[オピニオン from CIO賢人倶楽部]

情報システム紛争を回避するための「もめないコミュニケーション」

弁護士法人ALG&Associates 弁護士 ITストラテジスト/システム監査技術者 税所(さいしょ)知久氏

2024年11月20日(水)CIO賢人倶楽部

「CIO賢人倶楽部」は、企業における情報システム/IT部門の役割となすべき課題解決に向けて、CIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)同士の意見交換や知見共有を促し支援するユーザーコミュニティである。IT Leadersはその趣旨に賛同し、オブザーバーとして参加している。本連載では、同倶楽部で発信しているメンバーのリレーコラムを転載してお届けしている。今回は、弁護士法人ALG&Associates 弁護士 ITストラテジスト/システム監査技術者の税所知久氏からのオピニオンである。

 筆者は主にファイトマネーで生活しています。と言ってもボクサーではなく、弁護士です。交渉や裁判所で法的紛争を解決する、あるいは予防法務に関することが主な業務です。そんな筆者がよく手がけるのが、情報システムに関連する法的紛争です。報道で目にすることも少なくありません。本稿では、弁護士の視点から、その予防策について私見を述べます。

法的紛争を防ぐカギは健全なコミュニケーション

 情報システムに関する法的紛争を予防するにはどうすればよいでしょうか? 実は一流の法務部員や弁護士が契約を緻密に作り込んだとしても、完全に防ぐことはできません。近年報道されている情報システムに関する法的紛争の当事者は多くの場合、名だたる大企業や地方自治体です。一流の法務部員や弁護士が契約に関与しています。それでも法的紛争が発生しているのです。

 契約は、法的拘束力を持つ合意内容を明確化し、原則と例外の処理手順を定め、不測の事態におけるリスクを抑える役割を果たします。しかし、契約書はあくまでもルールブックに過ぎません。情報システムに関する法的紛争は契約書の内容自体よりも、むしろ当事者間のコミュニケーションギャップに起因することが多いのです。

 経済産業省の「情報システム・ソフトウェア取引トラブル事例集」で分類されるように、情報システムに関する法的紛争の多くは報酬や役割分担、文書の解釈などに関するコミュニケーションギャップが原因です(表1)。このようなギャップを生じさせないためには、どれだけ契約書を整えても不十分であり、当事者やステークホルダー間の健全なコミュニケーションが不可欠です。

類型

分類

改善の余地のある事項

(1)

A.

正式契約書締結以前の作業開始

正式契約書締結以前の作業開始、契約成立をめぐるトラブル

(2)

B.

作業に不適合な契約形態

一括請負契約、要件定義の請負契約、異なるベンダーへの工程別発注に際しての調整、契約類型(請負か委任か)の不明確さ

 

 

 

 

 

 

 

 

(3)

 

C.

 

業務範囲

提案書・見積書の効果についての誤解、議事録その他のドキュメントの効果についての誤解、業務範囲の誤解(瑕疵または債務不履行の主張がなされたがそもそも具備すべき仕様でないとされた場合〈要件定義が不十分な場合など〉)

 

D.

 

完成基準・検査

ベンダーへの丸投げ、仕様が決まらない(仕様確定についてのベンダとユーザーの意識の乖離)、検査実施方法の規定の欠如、実態を伴わない検収書の発行

 

E.

 

役割分担・プロジェクト推進体制

ユーザーの協力義務についての認識欠如、ユーザー側の業務推進体制の不備、ベンダーの下請けへの丸投げ、マルチベンダー体制(ベンダー間の調整)、責任の所在の欠如、パッケージ選定責任に関する取決めの欠如

F.

知的財産権

知的財産権への理解不足

G.

第三者が権利を有するソフトウェア

処理条項の欠如、責任が曖昧、不具合修正ができない

 

H.

 

変更管理

変更管理手続(作業範囲の変更に際しての納期・金額等の見直しルール)の欠如、連絡協議会の決定事項の効果が曖昧、ユーザーの計上基準や規則が曖昧、技術的難易度の共通理解の不足

その他

I.

債務不履行・瑕疵担保責任

善良な管理者の注意義務違反

J.

リース契約

 

K.

自治体関連契約

 

表1:情報システム・ソフトウェア取引のトラブル現分析分類(出典:経済産業省「情報システム・ソフトウェア取引トラブル事例集」)

コミュニケーションギャップ解消のために

 コミュニケーションギャップを解消するには、まず自分たちが関わるシステムライフサイクルにおいて、過去の紛争事例を参照し、典型的な争点を押さえることが重要です。筆者は、SOFTIC(ソフトウェア情報センター)の「システム開発紛争判例に関する研究」、前掲の情報システム・ソフトウェア取引トラブル事例集、その他の裁判例が整理された書籍、Webサイトなど、システムライフサイクルごとに整理された事例集・判例集から学んでいます。

 一方、コミュニケーションギャップの総論的な原因として、当事者間で課題のレイヤー(抽象度/具体度)の共通認識が欠如していることが挙げられます。共通認識がないままコミュニケーションすることは、プロトコルの違うネットワーク階層で通信するようなもの。「使ってる言語は同じなのに全く意図が通じない」という事態すら起こります。コミュニケーションギャップを解消するためには、当事者間で課題の捉え方(抽象度/具体度)を共有することが重要です。

 課題を適切なレベルで抽象化・具体化する能力を身につけるには、継続的な訓練が欠かせません。企業の経営層や上位のマネジメント層に位置する方々、あるいは我々のような弁護士は、日々の業務の中で、抽象的な経営課題・法的問題を具体的な解決策に落とし込む作業や、個別具体的な問題から抽象的・全体最適な解決策を抽出する作業に習熟します。

 これに対し業務経験の浅い方々や、特定の業務に特化した専門家の方々は、こうした訓練が不十分なことが多いです。コミュニケーションギャップを防ぐためには、組織全体で課題の抽象化・具体化、コミュニケーションレベルの共有を意識した訓練や環境づくりに取り組むことが重要です。これこそが法的紛争予防の第一歩となるのです。

●Next:『銀河英雄伝説9 回天篇』の台詞から

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