[最前線]

会計の基礎理論と情報構造から見たSAP ERPとOracle EBS

ERPのアーキテクチャを比較する

2010年4月1日(木)籔原 弘美、緒方 朱実

会計システムに用いるソリューションは、メーカーによって開発思想が異なる。当然だが、開発思想の違いはデータ構造やアプリケーション構成に大きな影響を与える。そのためソリューションの選定に当たり、開発思想を深く理解することは重要な意味を持つ。本稿では、会計ソリューションとして多くの企業が採用している独SAPと米オラクルのERPパッケージを帳簿会計や伝票会計といった会計の基礎理論や情報構造など複数の観点から考察する。
※本稿は日本ユニシス発行の「技報 通巻101号」(2009年8月発行)の記事に加筆・編集して掲載しています。

従来の会計業務は伝票を起こして財務諸表を作成する、というシンプルな構造であり、システム化しやすい分野だった。しかし1990年代後半に入ってからは急激な環境変化、企業個別の管理会計、会計基準の国際化など、多くのニーズへの対応が求められており、会計システムの構造は年々複雑化している。利用するソリューションも独SAPのSAP ERPや米オラクルのE-Business Suite(Oracle EBS)など、大規模かつ広範囲なものとなっている。

ERPパッケージはそのアーキテクチャ、すなわちデータ構造やアプリケーション構成を変えて導入することは推奨されない。このため、表面に現れる機能や利用方法に着目して導入可否の検討を行い、通常はアーキテクチャ面からの分析はなされない。

しかし、ユーザ企業の導入目的、業務方針、文化、システム環境の違いから、選択したソリューションのベースとなる考え方が馴染まないケースも散見される。よって、当該ソリューションのアーキテクチャとそのベースとなる考え方を充分に理解しなければ、データ連携や情報活用、システムの全体最適はもとより、業務の全体最適も実現できない。

本稿では、会計理論の違いがソリューションのアーキテクチャに与える影響やアーキテクチャ検討の重要性を説くと共に、情報システム構築時に検討すべきポイントの具体例を提示する。そのためにまず、伝票会計・帳簿会計の理論、本支店会計、管理会計をその構造面から考察する。続いて、これら会計理論の背景にある考え方の違いがデータ構造やアプリケーション構成に及ぼす影響をSAP ERPとOracle EBSの比較分析を通じて明らかにする。そして最後に、期間損益計算と取引別損益計算の理論を構造面から考察し、データ構造やアプリケーション構成への影響を示す。

会計の基礎理論からみたSAP ERPとOracle EBS

財務会計でしばしば論点となるテーマのうち会計システムの構造に大きな影響を与えるものに、帳簿会計と伝票会計、本支店会計という3つがある。最初にこれらの考え方を整理しながら、SAP ERPとOracle EBSとの違いをみていく。

財務会計における主要情報の構造を論じる場合、まず着目したいのが帳簿会計か、それとも伝票会計かという点である。帳簿会計とは、すべての取引を都度仕訳帳に記入し、総勘定元帳に転記する帳簿ベースの会計処理をいう。また、帳簿会計の帳簿とは「仕訳帳」と「総勘定元帳」からなる主要簿と、「仕入先元帳」や「得意先元帳」といった補助簿の2つの帳簿組織で構成する(図1)。

図1 帳簿会計の体系
図1 帳簿会計の体系(画像をクリックで拡大)

こうした帳簿会計をベースにしているソリューションの1つがOracle EBSである。図2のように、仕訳を中心に転記処理を行う帳簿体系を採用しており、仕訳データと残高データを会計帳簿と呼ぶ。

図2 Oracle EBSの会計帳簿
図2 Oracle EBSの会計帳簿(画像をクリックで拡大)

一方の伝票会計は、会計取引を伝票によって記録し、伝票を集計することで総勘定元帳や補助簿を作成する仕組みである。伝票会計により伝票を様々な現場で起票することが可能になるだけでなく、日計表からの合計転記により記帳や集計を迅速に行うことができる(図3)。

図3 伝票会計の体系
図3 伝票会計の体系(画像をクリックで拡大)

こちらはSAP ERPが採用している方式で、図4のような仕組みになっている。SAP ERPでは取引別に起票した伝票明細がすべての帳簿・処理の基礎データとなる(大福帳システム)。

図4 SAP ERPの会計伝票と帳簿
図4 SAP ERPの会計伝票と帳簿(画像をクリックで拡大)

テーブル更新タイミングに加え仕訳や連携方式も把握する

伝票会計は取引単位に起票するものだが、仕訳に関しては必ずしも取引単位である必要はない。他方、帳簿会計は転記前に承認や変更をするなど、帳簿を独立させて柔軟に運用できる。いずれも手作業による記帳をベースとした考え方である。システム化が進んでいる現代は、どちらの方式であっても帳簿や伝票を情報システム上で共有することで、記帳の分業や集計の省力化を図ることができる。

ところが、伝票会計と帳簿会計との間にある考え方の違いは、会計システムでのデータの持ち方や更新順序の違いを生み、会計業務に大きな影響を与える。当然、伝票会計に立脚するか、それとも帳簿会計に立脚するかが会計システムのアーキテクチャに与える影響は大きい。それだけに、採用するソリューションのテーブルや更新タイミングなどまで深く把握して、いずれの方法を採択しているかを判断することの重要性は高い。

具体的には、仕訳が取引ベースなのかサマリーかなのか。取引別損益管理やリアルタイム管理が可能かどうか、補助簿の単位と管理、データ連携方式がどうなっているか。これらに加えて周辺システムでの承認や締めのタイミングなどを踏まえて全体方針を策定することが大切である。

支店ごとの評価を実現する本支店会計の考え方と情報構造

財務会計における主要情報の構造を規定する方法に本支店会計がある。本支店会計とは、支店が独自の帳簿に取引の内容を記帳し、支店ごとに決算する会計の仕組みだ。支店を独立して評価する目的で古くから多くの企業が採用してきた。本支店会計は以下の順番で処理する。

  1. 支店内取引は当該支店の帳簿のみに記帳
  2. 本支店間取引は振替先・振替元双方に伝票起票、双方で承認後それぞれの帳簿に記載
  3. 決算時は、本店・支店勘定を照合し、現物や通知が未到達の取引の処理を実施
  4. 全社合算後、支店の本店勘定と本店の支店勘定を相殺
  5. 社内仕入・社内売上を照合・相殺

本支店会計は広く解釈すると、「会社内部に会計単位を設け、損益計算書のみならず貸借対照表も用いて管理・評価する仕組み」となる。ただし、本支店勘定には社内債権債務、社内資本、利益などの概念が混在しており、厳密に言うと、貸借対照表を用いた評価(ROI、ROAなど)や意思決定はできない。

もっとも最近は、本支店勘定は会計単位間で貸借対照表のバランスを保つためだけのもの、という意味合いが強い。帳簿を分けなくても仕訳明細データに多彩な切り口を持たせることで、迅速に集計できるようになったからだ。本支店会計の役割は採算・評価目的より、勘定管理・決済・決算などの会計業務としての便宜に重心を移している。

この記事の続きをお読みいただくには、
会員登録(無料)が必要です
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
バックナンバー
最前線一覧へ
関連キーワード

SAP / Oracle / E-Business Suite / SAP ERP / 基幹システム / 会計 / BIPROGY

関連記事

トピックス

[Sponsored]

会計の基礎理論と情報構造から見たSAP ERPとOracle EBS会計システムに用いるソリューションは、メーカーによって開発思想が異なる。当然だが、開発思想の違いはデータ構造やアプリケーション構成に大きな影響を与える。そのためソリューションの選定に当たり、開発思想を深く理解することは重要な意味を持つ。本稿では、会計ソリューションとして多くの企業が採用している独SAPと米オラクルのERPパッケージを帳簿会計や伝票会計といった会計の基礎理論や情報構造など複数の観点から考察する。
※本稿は日本ユニシス発行の「技報 通巻101号」(2009年8月発行)の記事に加筆・編集して掲載しています。

PAGE TOP