[2020年を見据えた「グローバル企業のIT戦略」]

ビッグデータで成功する7つのパターン:第16回

2015年2月2日(月)入江 宏志(DACコンサルティング 代表)

2020年を見据えた「グローバル企業のIT戦略」を取り上げる本連載。IT戦略における日本と世界の差異を見極めるための観点として、ビッグデータ(Big Data)の目的や特長、手法、活用シナリオと可能性、課題点、そして、あるべき姿について考えている。前回は、ビッグデータの処理プロセスとデータの分類を考えてみた。今回は、ビッグデータが経営にインパクトを与える要件について、事例を参照しながら考えてみよう。

 新聞やテレビといったマスメディアでも、ビッグデータというキーワードを冠したがついた記事や番組が増えている。「選挙ビッグデータ」「震災ビッグデータ」「医療ビッグデータ」などである。それほど、ビッグデータへの関心が高まっているとも言えれば、実際にどう利用すれば良いのかがまだまだ不透明なのが現状だとも言える。

新たな発見だけがビッグデータの価値ではない

 ビッグデータを使って我々は何を把握したいか? 答えの1つは、「ビジネスに貢献するものは何か」である。もう1つの答えは、「予期せぬことを事前に知る」ことだ。そのためビッグデータには、“何か新しい発見”を期待する向きが強い。

 だが、例え新たな発見がなくても、これまでは“現場感覚”でしか分からなかったアナログ情報が、デジタルデータとして可視化されるだけでも大きな価値があることの理解が重要だ。可視化による新しい“気付き”から、新たな対策につながる可能性が十分にあるためである。

図1:ビッグデータ活用では、現在起こっていることの可視化にも大きな意味がある図1:ビッグデータ活用では、現在起こっていることの可視化にも大きな意味がある
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 特に「ビジネスに貢献するもの」においては、いきなり大ヒットを当てることは難しい。可視化を含め小さなヒットを狙うことになる。一方、「事前予測」では、可視化が大きな意味を持つ。インシデント(現在起こっていること)を的確に把握し、流れの変化を予測し、そして異変を予見することでトラブルを未然に防ぐのだ(図1)。

 上記の観点から、ビッグデータの事例をみてみると、成功事例にはいくつかのパターンが見えてくる。筆者が抽出したパターン、すなわち成功のための要件は次の7つである。

パターン1:センサーを付けることで得られるデータはすべて取得する
パターン2:仮説を検証する千載一遇の時期を見逃さない
パターン3:ビギナーズラックを侮らない
パターン4:成功する法則を探す
パターン5:今までの常識を捨てる
パターン6:現場感覚を可視化する
パターン7:動きをモニタリングする

 以下では、各パターンに該当する事例をデータの視点を加味して見ていくことにする。

パターン1の事例:センサーデータはすべて取得する
米ケンタッキー州ルイスビル市

 喘息患者にとって苦手なアレルギー物質を突き止めるための実証実験を添加しているのが米国ケンタッキー州のルイスビル市である(関連記事)。吸入器にセンサーを付けることで、患者が吸入ボタンを押す際に、位置情報と時間情報をスマートフォンに取り込み収集する。

 扱っているのは、動的情報の1つである時系列データだ。吸入器の利用という時系列データと、地図情報という非構造化データと重ね合わせることで、喘息患者が、どこで発作を起こしたかを把握し、アレルギー物質の特定に利用する。

 構造化データ群を分析するだけでは新しい気付きは少ない。時系列や非構造化、といったデータを組み合わせることで価値が出てくる。データを可能な限りすべてを取得することで分かることがあるからだ。

 大事故・大事件の周りには、29件の小さな事故・事件があり、その周りには300件のヒヤリ・ハットがあるとされる。ハインリッヒの法則と言われるものだ(第8回参照)。ビジネスで成功するには、The 50-50-90 Ruleがある(図2、第10回参照)。

図2:ビジネスへの影響を強めるには、センサーで全データを取得することが有効になる図2:ビジネスへの影響を強めるには、センサーで全データを取得することが有効になる
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 センサーでデータを取得する事例としては、病院での転落事故対策のために、入院患者のベッドに人感センサーを付けて時系列データを取得したり、ミカンの木にID番号をつけて気温・土壌の湿度などを自動計測しながら、成長記録を時系列データとして管理したりという実証実験などがある。センサーデータの取得は、これまでIT化が最も遅れていた分野での取り組みを飛躍的に変える可能性も秘めている。

パターン2の事例:仮説検証する千載一遇の時期を見逃さない
ビューカード

 せっかく良い分析をしても、それを検証する時期を間違えると正当性を得ることができない。JR東日本傘下のクレジットカード会社であるビューカードでは、顧客への新しい提案内容を新年度が始まるタイミングに投入し、2014年3月には過去最高となる8万人の新規入会申し込みを獲得した。

 2014年3月といえば、同年4月からの消費税増を控え、定期券売り場が混み合った時期だ。そのタイミングにビューカードが提案したのが、「電子定期券/電子マネーの『Suica』にクレジットカード機能を付ける」というものである。

 従来、ビューカードでは、「クレジットカードに電子乗車券/電子マネーのSuica機能を付ける」ことを提案してきた。つまり、あくまでもクレジットカードが主役の位置づけだ。これを440万人の明細ビッグデータの分析結果から、Suicaが主役の提案に切り替えたのだ。

 消費税増と、新入社員や新入生などが動き出す4月という絶妙のタイミングを逃さずに、ビッグデータ分析で得られた結果を試すことは不可欠であろう。

パターン3の事例:ビギナーズラックを侮らない
金融アナリストなどによる他業種のデータ分析

 賭け事やビジネスではビギナーズラックが大切なことは、第10回で述べた。とはいえ、全くの素人という意味ではない。ある分野で、それ相応の結果を残した専門家が他分野でも活躍できるという意味だ。

 その1例が、金融のアナリストによる医療患者のデータ分析である。血液中の酸素量や心拍数、肝機能といった数値データなどの動きから患者の感染症予防に応用しているという。

 金融の世界では、膨大なデータ分析によって、今後の為替レートや将来の株価、企業の業績を予測している。第9回で為替の黄金比率である黄金分割を紹介したが、グラフには、ある法則がある。その規則性をどう読み取るかが重要なため、金融アナリストは、為替・株価・企業業績などのグラフに精通している。この見識を医療分野に適用したわけである。

パターン4の事例:成功する法則を探すこと
2012年の米大統領選

 2012年に実施された米大統領選では、オバマ氏がロムニー候補に圧勝した。オバマ陣営が、2008年の選挙で集めた民主党支持者リストを18カ月かけて統合。SNS(Social Network Service)などの多様なデータと掛け合わせて、詳細に分析することで、支持者の心を効果的につかむ選挙運動に活用した結果だとされている。

 類似事例として、過去の映画から売れる要素を見つけ出し、脚本を評価するシステムがある。過去の映画の筋を無数の要素に分解し、興行成績と組み合わせることで、新しい脚本の興行成績を予測する。このプログラムで使われている技術が、ニューラルネットワークだ。

 ヒット指数計算システムもある。公開されている小説に対するSNSでのコメントなどを元に、映画化した際にヒットする可能性を分析するための仕組みだ。今後は、ヒット指数が50%以下の場合は、51%以上になるように小説の表現やシナリオを変えるということも可能になるだろう。

 これら事例のように、色々な分野でデータを分析する過程において、それに見合った“成功するための法則”を探し出さねばならない。

 例えば、商品や会社にすれば、まずは名付けが重要である。名前は、意味と、その音から派生する人間の潜在的なイメージから成り立っており、良いイメージの名前は、イメージが活性化するという「プライミング効果」があるためだ。

 実際、商品名や社名の決定/変更にビッグデータを活用できる時代になっている。感性情報処理という技術を使えば、名前から人間が受けるイメージをビッグデータから導出できる。筆者はこれを「言葉のビッグデータ」と呼んでいる。

パターン5の事例:今までの常識を捨てる
ダイドードリンコ

 自動販売機のディスプレイにおける“一等地”はどこか−−。これを探り出すために、清涼飲料メーカーのダイドードリンコは、アイトラッキング(眼球追跡)技術を使って、消費者が自販機のどの部分を見ているのかを分析している。

図3:自動販売機の商品地列における常識だった「Z理論」がデータにより覆された図3:自動販売機の商品地列における常識だった「Z理論」がデータにより覆された
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 従来、自販機における商品陳列の常識は、「一等地は向かって左上」というものだ。いわゆる「Z理論」である。人の目は、まず左上を見て、それから右に流れ「Z」の形を描くように視線が動くというものだ(図3)。

 ところが実際には、左上は案外見られておらず、悪い場所だと思われていた下側がよく見られていた。Z理論という“常識”はすでに崩壊しているのかもしれない。

 自販機の中の商品が、すべて同じメーカーの製品なら、どれが売れても良いため陳列順の分析は不要かもしれない。しかし、配置が全体の売り上げに影響するならば意味がある。商品ごとにオーナーが違う場合は、なおさら重要になる。

 従来の常識を捨ててビッグデータを駆使している別の例に、ローン利用者の信用査定がある。これまでの職業や勤続年数、年収などを元に査定するのではなく、従来と異なるデータから個人の返済意志を分析するようになってきている。

 交通量などに応じて自動車専用道路などの利用料金を変動させる事例も出ている。天候や交通量をセンサーでリアルタイムに把握し、解析する。結果、渋滞が緩和され、利用者の利便性向上と有料道路の収益性の向上を両立させる。利用料金の変動の考え方も、これまでの常識を打ち破っている例と言える。

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