明書を再度、アップロードしなければならない。
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ともかくVisit Japan Webにパスポート情報や税関の申告などを入力して、入国審査や税関申告の事前手続きをする。登録が済むとQRコードが発行される。見事な省庁縦割りシステムで、フィリピンのように1つに統合されていないから、無駄な入力と使い分けが求められる。こういう合理性のない積み上げがプロセス効率を落とし、旅行者の体験価値を低下させている。
何よりもMy SOSを使うために、各自がスマホを所持していなければならない。13歳以上の子供連れもそれぞれにスマホが必要になる。スマホを持たない人はどうなるのか? 何と到着時に空港でレンタルするように求められるのだ。こんな不合理な手続きが堂々とまかり通っている。フィリピンでは、プリントアウトしたバーコードを示すだけで済むのに、である。
もはや笑えてくるのが日本での税関申告だ。従来、定型の紙の申告書に書いて税関員に渡すとそれで完了していた。だが、電子申告して得たQRコードの場合、読み取って終わりではなく、税関員が読み取ったデータをPCで確認し、本人にも確認する手続きがあったのだ。
誤ったテクノロジーの適用が無駄な手続きを生み出している。データ処理をまったく理解していないシステムを作っている。こうして、すべてのプロセスがフィリピンに劣っていると言わざるをえない。両国の出入国のシステムの違いは、デジタルテクノロジーの差ではない。プロセスデザインの差が明らかなのだ。
●Next:日本企業はデジタルトランスフォーメーションの前に改めることがある
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