[インタビュー]

現実のデータで学ぶ業務のリアル─JFRが“教育内製化”で挑むデジタル人材育成

J.フロント リテイリング グループデジタル統括部 チーフ・デジタル・デザイナー 野村泰一氏

2023年12月25日(月)Darsana

データからのビジネス価値創出はデジタルトランスフォーメーション(DX)の最重要課題の1つだが、データに知見を持つ人材の不足などから思うように取り組みが進まないという声をよく聞く。そんな中、小売大手のJ.フロントリテイリング(JFR)は、2024年までに業務現場の社員をデジタル人材(人財)に育成しようとしている。それを牽引する同社グループデジタル統括部 チーフ・デジタル・デザイナーの野村泰一氏に、描くデジタル人材像や教育・育成の工夫、得られた成果などを語ってもらった。(聞き手:後藤祥子 写真:永山昌克)
※本記事は、AnityAが運営するWebメディア「Darsana」が2023年11月7日に掲載した記事を転載したものです。

 データの活用は今や、ビジネスの成長に欠かせないというのが企業の共通認識となっている。しかし、それを推進するのは難しいのが実情だ。データ活用のための人材は大幅に不足しており、活用のための組織づくりも一筋縄ではいかない。さらに部門横断の協力が不可欠な点も、データ活用のハードルを上げている。

 データ活用が思うように進まない企業が増える中、業務現場の社員をデジタル人材に育成するとともに、学んだことを生かせる土壌を作ることで、データドリブンな経営の実現を目指しているのが小売大手のJ.フロント リテイリング(JFR)だ。

 同社のデジタル人材育成の立役者と言えるのが、グループデジタル統括部でチーフ・デジタル・デザイナーを務める野村泰一氏(写真1)。2022年春に全日本空輸(ANA)から、異業種のJFRに移り、ユニークな発想と手法でデジタル人材の育成に取り組んできた(関連記事気鋭のデジタルリーダーはJFR=“大丸・松坂屋・パルコ連合”をどう変えるのか)。

 2022年秋から本格的に取り組んできたデジタル人材育成はどのような効果が出ているのか。野村氏に、考え方や課題、取り組みの詳細を聞いた。

写真1:野村泰一(のむら たいいち)氏
J.フロント リテイリング グループデジタル統括部 チーフ・デジタル・デザイナー
1987年に全日本空輸(ANA)入社。インターネット予約やスキップサービスなど予約搭乗モデルのデザインに携わる。2011年にANAを退職し、日本初のLCC、ピーチ・アビエーションの創設に携わり、システム面でビジネスモデルをデザイン。2016年ANAに再入社し、DX推進の責任者となる。データ基盤、IoT、AIなどのデジタルテクノロジーを活用したデザイン、デジタル人材の育成などに関わる。2022年4月にJ.フロント リテイリングに入社。チーフ・デジタル・デザイナーとして人材育成とデジタル推進に関わっている

深刻化するデータ人材の「いない/来ない/居つかない」問題

──あちこちの企業から「データ人材を採用できない」という悲鳴が上がっています。この状況をどのように見ていますか?

野村氏:確かに他社の方々から「データ人材を確保できない」という悩みをよくお聞きします。「外から連れてくるしかない」とおっしゃる方も多いのですが、実はそう簡単ではないと思っています。

 なぜなら、優秀な人であればあるほど「良いフィールドじゃないと転職しない」というのが実態だからです。人には生活があり、成長欲求もありますから、「現状より条件が良い」「大きな権限を持てる」「今後のキャリアに箔がつく経験が積める」といったことが保証されなければ、あえて転職しようとは思いません。引く手あまたのデータ人材ならなおさらです。

 にもかかわらず、良いオファーも出さずに「うちはデータで何とかしなきゃならないから、よろしく頼むよ」という上から目線で人を集めようとしてもうまくいくとは思えません。そこをわかっていない企業が少なくない印象を受けます。そもそも、優秀なデータ人材は少ないうえに奪い合いになっているので、獲得が非常に難しい。だから「リスキリング」が注目されているのだと思います。

 ただ、外から採用するにしてもリスキリングするにしても、社内に「良いフィールド」を作らなければ、成果は期待できません。私たちも外からの人材獲得が難しいことからリスキリングをしているわけですが、やりがいをもって学び、学んだ知識をすぐに自分の仕事に生かせるよう、当初から「現場で役立つ教育」と「良いフィールドづくり」に注力してきました。

 それが、自社の生きたデータを使って「自分ごととして」データを学ぶための「内製による教育プログラムの開発」であり、「データ活用のためのマインドセットとそれを育むためのプロセスづくり」なのです。

 そして、この大元にあるのが、「カスタマーデータドリブン経営の実践」「デジタルテクノロジーを活用した新たなビジネスモデルの構築」「デジタル人財の育成」という3つの柱で構成されるJFRのデジタル戦略というわけです。

なぜ「教育プログラムの内製化」に取り組むのか

──おっしゃる方針のもと、2022年の秋からデジタル人材の育成を本格化させていると聞きました。

 2022年の秋に目標を発表して、その達成に向けた人材育成の取り組みを進めています。具体的には、2024年度までに現場の社員100人を「デジタル人財」として育成して主要部門に配置し、2030年には1000人まで増やしてすべての部門に配置する計画です。

──野村さんは前職(ANA)でもデジタル人材の育成に力を入れ、成果を上げてきました。JFRではどんな方法で取り組まれているのでしょうか。

 前職のときに成功した最大のポイントは、教育プログラムを内製したことでした。これがとても効果が大きかったことから、JFRでも引き続き取り組んでいます。

野村氏は目標として「2024年度までに現場社員100人をデジタル人財として育成、2030年には1000人まで増やして全部門に配置する計画」を掲げる

 なぜ内製化するのかというと、そのほうが実践的な教育ができるからです。取り上げる課題やデータは、JFR傘下の大丸や松坂屋、パルコのリアルなものを使いますから、学ぶ人が自分ごととしてとらえやすいのです。

 一般的な教育プログラムで扱う事例やデータは、たいてい自社とは直接関係のないところのものですが、私たちの教育プログラムには大丸、松坂屋のリアルな事例・データが出てきます。そうすると当然、学ぶ側は身近に感じますよね。百貨店の現場出身で初めてデータを学ぶ人でも、自分の会社のことだと頭に入ってきやすいし、学び終わって現場に戻っても知識を生かしやすいのです。

 うまくいかないデジタル人材教育の例としてよく聞くのが、統計学とツールの使い方を外部の教育プログラムで学んできたものの、いざ実践しようとしたら、学んだ知識と現場の課題をうまく結びつけられない、というケースです。私たちはそうならないように「知識と自社固有の課題を結びつけて考えるための教育」を内製化しています。

 このリアルな教育プログラムは受講者からも好評で、「自分の成長に確実につながる、とても良い研修だった」「学んだことをベースにアウトプットを出せるよう活動していきたい」といった声が返ってきます。JFRにおけるデジタル人財の教育は全社員が対象なので、実践的であることがより重要視されると思います。

 もう1つ、内製化のメリットと言えるのは、教育コンテンツを社内で作ることが「知の継承」につながることです。教育コンテンツの開発にあたっては、たくさんあるナレッジの中の「何を残すか」を考えた上でカリキュラムや動画を作るわけですが、ナレッジについて当事者に深掘りしていくと、「このサービスはこういう思いから生まれた」「こんな課題を考慮してできた」という話が出てきます。

 つまり、今あるサービスを理解するだけではなく、その背景や、大事にしてきたことも教育コンテンツの中に残していくことができるのです。これは文化を残すことにもつながるので、実はとても大事だと思っています。

 昨今、ローコード/ノーコード開発などでシステムやアプリケーションを内製化しようという企業が増えていますが、なぜ、これほどの効果があるのに、教育プログラムは内製しようとする企業が少ないのか、とても不思議なのです。

JFR流デジタル人財育成プログラムの中身

──JFRで描く「デジタル人財」は、具体的にどんな人材像なのでしょう。

 「デジタルデザイナー」と「データアナリスト」という2タイプの人材を育成しています。デジタルデザイナーは、ビジネスとテクノロジーの知識を基に、組織の課題解決やミッションの遂行方法をデザインする役割を担っており、1つの組織に閉じることなく横断的な目線を持つことを重視しています。一方、データアナリストは、統計解析の知識をベースにBIツールなどを使ってデータを分析し、そこから得た洞察を基に施策の立案を行う役割を担っています。

 そして両者が共通で学ぶのが、デジタル推進に向けたJFRのマインドセットを醸成するための教科書「JFR花伝書」(図1)と、プロジェクトの企画・構想の段階から、検討や開発を進めていく上で注意すべき点をまとめた「システム開発のすゝめ」というオリジナルの教本です。

図1:「JFR花伝書」の一節
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●Next:野村流!「JFR花伝書」で実践した人材育成プログラムの実例

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※本記事は、AnityAが運営するWebメディア「Darsana」が2023年11月7日に掲載した記事を転載したものです。

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