「企業の記憶」をデジタル変革の障壁ではなく推進力にしよう!
2026年6月8日(月)CIO Lounge
日本を代表する百戦錬磨のCIO/ITリーダー達が、一線を退いてもなお経営とITのあるべき姿に思いを馳せ、現役の経営陣や情報システム部門の悩み事を聞き、ディスカッションし、アドバイスを贈る──「CIO Lounge」はそんな腕利きの諸氏が集まるコミュニティである。本連載では、「企業の経営者とCIO/情報システム部門の架け橋」、そして「ユーザー企業とベンダー企業の架け橋」となる知見・助言をリレーコラム形式でお届けする。今回は、ダイセル デジタル戦略推進センター 副センター長でCIO Lounge正会員メンバーの押手孝太氏からのメッセージである。

私は主に事業会社で、業務変革やデジタル変革に携わってきました。コンサルティング会社に在籍していた頃や、現在勤務する事業会社でも、さまざまな変革の取り組みに関わっています。
そうした経験を振り返って改めて強く感じるのは、変革は一時的な取り組みでは十分ではなく、恒久的に定着し、繰り返されていかなければ本当の意味を持たないということです。本稿では、この思いの背景や私自身が意識してきた考え方を、製造業を例にして整理したいと思います。
変革を前に立ちはだかる「企業の記憶」
私が大事にしてきたデジタル変革のゴールは「ビジネスの現場で変革が自然に生まれ、それが繰り返されている状態」です。誰かが旗を振り続けなければ動かないのではなく、現場の中から課題意識や改善の工夫が生まれ、次の変化につながっていく。そのような状態こそが目指すべき姿であると考えています。別の表現をすると「企業に新しい何かを付け足すこと」ではなく、「企業が生命体として新陳代謝を続けられる状態をつくること」がデジタル変革です。
しかし、それは簡単なことではありません。今までに関わった取り組みの中にも、一過性の対処療法に近いものになってしまったケースが少なからずありました。また短期的には成果が見えて注目も集まりますが、時間とともに熱量が下がり、やがて日常業務に埋もれてしまうような場面を何度も目にしてきました。
なぜ、そういった状況になるのでしょうか。日本の多くの製造業には、これまでに築き上げてきた優れたビジネスモデルがあります。それを含め、現場で突き詰めたり改善を積み重ねたりしてきた姿勢、つまり企業文化は大きな強みだと思います。私はそれを「企業の記憶」だと捉えています。これまで何を大切にし、どのようなやり方で成功してきたのか──。この積み重ねは、企業が生き延びてきた証でもあります。
しかしながら、「企業の記憶」はしばしば変革の障壁になったり、ときにセクショナリズムとして表出することがあります。製品の上市を判断する場面を想定すると、営業部門は市場投入のスピードを、生産部門は安定稼働を、品質保証部門はリスクの最小化を、それぞれ最優先に考えるでしょう。どれも各業務部門が長年の経験の中で磨き上げてきた合理的なもので、何も間違っていません。それがゆえに判断が進まない状況が生まれてしまうのです。
部門を超えた業務プロセス変革のような取り組みでも、同様のことが生じます。全体最適を目指したはずが、業務部門間の壁を越えられず、最終的には各部門内の業務効率化に収束してしまう。短期的な成果は創出できたものの、企業としての変化は実感できない――。そんなもどかしさとともに、事業変革として始まった取り組みが、結果的には対処療法にとどまってしまった場面を、私は何度も経験してきました。
●Next:部分最適の壁を破り、企業の新陳代謝を促すための取り組み
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