[最前線]

協和発酵キリンが描くクラウド時代の情報システム

「適材適所」を可能にするアーキテクチャの全容

2009年9月2日(水)中山 嘉之(アイ・ティ・イノベーション)

新たなコンピューティングスタイルとして、「クラウドコンピューティング」が脚光を浴びている。クラウドの実現形態の1つであ「SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)」によるITインフラの維持管理コスト抑制など、ユーザー企業がクラウドに寄せる期待は大きい。半面、戦略なきクラウド化は業務処理の自動化を妨げるといった弊害を引き起こしかねない。企業はいかにしてSaaSを活用し、クラウドの利点を享受すべきか。協和発酵キリンの考え方を解説する。

社内におけるコンピューティングスタイルの歴史を振り返ると、大きく3つの時代に分けられる。1970年代〜80年代後半まで主流だったメインフレームによる集中処理、80年代中盤〜2000年頃までのミニコンからWindowsサーバーに至る分散処理、そして2000年〜今日に至るオープンシステムの集中処理だ。エミュレーションからクライアント/サーバー(C/S)、Webへと変化を遂げてきた(図1)。

図1 ネットワークコンピューティングの歴史
図1 ネットワークコンピューティングの歴史(図をクリックで拡大)

こうしたスタイルの変化はネットワークの高速化がもたらしたと言っても過言ではない。この30年間でデータ通信速度は9600bpsから100Mbpsに、約1万倍に速まった。今も変化は留まるところを知らず、第4のコンピューティングスタイル、すなわち「クラウドコンピューティング」の時代がすぐそこまできている。

クラウドについて考える前に、情報処理の目的を今一度確認しておきたい。70年代、ユーザー企業は社内の業務処理を自動化するためにメインフレームを導入してきた。90年代になるとパソコンやWindowsが登場してオープン化が進み、ユーザーインタフェースこそ変化したが、「業務処理を自動化する」という目的は大きく変わっていない。

突き詰めて考えると、ユーザー企業にとって情報処理の最終的な目的は「業務を遂行すること」なのである。業務アプリケーションを実行する上で必要なインフラの維持管理ではない。まして、OSのバージョンアップやウイルスの駆除は、ユーザー企業に直接的な恩恵をもたらすものではない。

ところが、である。現実にはオープン化によって複雑化したインフラを維持管理するためにTCO(Total Cost of Ownership)が嵩んでいる。分散したサーバーや各種パッケージ、データの増加に伴い大容量化するストレージの維持管理や可用性・信頼性を高める対策コストなどが膨らむからだ。

このような状況下でクラウドが登場し、脚光を浴びつつあるのは必然と言っても良いだろう。ハードウェアやミドルウェア、アプリケーションなどの資産をオフバランス(ベンダー資産)化して、業務に注力できるようにするためである。

アプリの独自性や業務特性などSaaS化の判断基準を設定

クラウドと一口にいっても、その提供・利用には複数の形態が存在する。中でも高いコスト効果を生むと期待されているのがSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)だ。SaaSは最終的にBPO(Business Process Outsource=業務のアウトソース)に発展させていける可能性を秘めている。

SaaS化のアプローチはいくつか考えられる。最初から市販のSaaSを導入するケースもあれば、現在利用しているパッケージのベンダーがSaaSの提供を始めるタイミングで切り替える手もある。

では、実際に複数存在する企業内システムのどこにSaaSを適用していったらよいのか。ユーザー企業は何らかの視点に基づいて、優先順位を判断していく必要がある。以下は、視点の一例だ。

(1)企業の独自性が少ないシステムか?
(2)コア業務ではなくノンコアな業務か?
(3)他システムとのインタフェースが多くないか?

(1)は「汎用性の高いシステムかどうか」といった視点。言い換えると、SaaSと自社システムとの間でセマンティクスギャップ(データの意味の微妙な喰い違い)の問題が生じないかということだ。現状の企業内システムにおいてもセマンティクスギャップは散見される。SaaSを適用していくようになると、この問題はさらに複雑化するのは容易に想像できる。しかし、独自性が少ないシステムであれば、この点は大きな問題になりにくい。

(2)は主にリスク管理の視点である。企業にとってのコア業務は、運用継続性や情報セキュリティなどの面から、やはり慎重に外出しする必要がある。

また、一般にコア業務の管理内容と項目はノンコアの業務に比べてきめ細かくて幅広い。そのため汎用的なSaaSのサービスを活用するとアドオンが多発する可能性が高まる。

(3)は、情報システム部門でなければ見落としがちな視点だ。業務目的に合致したSaaSを導入できたとしても、他システムとのインタフェースが多ければ、システム間の“つなぎ”が分断されて人手の連携作業が増えることにつながる(図2)。

図2 計画性のないSaaS利用の弊害
図2 計画性のないSaaS利用の弊害(図をクリックで拡大)

もっとも、今では他システムと連携しないスタンドアロン型のシステムは極めて少なく、(3)の課題は避けて通れない。したがってSaaSを導入する際、「いかに効率良く他システムとインタフェースするか」を考えることは極めて重要なポイントになる。

ユーザー企業はこうした多面的な視点から続々登場するSaaSを見極め、独自性の高いシステムや企業のコア業務など一部を除き、自社運用している業務システムを順次外出ししていくことになるだろう。そのスピードは、SaaS市場が活性化してサービス料金がユーザー企業の期待に見合う水準に落ち着くかどうかにかかっている。

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