モバイル・コンピューティング これからの企業システムは、進化著しいモバイルデバイスを巧く取り込んでいかなければならない。その際の考慮点とIBMが提供するソリューションを解説する。 原口 知子 日本アイ・ビー・エム WebSphere クライアント・テクニカル・プロフェッショナル 水谷 有貴 日本アイ・ビー・エム WebSphere マーケティング・マネージャ
大きな可能性を秘めたモバイルデバイスを企業システムにも取り入れようとの模索が始まっている。業務システムに「いつでもどこでも簡単に」アクセスできる環境を整備し、ビジネスチャンスの獲得や、顧客や取引先の満足度向上などにつなげようという考えだ。
本パートでは、企業システムにモバイルデバイスを組み入れる際の考慮点と、IBMが提供するソリューションについて解説する。
モバイルデバイスの企業利用
念頭に置くべき4つの留意点
まず、モバイルデバイスを業務で使う際に念頭に置いておかなければならないポイントを整理してみよう。
1. 多機種への対応
業務システムにアクセスするモバイル端末は従来、ある程度標準化されたノートPCが主流だった。このため、クライアント環境を限定してアプリケーションを開発することができた。
ところが今は、 iPhoneやAndroid端末、Blackberryなど多様な端末が混在し、画面サイズや開発言語がバラバラな状況にある。次々に新機種が登場することや、BYOD(Bring Your Own Device:個人所有デバイスの業務利用)の流れに照らせば、機種を特定して展開するのは非現実的だ。開発とその後のメンテナンスを容易にするためにも、共通の言語で開発し、修正・変更の際にも工数を削減できるような新たな基盤が必要となる。
2. 運用管理とセキュリティー
常に社内LANに接続されているとは限らず、むしろ外出先で頻繁に使われることを想定しなければならない。
とりわけ重要なのは紛失や盗難時に速やかに対応することだ。もしモバイル端末に機密情報を入れたままの状態を放置すると、漏洩につながりかねない。リモートで対処できるような仕組みが必要になる。
緊急のパッチ適用など、OSやアプリケーションを全ユーザーを対象に常に最新版に保つことも欠かせない。
3. 連携する既存業務システムの増強
「いつでも、どこでも処理ができる」というモバイルデバイスの特性から、システムにリアルタイム性が求められる。また、接続する端末が増えれば、既存システムへのアクセス量も増大するので、パフォーマンス対策を検討しなければならない。
一方、社外から頻繁にアクセスするという状況に鑑みれば、モバイル端末のみならず業務システムへのセキュリティー強化も不可欠になる。
4. ユーザーエクスペリエンスの提供
「新たな価値の提供」という視点を持って取り組むことも重要だ。
例えば、デバイスのGPSで把握することのできる位置情報と、在庫管理システムのデータを組み合わせれば、顧客の現在地に最も近くて現物を確認できる売り場を案内するようなサービスが可能となる。
モバイル展開で競争優位を獲得するには、業務システムとの多面的な連携を視野に入れて知恵を絞ることが重要性を増す。
IBMが描くモバイルエンタープライズ戦略
日々の業務を遂行する端末として、今後はモバイルデバイスがごく一般的に使われるようになるだろう。IBMでは、先に見た課題を解決するためのソリューションを拡充している(図1)。

2012年2月に買収を発表したWorklightと、2012年3月にリリースした「IBM Endpoint Manager for Mobile Devices」を中心に、既存の業務システムを構成するミドルウェアとの連携を強め、よりモバイルに適した開発/実行/運用環境の提供を進めている。
企業がモバイル対応に取り組む時に考慮すべきポイントとして、以下の6つの項目が挙げられる。
- モバイルアプリケーションの開発
- モバイルアプリケーションと既存システムの連携
- モバイルデバイスとアプリケーションの管理
- セキュリティー
- 既存アプリケーションのモバイルデバイスへの展開
- 新しい機会創出によるビジネス変革
以下では、開発、管理とセキュリティー、既存基幹システムの増強にフォーカスして、解説する。
迅速で工数を削減するモバイル向け開発・実行環境
モバイルアプリケーションの開発における課題は、多機種に起因する作業の複雑さにある。
最近ではWebの標準技術としてHTML5やCSS3が浸透してきており、サードパーティ製のJavaScriptライブラリーと一緒に使用することで、モバイル向けWebアプリケーションを比較的容易に作成できるようになっている。
JavaScriptライブラリーとしては、オープンソースのjQuery MobileやDojo Mobileがよく利用されている。標準技術を利用すると開発生産性が高く、iPhoneやAndroidといったプラットフォームに依存しないアプリケーションを構築できる。だが、その反面、デバイス特有のカメラやGPSを活用することができないというデメリットがある。
これらの課題を解決する方法として、最近では「ハイブリッドアプリケーション」と呼ぶ方式が注目されている(図1)。大部分をHTML5やCSS3、JavaScriptを用いて作成し、一部にネイティブアプリケーションを組み込むことで、デバイスとの連携やセキュリティーの向上を実現するアプローチである。企業は、開発生産性を向上しながらも、Webアプリケーションだけでは実現できなかった高度なユーザーエクスペリエンスを提供するアプリケーションを構築できるようになる。
IBMが提供するモバイルアプリケーションの開発・実行環境としては、Java EEのアプリケーションサーバーである「WebSphere Application Server(WAS)」と、先日買収が完了した「Worklight」がある。アプリケーション基盤として長年多くの企業で採用されているWASは「Feature Pack for Web 2.0 and Mobile」という無償のアドオン製品の提供を2011年に開始し、Webベースのモバイルアプリケーションの開発・実行の機能を追加した。
この製品は、オープンソースのDojo Mobileをベースに、企業向けの拡張をIBMが提供するという位置付けにある。WASのサポート契約を結んでいるユーザーには、オープンソースのDojoについてもサポートが得られるというメリットがある。短期間でモバイルWebアプリケーションを開発したり、既存のJava EEアプリケーションに対してモバイルインタフェースを追加したりするのに適している。
MEAPとして提供するWorklightの特徴
モバイルデバイスの特性をさらに生かすアプリケーションについては、統合的なモバイルエンタープライズアプリケーションプラットフォーム(MEAP)として提供するWorklightがカバーする。「HTML5とハイブリッドアプリケーションのためのオープンで先進的なプラットフォーム」というコンセプトを基に、Worklightは、Eclipseベースの統合開発環境、クライアントライブラリー、サーバーランタイムとコンソールで構成している。
開発環境として提供する「Worklight Studio」は、1つのアプリケーションの中で、iPhone/iPad/Android/Blackberry/Windows Phoneといった複数プラットフォームに対応できるのが特徴だ。つまり“Build Once, Run anywhere”を実現している。さらにHTML5、jQuery、Dojo、PhoneGapといった主要なライブラリーを組み込むことができるため、拡張性にも優れている。もちろん、カメラやGPSなど端末固有の機能と連携したアプリケーションを作ることも可能だ。最終的にはネイティブアプリケーションとしてパッケージングするので、Apple AppStoreやGoogle Playに公開できる。
この他にも、Worklightの主な特徴として以下が挙げられる。
- デバイスに導入されたアプリケーションのWebリソースを、サーバーから直接更新することが可能。これにより、ユーザーがAppStoreやGoogle Playから最新バージョンのアプリケーションを導入していない場合でも、必ず最新のアプリケーションに更新できる。
- Webサービス(RESTおよびSOAP)接続およびJDBC接続の機能を提供し、バックエンドシステムと容易に連携できる。
- プッシュ通知のフレームワークを提供し、1つのアプリケーションからiOSやAndroidの異なるAPIを利用することが可能。
- 認証によるアプリケーション保護やキャッシュ暗号化によるセキュリティー向上。
- Worklightコンソールからアプリケーションのバージョン管理やプッシュ通知の管理が可能。また高度なレポート機能を提供し、BIシステムと連携可能。
すでに海外では、100以上の画面を持つリッチなハイブリッドアプリケーションをわずか3カ月でiOS向けに構築し、さらにその1カ月後にはAndroidにポーティングすることに成功した事例もある。このように、Worklight使用によって、高度なユーザーエクスペリエンスを提供するモバイルアプリケーションを短期間で開発することを実証している。
運用管理とセキュリティー
MDM機能で万全を期す
企業内でのBYODが進むにつれ、デバイスの管理やセキュリティーの重要性も認識されてきている。最近では、モバイルデバイスマネージメント(MDM)という用語が一般に使われるようになり、MDMを実現するソフトウェアやクラウド型のサービスが企業でも利用され始めた。
IBMでは、サーバーやPCを管理する製品としてIBM Endpoint Managerを提供してきたが、2012年3月にはMDM対応の製品として「IBM Endpoint Manager for Mobile Devices」の提供を開始し、モバイルデバイスを含む企業の端末全体を統合的に管理できるようにした。
IBM Endpoint Managerは、IBM社内で既に44万台の端末を管理している実績があり、非常にスケーラビリティの高い製品である。集中管理を担う管理サーバーとクライアント用のエージェントで構成しており、1台の管理サーバーで、25万台までのモバイルデバイスを監視・管理ができる。
MDMの機能としては、端末のモデル名、シリアル番号、OS情報、ユーザー情報、アプリケーション情報などを管理サーバーで一元管理する。また、地図上で端末の位置情報をリアルタイムに確認することにも対応済みだ。セキュリティーを向上するために、パスワードルールの設定やデータの暗号化、カメラやメール機能の制限といった機能も備える。端末の紛失・盗難時やコンプライアンス違反時には、遠隔からデバイスの画面をロックしたり、データを消去(ワイプ)できる。
今後、モバイルアプリケーションが普及すると、重要な経営情報をモバイルデバイスから簡単に参照したり、デバイス上に保存できるようになるため、企業はセキュリティーポリシーの策定と実装についてもアプリケーションの開発と同時に検討していくべきである。
専用ソフトやアプライアンスで
連携する既存業務システムを増強
モバイルを活用したシステム全体を最適化するため、IBMはモバイルプラットフォームを拡張する様々なソフトウェアやアプライアンスを提供している。例えば、モバイルプラットフォームの前段にセキュリティーのアプライアンス「DataPower」を配置することで、メッセージレベルでのセキュリティー向上を図る。インメモリーキャッシュを担うソフトウェア「WebSphere eXtreme Scale」や、キャッシュ・アプライアンス「DataPower XC10」と連携することで、モバイルアプリケーションの応答時間を短縮し、サーバーへの負荷を軽減することができる。さらに、バックエンドのESB製品やBPM製品と連携することで、モバイルデバイスを活用した新しいマルチチャネルアプリケーションを構築することができるようになる。
COLUMN 既存ソフトウェアでのモバイル対応
モバイルに特化したアプリケーションやデバイスを管理する製品のほか、既存のIBMソフトウェアにおいてもモバイル対応を着々と進めている。
「IBM Cognos Mobile」は、iPhone/Android/Blackberryに対応済みで、常にネットワークに接続していなくても、どこでもBI環境にアクセスすることができる。すでにオフィスのPCで慣れた親しんだインタフェースを生かし、モバイル上で自在に情報活用して、どこにいても迅速に意思決定できることを徹底して追求した。
また、ソーシャルを活用する企業をサポートする「IBM Connections」でも、モバイル対応を進めることで、創造的なコミュニケーションの活性化を目指している。場所を問わずモバイルデバイスから必要な資料にアクセスできるのはもちろんのこと、移動時間や短い空き時間にWikiやコミュニティーに投稿するのも簡単だ。オフィス空間に縛られない自由度は、個人のアイディアを逃すことなく、コミュニケーションを高め、企業内に優位な情報を蓄積することにつながるはずだ。
このほか、「Lotus Notes/Domino」「Coremetrics」「Unica」などもモバイルに対応しており、既存資産や企業内システムの活用の幅を広げるための一翼を担っている。
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