企画書、メール、電話、会議、顧客アポイント、出張、報告書、伝票処理、経費精算、有給申請……。実にさまざまな「仕事」を日々効率よくこなすのにはどうしたらよいか? 業種や職種を問わず、だれもが必ず「働き方」の問題に突き当たるはず。そんな当たり前にして永遠のテーマを、ベストセラー『「働き方」の教科書』の著者でライフネット生命保険・代表取締役会長の出口治明氏に、組織で取り組むワークスタイル変革と合わせ、とことん語ってもらった。(聞き手・構成:河原 潤 写真:池辺紗也子)

メインの産業がシフトした今、変わらなくてはならない日本人の「働き方」

――出口さんが例に挙げた、社員に一体感のある楽しい会社って、昔の高度経済成長期にありそうな話にも思えました。これ、今だとかなり難しくありませんか? 個々人の志向やライフスタイルもずいぶん多様化していますし……。

出口氏:では、次に時代性と働き方の関連に目を向けてみましょう。戦後日本の高度成長期には、3つのキーワードがあったと考えています。それは「冷戦」「人口の増加」「アメリカへのキャッチアップモデル」の3つです(図2)。

 3つ目は、日本の産業、とりわけ自動車や電機メーカーなどが、アメリカに追いつき追い越せで成長していったことを指しています。これらのメーカーは工場を次々と立てて、生産能力をひたすら高めていきました。

 工場の理想は24時間操業です。製品を作る工場を止めたら即、損失ですから。例えば、3交代制を導入するなどして工場の連続操業を徹底的に追求した。

 そうなると、体力があって朝から晩まで黙々と働ける人材が求められます。それは筋力に勝る男性の役目となり、女性は家で家事や育児に専念するのが全体としては効率がいいということになる。それで、配偶者控除や3号被保険者などのアメも加わって、男性は外で長時間労働、女性は専業主婦というシステムができあがっていったのです。

図2:製造業・工場のモデルからサービス業のモデルへ

――高度成長期は製造業・工場のモデルだから、そのシステムでうまくまわっていたと。

出口氏:そうです。でも冷戦、人口の増加、アメリカを手本とした製造業・工場モデルの3条件は、今はどうなったでしょうか。もう全部終わっています。今ではサービス産業が日本の産業構造の中で多数を占めています。工場は、国内にはもうこれ以上は増えないでしょう。

 産業モデルが変わった以上は、社会のシステムも働き方も変わらないといけない。社員に対する評価軸もかつての工場モデルとはまったく異なってきます。

 例えば、ある出版社で、1人の編集者は朝8時に出社して、夜11時まで毎日必死に働いているが、作った本は全然売れない。もう1人の編集者は朝10時ぐらいにのんびりやってきて、夜はきっかり6時に上がって飲みに出かける。にもかかわらず、彼が手がけた本は年間に何冊もベストセラーになる。社長ならどちらを評価しますか? という話です。

 サービス産業では、社員個々人の労働時間ではなく、成果とそれをもたらすアイデアこそが評価される。講演などでは、では、そうしたアイデアを多く生み出すためにどうしたらよいでしょうと聞かれるのですが、人間の脳みそのメカニズムを考えれば答えは決まっています。

――といいますと?

出口氏:人間が脳をフルに動かして集中できるのは約2時間が限度です。それを1コマすれば、1日にせいぜい4、5コマ。後はしっかり休憩をとって脳を休ませる必要があります。これは、多くの大脳生理学者が言っていることです(図3)。

図3:脳が集中を続けられるのは2時間が限界

 好例は映画。だいたい2時間でしょう。たまには3時間ぐらいの大作もありますが。人間の脳はそうできているのだから、脳みそをフルに使う仕事をやるなら、脳みその構造に合わせないと回りません。工場モデルの時代は、脳みそをフル回転させるのではなく、生産ラインで手先を動かす仕事がメインだったから、長時間労働をこなすことができたわけです。

 特に脳を使うマネジメント層に対しては、生活の基本を、かつての「飯・風呂・寝る」から「人・本・旅」に切り替えていきましょうと薦めています。仕事を早く終え、人に会ったり、本を読んだリ、ときには旅したりと、脳みそに刺激を与えていかないと、画期的なアイデアが生まれないと思っています。