[オピニオン from CIO賢人倶楽部]

銀行APIをめぐるエコシステム

八十二銀行 執行役員 システム部長 佐藤宏昭氏

2017年8月4日(金)CIO賢人倶楽部

「CIO賢人倶楽部」は、企業における情報システムの取り込みの重要性に鑑みて、CIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)同士の意見交換や知見を共有し相互に支援しているコミュニティです。IT Leadersは、その趣旨に賛同し、オブザーバーとして参加しています。同倶楽部のメンバーによるリレーコラムの転載許可をいただきました。順次、ご紹介していきます。今回は、八十二銀行 執行役員 システム部長 佐藤宏昭氏のオピニオンです。

 話題の“モリ・カケ”とはまったく無関係で恐縮だが、2017年5月26日、参議院本会議において銀行法等の一部を改正する法律が可決成立した。重要な改正点は2つある。

 第1は、マネーフォワードやマネーツリーに代表されるPFM(Personal Financial Management)事業者やfreeeなどのクラウド会計事業者などを「電子決済等代行業者」とし、登録制を導入することだ。登録にあたっては、

  • 利用者保護のための体制性整備
  • 情報の安全管理義務
  • 財政的基礎の確保

が課されることになり、金融機関と

  • 利用者の損害に係る賠償責任の分担
  • 利用者に関する情報の安全管理

などを定めた契約を締結することが求められる。

 第2は、金融機関に対しオープン・イノベーションの推進を促す仕組みを導入すること。金融機関には

  • 電子決済等代行業者との連携・協働に係る方針の策定・公表
  • 電子決済等代行業者との接続に係る基準の策定・公表
  • オープンAPI導入に係る努力義務

が求められることが決まった。

 これだけだと意味がよく分からないかも知れないので、解説するとこういうことだ。「インターネットバンキングを提供している銀行は、基幹システムのAPIを公開するか、公開の意思表明をしなさい。接続にあたっての条件となる基準も公開しなさい」、「法的な側面をクリアして登録業者になった電子決済等代行業者が接続を望んだら断ってはいけません」、「API経由で接続することになれば情報の出し手としてコントロールできるのだから、利用者情報の保護について銀行にも責任が生じる。契約の中で損失補償の分担も定めておきなさい」──。

 PFM事業者と銀行の連携について、つまり民間の取り組みについて法的にここまで踏み込んだのは、我が国の金融当局としては画期的なことだ。その背景には何があるのか? 金融機関の情報を利用した新しいサービスが米国を中心に欧州でも普及しつつある中で日本は出遅れている。このままでは新たな決済手段の導入で先行する中国にも劣後しかねない、といった危機感が強いからだろう。

 ただこの制度は電子決済等代行業者の名前が示す通り、PFMや会計ソフトに預金の明細を取り込むことを基本にそこから送金の指示ができるといったモデルに限定されている。自分の銀行口座と事業者間の資金のやりとりを前提としているのではない点には注意が必要だ。

 例えば「LINE Pay」のようなプリペイド型の電子マネーとの接続は、この改正法の範疇ではない。「前払い証票に関しては口座振替契約によりチャージとする」など、別の根拠が必要である。一方で銀行口座と連動した自動貯金サービスである「finbee」は、同じ銀行内での本人名義の預金の振替だから対象になる。金融商品取引業として投信を売買する仕組みであるマメタスやトラノコは、該当しない…。限定列挙型の銀行法では、一気にまとめて解決するのは難しい。

 金融庁は預金の機能と内国為替による資金の移動を代行することを認め、多くの銀行が基本的なサービス機能を提供することで、銀行を中心としたエコシステムの形成を想定しているようである。銀行からすれば、APIによる機能提供をしないと「捨てられる銀行」になるぞと言われているようでもある。

 もちろん筆者のような当事者の1人からすれば、実際の契約条件をどうするか、対価として料金を設定するのか、相手の持つ顧客情報の提供を受けるのかなど、検討すべきことは多い。時間が足りないと少々焦ってもいる。そうであっても自行のAPIの使い勝手を向上させて独自のエコシステムを築くことができるかに、「選ばれる銀行」となる重要なポイントがあることは間違いない。アップルがiPhoneのアプリを開発する外部企業や個人を取り込み、iOSを中心としたエコシステムを構築して成功したように、である。迅速かつ柔軟な対応を進なければと思う。

 反省材料もある。例を挙げると「顧客の複数の口座情報を参照して分析し、顧客に有益なサービスを提供する」というアカウントアグリゲーションは、昔から銀行が提供してきたサービスだった。ところが頭の固い我々は他行の口座情報を集約する仕組みに思い至らなかった。他行のインターネットバンキングにアクセスし、画面に表示されたデータから抽出する、“スクリーンスクレイピング”という方法を思いつきもしなかったのだ。今こそ我々銀行は、変わらなければならない。

株式会社八十二銀行
執行役員 システム部長
佐藤宏昭氏

※CIO賢人倶楽部が2017年8月1日に掲載した内容を転載しています。

CIO賢人倶楽部について

大手企業のCIOが参加するコミュニティ。IT投資の考え方やCEOを初めとするステークホルダーとのコミュニケーションのあり方、情報システム戦略、ITスタッフの育成、ベンダーリレーションなどを本音ベースで議論している。
経営コンサルティング会社のKPMGコンサルティングが運営・事務局を務める。一部上場企業を中心とした300社以上の顧客を擁する同社は、グローバル経営管理、コストマネジメント、成長戦略、業務改革、ITマネジメントなど600件以上のプロジェクト実績を有している。

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