欧州のデジタル強国はどこか? EUは、2014年からEU圏内の国々のDESI(The Digital Economy and Society Index:デジタル経済・社会指数)を算出し公表している。このほど発表された2022年のDESIでは、フィンランドがトップとなった。フィンランドは2019年に初めてトップとなり、2021年に僅差で2位になったが、今回トップの座に返り咲いている。人口が500万規模と、日本で言えば北海道並みの小国でありながら、デジタル化で成果を挙げている理由を考察してみる。
デジタル・AI強国フィンランドの強みはどこに
ドイツ政府機関のGermany Trade & Investは、2020年にフィンランドがIT化の面でドイツより先行している状況を分析し発表したことがある。本稿ではまず、ドイツも認めるフィンランドの強みを知るため、このときの分析内容を大まかに紹介する。その後、先ごろ公表された2022年度のDESI(The Digital Economy and Society Index:デジタル経済・社会指数、図1)の統計データから、デジタル施策の上位国と下位国を分けている要因分析を行い、トップのフィンランドの取り組みに、日本が学ぶべき点について述べてみたい。
拡大画像表示
Germany Trade & Investは、フィンランドの強みとして次の3点を挙げている。
自国開発に特化したAI振興政策
まず、フィンランドは、国として、基本的にAI技術の開発に関して米国や中国など海外の企業任せにはしない方針を取っている。つまり、技術は自国で開発するものという認識だ。グローバル競争に落伍しないよう、フィンランドの経済省はAIに絞って投資を行っている。
例えば、2018年から2022年にかけて、総額2億ユーロ(約286億円)のAI投資の国家予算を組んでいる。この巨大な資金は、研究機関の設備費、スタートアップ振興のエコシステム、あるいはAIの開発や応用に携わる企業・組織に流れる。同国のビジネス振興組織であるビジネスフィンランド(Business Finland)では新たなAI人材を獲得できそうな企業に対して、年間3000万ユーロ(約43億円)を渡している。こうした投資で資金を得た企業は、国のAI人材輩出のプラットフォームとして機能する。ヘルシンキのある首都圏では、設立3年を経過したスタートアップ約300社のうち、10分の1がすでにAI技術をビジネスに活用している。
他のEU諸国の中小企業にもメリット
EU加盟国全体の中小企業が、フィンランドのすぐれたスタートアップ振興のエコシステムの恩恵を受けている。投資会社のHelsinki Business Hubのディレクター、ミスカ・ハカラ(Miska Hakala)氏は、この狙いを「我々が求めているのは新技術を実際に試してみようとする会社だ」と話す。フィンランドでは、ほとんどの国民が新技術を歓迎する。提供したデータと引き替えの形で提供された新たなサービスを活用し、サービス内容の改善に対価を支払うことに抵抗感がないという。企業にとって、こうした国民性は製品やサービスを開発するうえで非常にありがたいことである。
スタートアップ企業に海外からの投資
2018年、フィンランドのスタートアップ企業は4億7900万ユーロの投資を集めたが、そのうち60%は海外からのベンチャーキャピタル(VC)やグローバル投資ファンドからだった。5年前までは海外からの投資は全体の26%に過ぎなかったという。フィンランドは、国民総生産に占めるVCの投資額の割合が欧州全体の中で最も高い。
海外のVCを惹き付けるのが、例年冬にヘルシンキで開催されている起業家イベント「Slush(スラッシュ)」だ。2008年の初開催時はローカル・小規模なコンファレンスだったが、2014年以降に規模が拡大し、現在では欧州だけでなく世界最大級のスタートアップイベントに成長した。例年、世界130カ国から約2万人(うちスタートアップ3000人、投資家2000人弱)が参加しているという。
Germany Trade & Investは、他国からの活発なAIベンチャー投資の恩恵を受けている1社として、AIを駆使したマルチ言語のFAQサービスを展開しているUltimate.ai(画面1)を挙げる。同社は2019年11月、ベルリンのホルツブリンクとヘルシンキのMaki.VCの両VCから総額580万ユーロの出資を受けている。Ultimate.aiは、ディープラーニングを使って、FAQ(頻繁に問い合わせのある質問)からオペレーターに最適な模範回答例を提示する。同サービスはベルリンとヘルシンキの両拠点から提供し、顧客には、フィンランドのフラッグキャリアであるフィンエアー(Finnair Oyj)、大手通信事業者のテリア(Telia)のほか、ドイツ自動車連盟(ADAC)、欧州最大手ファッションECの独Zalandoなどがいる。
拡大画像表示
フィンランド政府は、世界一のAI国になるために、産業にとどまらず社会全体を巻き込んだ発展を目指すが、倫理的観点にも十分配慮している。第一歩として、人口の1%に相当する50万人に、AI利用時の倫理面も含めたAI教育を行う方針を決めた。
プログラムとして、2017年にヘルシンキ大学コンピュータサイエンス学部教授のティーム・ルース(Teemu Roos)氏とフィンランドのコンサルティングファームReaktorが共同でAIのオンライン学習コースを作成した。そのWebサイトによると、2022年8月現在で、170の国・地域から75万人が履修し、40%は女性である。プログラムのスポンサーの中にはドイツ=フィンランド商工会議所の名前も挙がっている。
Germany Trade & Investによると、このオンライン学習コースでは、データサイエンス、ディープラーニング、ロボティックスなどのAI技術やその実装、さらには、AIが将来の社会と労働環境をどのように変化させていくかまで学べるという。
現在、フィンランド政府はAI利用時の倫理基準とAI技術の適用勧告基準を策定中である。「AIの応用に関して、フィンランドはドイツの何年も先を行っている」(ドイツ=フィンランド商工会議所専務理事のヤン・フェラー氏)わけだ。
総じて高いフィンランド国民のITレベル
次は、EUの2022年DESIランキングである。公式サイトから、各国のDESIに関する調査書がダウンロードできる。また、各国別に統計をとったPDFファイルもある。
ここには、DESIが調査した項目の統計データが国別、男女別に示されている。詳しくは説明しないが、項目毎に男女比の差が大きい項目もあれば、逆にほとんど差のない項目もある。この中から。トップだったフィンランドのデータをチェックしてみた。
基本的な話になるが、インターネットを、ユーザーとして操作する知識や経験について、フィンランドは男女ともほぼEU内のトップクラスである。大学でIT関連学科を専攻し、ITを職業としている女性については、EUのトップではないものの、トップクラスである。つまり、一人ひとりのITの知識レベルが総じて高い。また、人口あたりのIT技術者の人数を見ると、フィンランドだけでなく北欧の諸国は軒並み日本の倍は存在している。ちなみに米国や英国も日本の1.5倍以上だ。
次に、もう少し大きな視点からDESIの上位国と下位国を分けている要因分析をしてみる。
●Next:DESI上位国/下位国の間にある大きな4つの差
会員登録(無料)が必要です
- 1
- 2
- 次へ >
- EU議会が可決した「AI規制法」、ドイツ国民から賛否両論:第50回(2024/06/20)
- 欧州委員会が描く次のデジタル産業革命「Industrie 5.0」を読み解く:第49回(2024/04/15)
- ChatGPTを用いた良品/不良品判定─最新AIの活用に積極的なボッシュ:第48回(2024/02/29)
- ドイツの技術者が魅力的と感じる8つの都市、それぞれの特徴:第47回(2023/12/27)
- デジタルで業務を、働き方を変える─ドイツの“先進中小企業”から学べること:第46回(2023/11/06)
欧州 / EU / フィンランド / 人材育成 / AI / Germany Trade & Invest / DESI / ドイツ / デンマーク / オランダ / スウェーデン / ITリテラシー