人気ロボットアニメに登場する設備や、レーシングゲームに登場するサーキットを受注したという想定で、設計や費用を見積もるというユニークな取り組みを見せる前田建設工業。柔軟な発想は情報システムの領域にも及んでいる。ただし、こちらは“ファンタジー”で終わらず、社内システムに反映され業務に生かされている。 聞き手は本誌副編集長・川上 潤司 Photo:乾 芳江
- 石黒 健氏
- 前田建設工業 CDSプロジェクト室 室長 工学博士・技術士(建設部門)・土木学会フェロー
- 1984年4月、前田建設工業に入社。土木設計部や技術研究所にて耐震工学やダム工学、地盤工学(液状化や軟弱地盤問題)など、主として技術開発業務に従事する。2006年3月から社内ベンチャー「CDSプロジェクト」のマネージャとしてセルラーデータシステム(CDS)の研究開発と事業化を推進する。2011年4月から現職
- 児玉敏男氏
- 前田建設工業 CDSプロジェクト室 リーダー 工学博士
- 1999年4月に前田建設工業に入社後、法政大学IT専門職大学院にて情報工学の基礎を学ぶ。2001年4月、情報システム部に配属。2004年からセル理論の研究を本格化させ、式表現によるセル理論実装の検討や式表現の定式化などに携わる。2006年7月にセルラーデータシステム(CDS)のコアロジックを開発。2011年4月から現職
- 百瀬公朗氏
- 前田建設工業 CDSプロジェクト室 技術顧問
- アクセンチュアのパートナーやSASインスティチュートの筆頭副社長などの要職を歴任。その後、電通が2000年に設立したインターネット関連事業の戦略コンサルティング会社である電通マーチファーストの代表取締役のほか、複数のIT企業でアドバイザを務めてきた。現在は三菱総合研究所コンサルティング部門副部門長の職に加え、前田建設工業CDSプロジェクト技術顧問としてCDSの事業化に向けた環境づくりを担っている
─ ロボットアニメ「マジンガーZ」の地下格納庫を設計して工期や費用を精密に見積もるなど、貴社は面白い取り組みをされていますね。情報システムの領域でも少し前からユニークというか、変わった仕組みを考案されたと聞いています。
石黒: 「セルラーデータシステム(CDS)」のことですね。簡単に言えば、東京大学名誉教授の國井利泰先生が提唱されている「セル理論」と、当社の情報システム部長だった関洋一が温めていた「式表現」を組み合わせた、データ処理エンジンのようなものです。
─ ん、いきなり難しくなってきました…(笑)。CDSで構築したシステムについてうかがう前に、CDSを考案するに至った経緯を分かりやすく説明いただけますか。
石黒: 格好つけても仕方がないので本当のことを申し上げますと、CDSは計画に基づいて着々と作り上げたのではありません。まったくの偶然が幾重にも重なった結果、誕生しました。
─ 何か具体的な課題を解決する目的で研究や検討をしたのではなく、単なる偶然の産物だと?
石黒: おっしゃる通り。もちろん、きっかけはあります。その1つが児玉の国内留学です。彼は入社翌年、2000年の辞令で法政大学IT専門職大学院に籍を置いて1年間学ぶことになりました。
─ そこで数学理論を学んで帰ってきた。
児玉: 事はそれほど単純ではありません(笑)。当時学んでいたのはプログラミングなどITの本当に基礎の部分ですから。
─ となると、どのようなきっかけがあったのですか。
児玉: 修士論文の審査会で1つめの偶然がありました。既存のITを使って建設現場の資材・機材を管理するのは限界がある。そう結論づける論文を私が発表したところ、しばらくして、審査会に出席されていた國井先生から「私の理論を用いれば君が考えている課題を解決できる。まずは論文を読んでみなさい」とメールが届いたのです。
─ それが、さまざまな情報のモデリングを可能にすると謳うセル理論だった。
児玉: ええ。ただ、早速論文を読んだのですが、数式ばっかりの内容でチンプンカンプン…(笑)。ところが國井先生と議論を繰り返しているうちに段々と「これは革新的な理論だ」と感じるようになり、1年間の国内留学を終えて2001年に情報システム部に配属されてからも、終業後に独学でセル理論を勉強するようになりました。
日々の基幹系の開発業務で既存ITの限界を痛感
─ 土木工学や建築工学ならまだしも、建設業の方が数学理論を独習するほど惚れ込むなんて、失礼ながら変わっていらっしゃる(笑)。
石黒: 彼は少し変わっているんです(笑)。
児玉: システム開発をしていると、同じようなプログラムを何回も書きますでしょう。でも、少しプログラムを修正しただけなのに、関連するデータなどが広範にわたるため、比較的に大掛かりなテストをしなければならない。修士論文で示した既存ITの限界が日々の活動の中で次々と証明されていくわけです。
そのうちに、数学的に抽象化した階層構造で情報(の関係性)をモデル化するセル理論なら、ひょっとするとそういった限界を超えられるのではないかと淡い期待を抱くようになる。本当に直感レベルの発想です。
─ もし、留学したのが児玉さんでなかったら、CDSにたどり着かなかったかもしれない。
石黒: 最初に偶然と申し上げたのは、そういうことです。
児玉: 情報システム部に配属になった際の上司が関だったことも、CDSにつながる偶然の1つでした。
─ といいますと?
児玉: 関とは隣の席だったので、雑談がてらセル理論でITの課題を解決できないか日頃から相談していました。すると、ある日突然呼び出されて「誰にも言うな」と前置きしたうえで、「俺が考えてきた式表現を使えばセル理論を情報システムに実装できるかもしれない。本腰入れて研究してみよう」と。それが2004年頃でした。
─ う〜ん、やはり皆さん変わっている。失礼、次元が高すぎます。
石黒: 突拍子もないものにパッと飛びついて真剣に考えてしまう風土なんです。ファンタジー営業部という組織まで作ってマジンガーZ地下格納庫の設計を許すような懐の“深さ”があります(笑)。
─ 良い意味で“緩さ”を残しておかないと、新しい発想はおろか、抜本的な課題解決方法も生まれてこないのでしょうね。
定義外のデータも取り込み既存データと共に管理活用
─ もっとお聞きしたいところですが、発想の起源に深入りしすぎると本題から離れてしまいますので、少し話を戻します。CDSはデータ処理エンジンのようなものと言われてましたが、実体は何ですか。
百瀬: 集合の考え方などに基づくモデル言語でもあり、式表現で関連性を定義した「セルデータ」のデータベースでもある。さらには、セルデータを処理する約200種類のAPIを備えたエンジンでもあります。
─ IT業界に携わる人に対して分かりやすい特徴を1つ挙げるとすると?
児玉: 端的に言えば「変化対応力」です。
─ もう少し詳しく聞かせてください。
児玉: ご存じの通り、建設現場ではきわめて柔軟な運用がなされています。あらかじめ決められた通りに動いているのではなく、日常的に変化が起きている中で作業を進めている、と言ったほうが正しいかもしれません。例えば、発注した資材や機材と少し違ったものが現場に届いても、可能なら代用して計画通り、もちろん問題なく作業を進める。異なる資材や機材を代用するなんて製造業では考えにくいかもしれませんが、建設現場ではよく見られる光景です。
─ なるほど。
児玉: 情報システムの視点でみると、何かしらの前提ありきで設計・開発したデータベースやプログラムでの管理が困難なのが建設現場です。なにしろ、前提に当てはまらない事象や情報が日常的に発生していますから。
石黒: その点、CDSでは集合の理論を用いて情報の関連性を追加するので、後からどんなデータが発生しても、既にデータベースに入っているデータと関連付けて統合管理できます。スキーマ定義が違っていようが、表形式や階層型だろうが関係ありません。
児玉: 突き詰めると、物事を決めてからシステムを作るというIT業界では当たり前の考え方が、現実とかけ離れていたんだと思います。だから、作ったそばからシステム改修を繰り返すことになる。
─ そうは言っても、前提がないとシステムを作りづらいのも事実です。
百瀬: 業務やシステムの要件を洗い出してアプリケーションを作るという今のアプローチだとそうですね。禅問答のようですが、情報の関連性を定義することから始めるCDSは、今までとまったくアプローチが違います。現場のニーズが変わって新たに加わったデータと既存データを関連付けてやることで、それらのデータをアプリケーションから同じように扱えるようになる。
─ うーん、分かるような分からないような…(笑)。イメージとしては、CDSではデータベースのスキーマとデータ処理のロジックが密接な関係を持っていないので、それぞれ独立して変更できるという感じですか?
百瀬: まあ、当たらずといえども遠からず、としましょうか(笑)。ユーザーが求める業務処理のロジックを行と列の世界に適用するRDBのシステムに対し、CDSはセルデータを用意しておいてから、別口でユーザー要件に応じた処理ロジックを作りますので。
会員登録(無料)が必要です
- 1
- 2
- 次へ >
- 基幹システム刷新に再度挑むイトーキ、過去の教訓から描いた“あるべき姿”へ(2024/10/02)
- 「早く失敗し、早く学べ」─生成AIやCPSの活用が導くロート製薬のデジタル変革(2024/07/30)
- 新グローバル本社を起点に取り組む、組織と働き方のトランスフォーメーション─オリンパス(2024/06/07)
- 「アミノ酸から新天地開拓へ」─事業成長と社会課題解決に向けた味の素のDX(2024/04/18)
- デジタルを駆使して“尖ったものづくり”を追求し続ける─DXグランプリのトプコン(2024/02/21)