CIOの“秘密兵器”として脚光、「BPI」が企業を救う
2008年12月24日(水)CIO INSIGHT
IT導入効果を最大化できるか否かは、CIOが自社のビジネスプロセスを根本的に見直し、変革をもたらせるかどうかにかかっている。高性能なシステムを導入したはいいが、機能の大部分は使わないまま──。厳しい経済状況下では、このような状況はとうてい許されない。社内の抵抗を乗り切り、ビジネスプロセスの革新に立ち向かう米企業のCIO。彼らの取り組みや意識に学ぶところは多い。(翻訳 : 古村 浩三)
経費削減に取り組みつつ、生産性の向上や収益増加を目指す企業。不安定な経済状況は、企業に戦略目標の見直しを強いる。状況を打破する秘密兵器となりえるのが、ビジネスプロセスの革新(BPI:Business Process Improvement)である。
米ジョージア州のノークロスにあるスポーツ用品メーカー、ミズノUSAは、2000年に新しいERP(統合業務管理)システムを導入した。同社のIT部門は、自社のそれまでのビジネスのやり方と、当時最新と言われていた新しいERPシステムとの整合性を取るのに大変苦労していた。同社のIT部門と顧客サポートの担当副社長で、現在はチーフビジネスプロセスエンジニアも兼任するキース・ニーリー氏によれば、その頃の会社の考え方は、たとえ新システム導入による利益が得られなくとも、今までのやり方は変えずにいこう、というものであったという。
ERP導入効果最大化のためプロセスを改善
だが、ニーリー氏はこのような考え方を受け入れることができなかった。同社は当時約1億ドルの売り上げを持っていたが、競合他社はその3〜4倍の規模。市場環境はより一層厳しくなるものと考えていたからだ。
ニーリー氏はERPシステムの価値を最大限発揮するために、BPIを実施した。ニーリー氏はまずクロスファンクショナルチームを編成。チームの最初の仕事は、ERPを活用するすべての組織を調査し、障害となっているプロセスを列挙、それを文書化することだった。
次の課題は、全体のワークフロー改善のための具体的な方法を技術面から決定することだった。ニーリー氏らはベストプラクティスを探りながら、その技術をどう組み入れるかを考えていった。
最も大きな問題を抱えていたのはカスタマーサービス部門だった。発注の電話を受けた際、コールセンターの担当者は、すぐに顧客に具体的な価格を提示しなくてはならない。その際に価格決定用の複雑なマトリックスにアクセスする必要があり、コンピュータがフリーズするという状況が頻発していたのだ。
ニーリー氏らは、ERPシステムにおいて特別割引も考慮して価格を計算、自動的に提示できるようにすべきだと判断。全シーズンを通じて、すべての製品の価格レベルを設定できるようにした。併せて製品の問い合わせプロセスも変更した。コールセンターの担当者が顧客へ即座に価格を提示できるようにすることで、その都度、社内の製品担当者に電話で価格を確認する手間を省くことに成功した。
ワークフローの合理化によって、コールセンターのスタッフを増加せずに、注文受付や出庫指示能力の飛躍的な強化が実現できた。ニーリー氏たちの努力が実を結び始めたのに伴い、ミズノUSAの社長はこの流れに注目し、より一層BPIを推進するようになった。「彼らは、自分たちが行っていることを客観的に見ることが、どれほど価値があることかを今では大いに認識しつつある」とニーリー氏は言う。
社内の抵抗がBPI実施を阻む
BPIがどれほど有効であっても、経営者が実施の必要性を理解しているとは限らない。経営上の困難や、競合他社の圧力に直面している企業では、始めに出費の削減など他のアプローチに走ってしまうことがよくある。
しかし、そのようなアプローチを1、2度実行すると、組織の負担が大きくなるだけでなく、従業員の中に将来に対する不安や心細さといった感情が広がってしまう。結果、経営者も従業員も新たな分野に挑戦するのではなく、コアビジネスの部分にのみ焦点を絞ってしまいがちになる。「変化を起こそうとすると、人々はコアビジネスから遠ざかってしまうと感じるのだ」と、ビジネスコンサルティング企業であるアルバレツ・アンド・マーサルのマネージングディレクター、バリー・ブラスマン氏は語る。
ニーリー氏も苦い経験を持っている。競合他社からの圧力がますます大きくなってきたころ、現場のリーダーから「日々ライバルとの闘いに明け暮れているのに、どうやってプロセス変更やドキュメント作成の時間を作れというのだ」との批判が浴びせられたのだという。
プロセスの自動化で生産性向上
会員制の豪華別荘を提供するエクスクルーシブ・リゾーツの技術担当副社長、チャールズ・リビングストン氏も、BPI実施時に同様の抵抗を受けた1人だ。リビングストン氏は自身の立場でその抵抗を乗り切ろうと決心した。氏がBPIへの取り組みの中心に据えたのは、顧客サービス向上のため、単純作業を徹底的に自動化することだった。
同社の別荘を利用する会員は、スパでのエステを受けたり、ヨットを借りたり、食料品の配達を受けることがよくある。以前はこれらの経費について、旅行が終了して約4〜6週間後に会員へ請求書を送っていた。コンシェルジュが会員のために支払っていた費用を会社が払い戻すケースもあった。
リビングストン氏と彼のチームは、紙ベースで行っていた請求作業を自動化した。支払いを行った時点でコンシェルジュが領収書をスキャンして、詳細な情報とともにシステムにインプットする。やり方を変えたのは6カ月前。これまで数週間かかっていた支払い処理が、ほんの数時間で完了するようになった。コンシェルジュに支払うためのお金を用意しておく必要もなくなった。
もちろん、これはスイッチを切り替えれば済むような簡単なものではなかった。彼らはまず、コンシェルジュをはじめ、事務所内の管理や経理、顧客とのコミュニケーション、顧客サポートといった様々な分野で行われている業務の進め方を逐一調査し、評価し、再構築する必要があった。加えて、現状で持つツールや稼働中のシステムの機能をすべて見直し、それらがどのように関わりあって動いているかを分析しなくてはならなかった。
「特に大きな組織では、あらゆるプロセスを考慮して、幅広い角度から物事を見たいという要求がある。プロセスの中枢は、それが末端での活動とどのように関連しているかを理解しない限り、変えることはできないからだ」とリビングストン氏は語る。
ここで、米企業のITエグゼクティブを対象にZiff Davis Enterpriseが行った、BPIに関する調査結果を示す。調査は2008年7月18日から8月4日の期間、176人を対象に電子メールで行った(無回答の場合は質問毎に総数から除外した)。
経費の削減と生産性の向上がBPIの採用に踏み切る最大の理由である(表1)。特に生産性向上は企業規模の大小に関わらず重要な位置を占めるようだ。売上高5億ドル未満の企業で34%、5億ドル以上の企業でも25%が生産性の向上をBPIの目的に挙げている。規模の大きい企業はBPIにより一層力を入れる傾向はあるが、規模の大小にかかわらず多くの企業がBPIに興味を示している(図1)。新規採用が困難なときには生産性面でのメリットを、規模の変更が現実的でないときには経費削減を期待するからだ。
BPIの成功は、コラボレーションツールが鍵を握る(表2)。BPIの分野での、この3年間の投資を見るとWebサービスやモバイル分野は上位にきている。だがコラボレーションツールやデータ統合などに比較すれば、その貢献度は足元にもおよばない。むしろ成功率の高いビジネスプロセスモデリング(BPM)やエンタープライズアプリケーション統合(EAI)のツール、あるいはシステム開発のアウトソーシングに注目した方が賢明だろう。
IT部門はBPIの適用対象となりやすい。だがその他の部門でも、BPIの成功確率の高い部門は多い(表3)。たとえば、営業やサービス部門はもっと注目されていいはずだ。実はこれらの部門では、BPIに頻繁に取り組んでいる他の部門に比べて、改善の成果が明確に出ることが多い。
一般的にIT部門のマネジメントプロセスは結果が見えるのが早い。一方で営業やマーケティング、財務といった部門は結果が現れるのが遅くなりがちで、結果が出る頃には既にBPI投資が減少してしまっていることもある(表4)。
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