ユーザー企業だからこそ、「クラウドコンピューティングの理想像」を実現できるに違いない─。 こうした信念に基づき証券と鉄鋼、電機の3業種の基幹系システムで実績があるユーザー系IT企業3社が手を結んだ。 狙いは、高い信頼性や可用性が不可欠な基幹系に使える、標準化されたクラウド環境「アライアンスクラウド」の整備だ。 国内外の大手ベンダーの協力を得ながら、3社共同で本格的に動き始めたプロジェクトの現状を紹介する。
大和総研ホールディングスと新日鉄ソリューションズ、パナソニック電工インフォメーションシステムズ(IS)の3社は2010年10月、クラウドコンピューティング関連技術の推進グループ「アライアンスクラウド推進ソサエティ」を結成した。基幹系システムでの利用に耐え得るプライベートクラウド環境を整備することが目的だ。
このソサエティの最大の特徴は、ユーザー企業もしくはユーザー系IT企業が主体となって技術検証を進める点にある。長年にわたる基幹系システムの構築・運用で各社が培ってきた業種ごとの業務およびIT活用のノウハウを持ち寄って共同で検証作業を実施し、ユーザー企業の視点で標準化した“使える”クラウド環境「アライアンスクラウド」を整える。
本稿では、ソサエティを結成した背景からターゲットとして定めたサービスレベル目標(SLO)を含め、本格的に始動したプロジェクトの現状を紹介する。
ユーザー企業を悩ますサイロ型システムやガバナンス
ユーザー企業は昨今、情報化の推進に当たり共通の課題を抱えている。業務やサービスごとに独立した、いわゆる「サイロ型システム」の乱立によるコスト増加は、その1つだ。
サイロ型システムになると互いに一貫性がないため、新システムを構築するたびに、サーバーやストレージなどの機器はもちろん、OSやミドルウェアの構成もゼロから検討しなければならない。加えて、サイロ型システムではアプリケーションの開発・保守やインフラ設計・運用のノウハウがシステムごとに分散してしまう。こうした状況は無駄なリソースを増やす結果を招き、ITコストの抑制を困難にする大きな要因の1つになっている。
ITガバナンスの欠如やクラウドに対する不安も、最近のユーザー企業に共通する課題の代表例である。前者は、世界各地で事業展開しているグローバル企業で特に深刻化している。拠点ごとにバラバラにシステムを展開してきたため、本社のIT部門で各国のシステムを管理しきれなくなっているのだ。日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)がITマネジメントに関してまとめた調査によると、35%の企業は海外の事業部門でシステムを管理している。一方で、将来的に本社IT部門ですべてのシステムを管理したいと回答した企業は37%にのぼっている。
後者のクラウドについては近年、注目度の高まりに合わせて着実にサービスが増加してきた。しかし、セキュリティや可用性、コスト削減効果などを不安視する見方は根強く、中堅・中小規模の企業が基幹系以外のシステムの代替として採用するにとどまっている。先のJUASが調査したところ、受発注や仕入・在庫管理など基幹系におけるクラウド(注:同調査ではSaaS/ASPに限定)の利用率は、総じて3%以下という実情が浮かび上がった。
「異業種」を強みに 産業の枠を超えた標準化へ
何を隠そう、アライアンスクラウド推進ソサエティの発足企業である大和総研ホールディングスと新日鉄ソリューションズ、パナソニック電工ISは、上述した課題を抱えている当事者である。3社は課題を打開すべく、プライベートクラウドや統合インフラの整備という形でそれぞれが標準化を推進してきた。しかし、技術検証や標準化作業を個社で進めている限り、時間やコストなどの面でどうしても制約が出てくる。
そこで浮上したのが「協業」という考え方だ(図1)。共同で技術検証や標準化を推進することで作業に要する時間やコストの低減を図ると同時に、技術レベルを向上させる。そしてリソースを共有・融通することにより、例えば大規模災害時に各社のデータセンターをDR(ディザスタリカバリ)サイトとして活用するなど、個社の対応では実現し得ないようなIT活用の青写真も描けるようになる。
3社が証券、鉄鋼、電機という異なる業種をバックグラウンドにしている点は、標準化に際して大きな意味を持つと考えている。これまで構築・運用してきた基幹系システムや、蓄積してきたスキルを互いに補完し合うことで、業種や企業の枠を超えた標準化が可能になるからだ。標準化活動を通じた相互交流によって人脈作りや人材育成の効果も期待できる。
特定ベンダーに依存しない標準化活動を展開
アライアンスクラウド推進ソサエティは標準化を進めるうえで、主に「仮想化」と「集約化」という2つのキーワードを軸として位置付けている。いずれも、これまで乱立してきたシステムを一貫性のあるクラウド基盤で稼働させるために不可欠な技術要素である。
仮想化と集約化によって基盤を標準化すれば、複数システムに用いているリソース使用状況をきめ細かく「見える化」して、余剰リソースを他システムに振り分ける「使い回し」が可能になる。それにより大幅なコスト削減が見込める。国内外の拠点で個別に管理していたシステムを本社のIT部門で一元管理してガバナンスも効かせやすくなる。
アライアンスクラウド推進ソサエティでは技術要素とは別に2つのテーマを掲げている。「ユーザー主導でのクラウドのあるべき姿の追求と実現」と「ミッションクリティカルな基幹系システムが稼働するクラウド」が、それだ。どちらもクラウドに対するユーザー企業の不信・不安の払しょくを目指すためのものだが、単なるスローガンではない。「Anyサーバー、Anyストレージ」の旗印の下、ベンダー各社の機器や仮想化技術、オープンソース製品を研究・検証し、特定ベンダーに依存しないプロダクト選定を進めていく。
「Open Cloud Manifesto」など、ベンダーに依存しない「オープンクラウド」を指向する試みは海外でも始まっている。だが、それらは大手ベンダー各社が参画する標準化活動である。この点で、ユーザー企業主体のアライアンスクラウド推進ソサエティは一線を画している。さらに言えば、ユーザー企業が自ら標準化活動を推進する当ソサエティは、文字通り「ベンダーフリー」の立場からクラウド基盤の「あるべき姿」を追求できると考えている。
当然だが、プロダクト選定など標準化活動を本格化するに当たり、当ソサエティはミッションクリティカルでのクラウド利用を想定した具体的な目標値も設定済みである。例えば、可用性と信頼性についてはそれぞれ「サービス稼働率、99.999%」「目標復旧時間、5分以内」という数値目標を定めている(表1)。厳格なSLOを設けているのは、大規模な金融機関であっても安心して採用できるクラウド基盤の構築を最初から目指しているからである。
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