「失われた20年」——日本の製造業は迷走を続けて、相対的に国際競争力を低下させてきたが、本当に、このまま落ち込んでゆくのに委ねていて良いのか。「いや、まだ底力は十分にある」と復活の希望を語るのが日本アイ・ビー・エム開発製造担当の久世和資執行役員である。IBMの技術やサービスを駆使して日本の製造業、そして日本の産業がもつ可能性を現実化してゆくのが同社の戦略の一つでもある。どんな可能性があるのか。未曾有の大震災に見舞われ、復興の道を歩む産業界に送るメッセージを聞いた。(本文中敬称略)(聞き手は中島洋MM総研所長)。
- 久世 和資氏
- 日本アイ・ビー・エム株式会社 執行役員 開発製造担当
- 1987年、日本アイ・ビー・エム入社。プログラミング言語、ソフトウェア工学、オブジェクト指向が専門。東京基礎研究所にて、プログラミング言語、パベイシブ・コンピューティング、ソフトウェア・テクノロジーなどの担当を経て、2004年より東京基礎研究所長。05年、日本IBM執行役員就任。06年よりシステム開発研究所長、サービス・イノベーション研究所長、未来価値創造事業部長を経て、2009年より現職。
- 中島 洋氏
- MM総研所長
- 1973年、日本経済新聞社入社。産業部で24年にわたり、ハイテク分野、総合商社、企業経営問題などを担当。1988年から編集委員。この間、日経マグロウヒル社に出向し、日経コンピュータ、日経パソコンの創刊に参加し1997~2002年慶応義塾大学教授。現在、MM総研所長、国際大学教授、首都圏ソフトウェア協同組合理事長、全国ソフトウェア協同組合連合会会長等を兼務。
高品質な日本の機器にサービスを加え
共同で国際ビジネスとしてソリューションを展開
中島:大震災に際して、東北地方で生産してきた日本の部品が欠落したため、世界の製造業の活動もスローダウンせざるを得なかった。被害の大きさに胸が痛む一方で、日本の製造業の重要性もまだ失われていないという点で何か自信も湧いてきました。
久世:日本製品の高い品質は国際的にも重要です。それを単独の機器や部品として販売してきたが、IBMでは日本の優れた機器にサービスを加え、ソリューションのパッケージにしてインテグレーションし、共同で国際ビジネスとして展開して行こうと思っています。「プロジェクトMIRAI」というコードネームで世界的な研究開発の計画が進行していますが、日本はその中核拠点としての役割を担っています。
中島:「MIRAI」ですか。夢がありますね。具体的にはどんな中身ですか。
久世:3つの柱があります。まず、製品技術を統合して、「ソリューションプロダクツ」にする。日本で世界に先駆けて取り組みます。ノウハウを資産化し、再利用可能な形にパッケージ化する。製品だけでなく、サービスも統合します。2番目に、技術を統合化しようとするとIBM単独では不足する製品、不足する技術・ノウハウがはっきりしてくる。これを見極めて、必要な製品、技術・ノウハウをもつ企業と共同開発する体制をとる。3番目が、できたソリューションをグローバルな市場に持ってゆく。世界の成長市場に提供するが、とりわけ成長力の大きい20か国はアジア地域で、日本に地の利がある。
中島:日本に期待されている分野はどこだとみていますか。
久世:4つの分野を有望と考えています。例えば医療機器分野。医療機器全体では米国やドイツがシェアを占めているが、内視鏡など、日本メーカーが非常に優れた分野もある。医療ではメディカル・ツーリズムなどの新しいサービスが普及し始めたが、タイ、ベトナムなどが先行してしまった。その地域に日本の優れた医療システムを提供するのは一つのビジネス。しかし、これを使いこなせるメディカルドクターや検査技師が不足している。そのトレーニングのサービスが必要になる。トレーニングできる技術者も少ないので、遠隔トレーニングなどのITを利用して、日本メーカーが提供できるサービスになる。
中島:日本の中でトレーニングする仕組みを作れば大きなビジネスになる。メディカル・ツーリズム自体も日本のいくつかの地域でまだ可能性はあると思いますが、周辺サービスも海外を含めて可能性が大きいですね。
久世:新幹線の運行でも、車庫に戻ってきた車両の点検に熟練工の豊富なノウハウがあって、鉄鋼プラントでのプロセス管理の技術でも目視で熱管理をするなど日本の熟練工のノウハウは秀逸です。こういう人間系のノウハウを多数のセンサーで情報を集めながらITで処理するソリューションパッケージにする、ということでシステムの輸出が可能になるのではないでしょうか。また、医療でもたとえば胃カメラで患部を撮影すると情報量の豊富な動画情報が集まるが、実際には数枚の静止画だけ保持され大量の映像情報が捨てられてきた。それを蓄積して、医療機関の間で情報を共有化して処理する技術が進歩するといろいろ活用できるようになる。ITを使ったアーカイビングですね。IBMではこの技術を持っているので、日本の優れた医療機器を使ってソリューションとして提供できる。
中島:4つの有望分野ということですが、医療のほかにはどういう分野がありますか。
久世:残りの3つはエネルギー、交通、エンジニアリングですね。
震災の影響大きいエネルギー分野でITに何ができるか
日本のモノづくりの強みも生かす
中島:エネルギーは今回の地震と津波によって福島原発がたいへん困難な状況です。自然エネルギーを含めて電力の大幅な見直しが予想されますから、ITの力で何ができるか。重要ですね。
久世:IBMはプロセスの様々な分野の情報を集積しながら最適に生産をコントロールする生産管理システムをもっています。日本企業もきめ細かに生産プロセスを管理するノウハウがある。こういうコントロール技術をソーラーシステムに応用する、というのは効果的だと思います。
中島:家庭用の太陽光発電システムでは一時、日本が世界の先頭を走っていたのに、普及の面ではドイツなど欧州が急速に進展した。個別には日本のソーラー技術は高い水準ですね。
久世:メガソーラーになると天候や発電量、個々の部品状況などを把握して全体として最適にコントロールする技術が必要になるが、全体の最適コントロールも日本メーカーとIBMで協同できる。また、日本では企業の省エネルギー化のためのマネジメントシステムは早くから進展している。これにIBMの管理技術を組み合わせて日本の産業界の省電力への動きを促すことができる。
中島:自動車はガソリン車から電気自動車へと急ピッチに転換しそうです。電気自動車になると情報通信との親和性が高くなるので交通分野ではいろいろなことが考えられますね。
久世:自動車自体がもつ位置情報をはじめ、センシングして集める情報を他の分野に使う。都市交通や保険、物流、などいろいろなサービスと結合できる。
中島:日本の社会システムの大変革というだけでなく、ソリューションとして海外に販売できますね。もう一つはエンジニアリング。
久世:日本のモノづくりの強みを生かすという仕組みです。例えば日本の自動車メーカーは試作車を作って試験をしますが、欧米では全く逆で、計算機シミュレータでやってきた。200くらいの部分シミュレーションを別々に動かしている。ところが、この日本の方式をITに乗せれば、コンピュータ上で設計し、生産ラインに流すことで、試作車を減らすことができる。一気に欧米の個別シミュレーションを追い抜くこともできます。
中島:日本の匠の世界を「形式知」に定式化してしまう。日本の強さが復活できそうです。
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