“PoC倒れ”から脱却せよ─「アオムシは蝶になるのか」の提案
2024年4月9日(火)CIO賢人倶楽部
「CIO賢人倶楽部」は、企業における情報システム/IT部門の役割となすべき課題解決に向けて、CIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)同士の意見交換や知見共有を促し支援するユーザーコミュニティである。IT Leadersはその趣旨に賛同し、オブザーバーとして参加している。本連載では、同倶楽部で発信しているメンバーのリレーコラムを転載してお届けしている。今回は、J.フロント リテイリング デジタル戦略統括部 グループシステム推進部長 兼 チーフデジタルデザイナー 執行役 野村泰一氏によるオピニオンである。
大きな変革を起こす前に、まずはPoC(Proof of Concept:概念検証)を行う──。これは多くの企業で定着しつつあるスタイルだと思います。IoTやAIのような新技術や新しい機能・サービスなどを、いきなり本番業務に導入して失敗すると目も当てられませんから当然でしょう。
一方で「PoCの成果を元にして本番に移行する判断がなかなかできない」、「PoCは数多くやっているが、そこから先に進まない」といった声を聞くことも少なくありません。よく言われる“PoC倒れ”や“PoC止まり”というものです。
いくつものPoCを実施したり繰り返したりしながらも、実践的な成果につながらないことが続くと、最初は寛容だった関係者やトップの声は厳しくなってきます。PoCを実施している当事者も“PoC疲れ”などと言われる状況になり、チャレンジするエンジンの動きが悪くなるなんていうことを耳にします。心身ともに疲れてしまうのですね。変革を応援する立場としては何とかしなくてはいけないと思います。
そこで1つ、提案があります。小生はITやデジタル変革の壁を下げるために、虫を題材にしたワークショップを多く手掛けてきました。例えば、石の下に隠れるダンゴムシを「見えていないけれど存在には気づいている課題」になぞらえ、課題発掘をする「ダンゴムシを助けよう」というものがあります。情報収集のミツバチと情報提供のミツバチをカスタマージャーニーの花畑に放ってサービスを考える「二匹のみつばち」というワークショップもあります(関連記事:現実のデータで学ぶ業務のリアル─JFRが“教育内製化”で挑むデジタル人材育成)。
単に「課題を発見しよう」というワークショップでは、見えている/見えやすい課題に終始しがちです。あるいは単に「サービスを考えよう」だと、何から着手したり検討したりすればいいのか分かりにくいという問題があります。虫を題材にすることで、このような問題を乗り越えられるのです。
「そんなことで効果あるの?」と思う人もいるでしょうけれど、小生の実践経験から確実に効果があると言い切れます。
さて、PoCです。PoC倒れに陥るのは、「小さなアオムシが大きくはなったがまだ蝶にはなれていない状態」ではないかと考え、新しいワークショップを作ってみました。基本的な考えはPoCから実践段階に行くのに足りない要素を現場の知見で埋めようというものです。体は少し大きくなったが、蝶になれるかどうかが心配なアオムシが、ある村の賢者たちに出会います。賢者たちは以下の5つの視点でアオムシに知恵を授けます。
①実際のお客様の視点
②現場環境の視点
③想定しないといけないケース
④現場の強みを生かす視点
⑤注意しなければならないこと
現場の方々を賢者と位置づけて集まっていただき、敬意を払うことからワークショップは始まります。仮に現場観察から始まったPoCでも、最後の段階では現場への敬意を忘れてしまいがちだからです。賢者によってPoCでは想定できなかったケースへの対応、受け入れる現場の不安の払拭などの知恵がワークショップを通じて明らかになり、アオムシへのアドバイスという形で整理されていくのです。
小生は実際の案件でこのワークショップを実施したのですが、思った以上にアドバイスが集まり、その後の導入がスムーズになりました。読者の方はすでにお気づきだと思います。PoCから実践段階に行けなかったのは現場の知恵の取り込みが不足していたためだったのです。お客様が中心のデザインであっても、それを支える現場のインサイトを取り込まなければよいデザインにはならないと思います。読者の皆さんのアオムシが蝶になることを祈ります。
J.フロント リテイリング
デジタル戦略統括部 グループシステム推進部長 兼 チーフデジタルデザイナー 執行役
野村泰一氏
※CIO賢人倶楽部が2024年4月1日に掲載した内容を転載しています。
●筆者プロフィール
CIO賢人倶楽部(CIOけんじんくらぶ)
http://cio-kenjin.club/
大手企業のCIOが多数参加するコミュニティ。企業におけるIT部門の役割やIT投資の考え方、CEOをはじめとするステークホルダーとのコミュニケーションのあり方、デジタルトランスフォーメーションに向けたこれからの情報システム戦略、IT人材の育成、ベンダーリレーション等々、さまざまな課題について本音ベースでディスカッションしている。
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