[オピニオン from CIO賢人倶楽部]

「内製のすゝめ」─情報システムを「内製化」するとは何をすることか?

オリックス不動産 不動産セグメント シニアフェロー 菅沼重幸氏

2023年3月10日(金)CIO賢人倶楽部

「CIO賢人倶楽部」は、企業における情報システム/IT部門の役割となすべき課題解決に向けて、CIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)同士の意見交換や知見共有を促し支援するユーザーコミュニティである。IT Leadersはその趣旨に賛同し、オブザーバーとして参加している。本連載では、同倶楽部で発信しているメンバーのリレーコラムを転載してお届けしている。今回は、オリックス不動産 不動産セグメント シニアフェロー 菅沼重幸氏によるオピニオンである。

 ここ数年、DX推進へのプレッシャーもあって、システム開発の「内製化」を進める風潮が高まっているのは、読者の皆様は当然ご存じだと思います。当たり前のこととして、内製化に取り組んでおられるCIOや情報システム部門責任者の方々も多いことでしょう。

 ただ、DXもそうなのですが、この内製化という言葉も、ややもすると定義が不明確です。企業や人によって解釈の余地が多く、言葉だけが先走りしがちなところがあります。皮相的に言えば、内製化を謳うこと自体、できていないことの証明であり、ベンダーやコンサルティング会社のマーケティングに乗せられているきらいもあるかもしれません。

 その根拠の1つが、情報処理推進機構(IPA)が毎年発行している「IT人材白書」(2021年からDX白書に統合)にある、IT人材に関する調査です。一貫して量・質の両面でIT人材が不足していることを明らかにしています。肝心の人材が不足する中、言葉を唱えるだけで外部化していた何かを内製化できるはずもありませんから、何かがおかしいと考えるのが普通でしょう。そこで、ここでは「一般の事業会社における内製化とは?」について、論じてみます。

かつて当たり前だった内製化の実態とは?

 少しノスタルジックな話ですが、筆者を含めた50歳以上の年代では実のところ、アプリケーションの内製化、内製開発は当たり前でした。1970年代から1990年代初頭までのメインフレーム全盛時代においては、今でいうERPやCRMのようなパッケージは存在せず、PL/I、COBOL、FORTRANといったプログラミング言語を使って必要なアプリケーションを都度、スクラッチで開発し、保守していました。

 もう少し詳しく説明すると、IBMを筆頭にBUNCH(Burroughs、UNIVAC、NCR、Control Data、Honeywell、社名は当時)と呼ばれる外資系メーカーが、共通性のないOSを搭載した独自のハードウェアを提供。日本メーカーでは日立製作所と富士通がIBM互換のハードウェアを、NECなどが独自のハードウェアを提供していました。OSはもちろん、プログラミング言語やDBMS、トランザクションモニターなどのソフトウェアに目に見える明確な価格はなく、ハードウェアの付属物だった時代です。

 当時、ハードウェアを購入した企業のIT部門は、付属するソフトウェアを使って総勘定元帳や出納管理を行う会計システムをはじめ、在庫管理システム、受注管理システム、勤怠管理システム、給与計算システム、製造管理システムなどを自社でゼロから開発していました。ハードウェアの価格は非常に高価な半面、性能はプアでしたから、CPUやメモリーなどのリソースをいかに節約しながら目的とするアプリケーションを作るのかは、腕の見せ所であり、醍醐味でもありました。

 お金を掛け、さまざまな苦労をしてスクラッチ開発してもペイした理由は単純です。人海戦術で記録を管理し、決算や税務申告などを必要な時間軸で処理を行うことに対して、業務の効率化という点で十分な費用対効果があったからです。企業にとって内部管理費(膨大な人件費)を低減させ、利益率を向上させる差別化要因にもなりえました。

 例を挙げると、筆者がCIOを務めた生命保険業界では、保険商品が最低でも10年、第一分野では終身が大半を占めます。それを提供可能にしているのが、保険約款に定められた契約条件を記録・管理している契約管理台帳システムです。保険金の支払い条件から数理計算まで内部規定を含めて、すべての業務に知見が内包されたアプリケーションがあります。保険会社にとって商品はビジネス上の戦略的差別化要素であり、したがってそれを反映したアプリケーションは内製化してこそ、競争力の源泉になります。内製化と言うとき、こういったシステムを念頭に置くケースが多いでしょう。

 この頃の内製開発は、ダム端末を使ったプロセス指向なモノリシックな開発が主流でした。人の仕事や業務の流れを直感的にプロセスとして記述していけば、アプリケーションを開発できましたし、アプリケーションをまたがったデータの共通性や再利用については、ほとんど意識されませんでした。このように単純な手順をプロセスとして処理に落とし込むだけだからこそ、内製化できた面もあります。

ITの進化が内製化から「外製化」へのシフトを促した!

 1990年代に入ると、オープン化のムーブメントがIT業界を席巻します。メインフレームから汎用マイクロプロセッササーバーへ、メーカー製OSからWindowsやUNIX、Linuxへ、といった潮流です。DBMSなどのミドルウェアは当然のこと、業界を問わず同じ仕様で標準化されても問題のない会計や在庫管理などのアプリケーションも、専業のソフトウェア企業が誕生し、パッケージ化していきます。ERPにしろCRMにしろ、オーダーメイドではなく、レディメイドで問題なければ貴重な開発・保守リソースを共有する意味で効率がよくなります。

 一方、技術革新によって、ITインフラの中心がサーバーやPCになり、導入費用が劇的に下がり、性能が向上すると、オーダーメイドでアプリケーションを開発するためのソフトウェアエンジニアリングの手法も変わります。

 さまざまな変化がありましたが、大きいのがプロセス指向からオブジェクト指向へと変わったことです。オブジェクト指向ではデータとプロセスを一体(オブジェクト)として扱うこと、またそのオブジェクトを抽象化(クラス)して定義し、再利用性の概念をエンジニアリング思想として取り込んでいます。

 まさしくパラダイムシフトでした。OS(ユーザーインタフェース)やデータベースといった汎用性の高いソフトウェアもそうですが、コーディングの領域でもSimulaやSmalltalk から始まった流れはJavaやC#、C++などのオブジェクト指向言語へと広がりました。オブジェクト指向だけではありませんが、ITに関わるこうしたさまざまなパラダイムシフトは、内製化に影響を及ぼします。一言で言えば専門性が高くなり、一般企業が内製化する(できる)対象は、どんどん狭くなっていったのです。

 同時期の1990年代から2000年代にかけて、ミドルウェアからアプリケーションまであらゆる領域のソフトウェアを提供するソフトウェア企業、そういったソフトウェアを使ったり、スクラッチでシステム構築を受託する情報サービス企業が、数多く誕生しました。これにより内製化する必要のない対象が、どんどん拡大していったと見ることもできます。

●Next:「市民開発」はEUCと同じ轍を踏まないだろうか?

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