2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻が長期化している。西側諸国はロシアに対してすぐさま経済制裁を波状的に課したが、その結果、西側諸国の企業はロシア市場でのビジネスの停止や撤退を余儀なくされた。独通信大手のドイツテレコム(Deutsche Telekom)はロシア国内で2000人規模のIT技術者を雇って行っていたビジネスをどうするかの判断を迫られた。対ロシア制裁という国際的な圧力の中、ビジネスの継続性を維持するために採った同社の奇抜な対応策は世間の注目を集めた。独メディアのハンデルスブラット(Handelsblatt)やヴィルトシャフツヴォッヘ(Wirtshafts Woche)の報道から、同社の奇抜なロシア撤退作戦を紹介しよう。
ドイツテレコムはなぜ今もなおロシア人のIT技術者に頼っているのか?
2022年3月末、ドイツテレコムはロシアからの撤退を表明した。それにもかかわらず、現在もなお一部のロシア人は同社のためにトルコあるいはロシアで働き続けている。
ロシアのウクライナ侵攻から4週間が経過した同年3月24日、状況が明らかになったのでドイツテレコムは「ロシアでの開発業務は終了する」と公式に発表した。その時点で、ドイツテレコムが雇っていたロシア人のIT技術者は2000人程度いたが、ロシアでの業務は中止ということになった。以下は同社の声明文である。
ドイツテレコムはロシアでいかなるネットワークも運営していません。また、ロシア国内の企業との取引関係もありません。しかし、当社には主にサンクトペテルブルクにいるソフトウェア開発者のチームがあり、ロシア国外の顧客に対してサービスを提供しています。
ここ数週間、私たちはこれらの従業員にロシア国外で働く機会を与えています。多くの従業員がその機会を得て、国外へ出ていきました。
また、海外のお客様に対しては、ロシアの拠点がなくても、できる限りサービスを維持できるようにしました。
以上のことから、私たちはロシアでの活動を終了します。
さて、それから2カ月が過ぎたが、ロシアからの撤退は宣言したほど明確ではないことが明らかになった。内部事情に詳しい複数の関係者の証言によると、2022年5月時点でも以前と変わらず、サンクトペテルブルクにあるドイツテレコムのロシア支社(写真1)にはかなりの数の人間が勤務しているという。公にはなっていないが、声明を出して以降、セキュリティ基準が以前のレベルにまで緩和されたようだ。
ロシア人のIT技術専門家の引き揚げは来年にずれこむ
もっとも、ドイツテレコムがロシア人のIT技術者を徐々に解雇しているのは事実のようだ。同社のIT部門長であるペーター・ロイケルト氏は5月中旬に、元からサンクトペテルブルクに勤務していた従業員の大部分は、相変わらず勤務を続けていると内部の人間には漏らしていた。これらの従業員全員の解雇を完了するのは早くて来年になるだろうと述べた。経営幹部たちは、このような状況ではもはやロシアでソフトウェア開発をするわけにはいかないだろうとの結論に至った。
広報担当者はロシアからの撤退の時期を明確にせず、単に現在、業務の大部分はロシア国外で行われている、と述べるにとどまる。同社のロシア国内の事業所は閉鎖されているようだが、複雑な諸事情のため、詳細は明らかにできないとのことだ。ドイツテレコムは考え得る限りあらゆる不測の事態への対策を考えていると、同社の顧客はとりあえず安心してよいだろう。
長期化が懸念される経済制裁への対策
戦争勃発以降、ドイツテレコムのサンクトペテルブルクと他の2つの事業所のソフトウェア開発は継続していた。それだけでなく、経営陣の判断で資金とIT機器を新たに運び入れたという。それによって、最悪、ロシアに対する経済制裁が数カ月にわたっても活動を続けることができるようにと考えたためだ。
同社CIOのクラウディア・ネマト氏は「ありがたいことに、現時点では我々のロシアの従業員は全員安全が確保され、勤務に就いている」との社内メールを流した。経営陣は、従業員の健康状態もさることながら、ウクライナ侵攻にもかかわらず事業が滞りなく行えることを気にかけていた。「ここまで計画どおりに乗り切ることができたことで、今後もたいていの事態なら乗り切ることができる自信がついた」とネマト氏は安堵した。
ボンにあるドイツテレコム本社では、この間セキュリティを強化した。ロシアで開発された新しいソフトウェアはシステムに組み込む前に再点検するようにした。というのは、ひょっとしてどこかの秘密諜報機関がウイルスソフトを紛れ込ませて、ロシア人エンジニアの評判を落とすかもしれないからだ。
●Next:米イェール大学がドイツテレコムを“恥辱の殿堂入り企業”と宣言
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