今や「働き方改革」は、企業や日本社会にとって最重要課題の一つと言ってよい状況にある。そうした中で急速に注目を集めているのが、AIなどのデジタル技術を活用した組織や業務プロセスの変革だ。とはいえ、前例はいまだ少なく、具体的にどう取り組むか見当がつかないという担当者も少なくない。IT活用型の働き方改革を成功に導くために、押さえるべきポイントは何か、実践プロセスはどうあるべきか。今回は、自社のAIソリューションによる働き方改革で成果を挙げつつある富士通の試みを、2018年11月に開催された「Fujitsu Insight 2018」の講演内容をもとに紹介しよう。

「働き方改革」の背後にある日本の避けられない未来

 一口に「働き方改革」と言うが、企業や組織によってその内容はまちまちだ。フレックスタイムやテレワークのようなワークスタイルの多様化であったり、休暇制度や福利厚生のようなワークライフバランスに関わる試み。はたまたモバイル活用やRPAによる自動化のような業務の効率化など、分野も方向性も、そして獲得目標もそれぞれに異なっている。

富士通株式会社 エバンジェリスト 松本国一氏富士通株式会社 エバンジェリスト 松本国一氏

 だが、そもそもの問題として、「なぜ、いま働き方改革なのか?」という問いに即答できる人はどれくらいいるだろうか。「それはやはり長時間労働対策や、多様性のある働き方(ダイバーシティ)の実現や、一人一人のやりがいを大切にするためでは……」と、ほとんどの人は思うのではないか。

 そうした見方に対し、富士通株式会社 エバンジェリスト 松本国一氏は、「たしかに多くの人はそうした見方をしているが、どれも働き方改革の本質を表しているものではない」と指摘する。では、なぜ働き方改革なのか。それを理解するには、背景となる社会的な課題や変化に目を向けなくてはならない。

 最も大きな要因は、「超少子・高齢化」だ。わが国の出生率の低下と高齢者の急増は、必然的に労働人口の大幅な減少につながり、2060年にはその数は現在の6割にまで減ると内閣府では予測している。富士通が実施した社内調査でも、2025年時点の50歳以上の従業員数は現在の50%に減る。それは、さまざまな経験値やノウハウを持った社員層の消滅を意味する。

 それに追い打ちをかけるのが、超高齢の親を抱えた「介護離職予備軍」の増加である。富士通が40代以上の社員にアンケート調査を行った結果、実に8割が「5年後に介護に関わる可能性がある」と回答したという。

 「こうした条件が重なれば、もはや会社どころか社会そのものが維持できなくなってくる。すなわち働き方改革の背後にある本質とは、日本の労働者の激減という避けられない課題であり、労働現場から人が消えてしまうという、世界でも例を見ない体験に日本の人々が直面するという事実だ」(松本氏)。

人口減少と介護離職のダブルパンチにより、最悪のケースでは40年後の労働人口は現在の3割に減少する恐れ人口減少と介護離職のダブルパンチにより、最悪のケースでは40年後の労働人口は現在の3割に減少する恐れ

 このような状況を踏まえて、政府が2016年9月に発足させた「働き方改革実現会議」では、具体的な施策として「場所・時間・会社の制限開放」、「定年の年齢引き上げ」、「仕事の質改善」、「誰もが活躍できる社会」、「外国人採用」、「AI /RPA の活用」、「仕事の精査」といった項目を挙げている。これらがカバーする領域の広さや内容の多様さを見ても、「働き方改革は、今すぐ取り組まなくてはならない最優先の急務であるのは明らか」と松本氏は強調する。

まずは現場の仕事と課題を定量的に把握し見える化する

 では現在、わが国における働き方改革はどうなっているのか。あるアンケート調査によると、企業が取り組んでいる施策として「制度変更」、「残業時間の短縮」、「子育て・介護支援」、そして「フレックス制度の導入」などの回答が多かったという。中でも残業時間の短縮は調査対象の半数を超えており、最も身近な働き方改革の取り組み例だといえる。

 ところが松本氏は、こうした実施率にもかかわらず、働き方改革が進んだという実感を持っている会社は意外に少ないと明かす。

 「会社で残業できないから、外のカフェで続きをやる。また育児制度が設けられても、在宅で育児をしながらできる仕事ではないため、結果的に制度の利用が進まない。さらには現場の見える化を始めたのはいいが、そのための報告資料の作成が増えて、“働き方改悪”になった例すらある」(松本氏)。

現場の仕事を把握するために報告資料の作成が課せられて、かえって生産性が低下するケースも現場の仕事を把握するために報告資料の作成が課せられて、かえって生産性が低下するケースも

 要は、現場をよく見ずに制度や仕組みだけを変えても、働き方は変わらないということだ。松本氏は「働き方改革の第一歩は、ホワイトカラーの仕事のあり方をきちんと考えること」だと示唆する。すなわち、現場の人々がどんな仕事の仕方をしているかを正確に理解した上で、課題があれば対策をとるといった実効ある取り組みが必要なのだ。

 ところが松本氏が年間約200社から「働き方改革に取り組みたい」と相談を受ける中で、「では現場の皆さんはどんな働き方をしているのか」と尋ねると、ほとんどが「わからない」と答えるという。別に担当者が無関心なわけではない。「働いている人にしか現場のことはわからない」のである。

 さらに現場を理解する上で重要なのは、部門やチームの業務状況を「定量的に把握する」ことだ。松本氏のもとを訪れる企業担当者も、ここができていないケースが多いという。だが定量化しなければ、どこから手をつけ、何を変えるか具体的にわかるはずもない。まずは売上や残業時間、はたまた稼働率や休暇取得率といった項目を定量的に把握し見える化することが、具体的な解決の糸口となるのだ。

 現場の実態を正確に知ることは、職場に潜む問題を広く見通し発見する“気づき”を生み、そこから解決の対策を考え、働き方が変わるという一連のサイクルを生み出す。

実効的な働き方改革とするためには、対策を考える前に、自体を知り、気付きを得ることが重要実効的な働き方改革とするためには、対策を考える前に、自体を知り、気付きを得ることが重要

 「業務の実態を把握し、理想や目標とのギャップをチーム全体で埋めていく繰り返しを通じて現場の無駄がなくなり、メンバーがより重要な仕事に集中できるようになり、最終的に従業員のモチベーションも上がる。これが、働き方改革では最も大事なことだ」(松本氏)。

 だからこそ現場の実態を正確にかつ定量的に知ることが、働き方改革を推し進める何よりの力になると松本氏は語る。

非コア業務の効率化によって企画業務の時間が6割も増加

 「現場の働き方を正確に把握し、可視化し、改善する=働く人を中心にした働き方改革」の実現に向けて、富士通は2017年、米国MicrosoftとAI分野における戦略的協業を発表した。富士通はすでに自社開発のAIプラットフォームであるZinraiを持っており、一方の MicrosoftもWindows Azure上にさまざまなAIツール群を展開。またオフィス業務の効率化に関しては、Microsoft 365という圧倒的な強さを誇るツールを持っている。

 「両社の持つリソースを活用して、従業員の仕事の見える化に取り組もうというのが、今回紹介する当社の働き方改革のチャレンジだ。そのために業務内容を定量的に見える化する新しいツールとして、『Zinrai for 365 Dashboard』を開発した」(松本氏)。

 「Zinrai for 365 Dashboard」とは、一言で言うと「AIで業務を見える化する仕組み」だ。従業員のPCの利用状況やメール、予定表などのデータをZinraiのコアにあるAIが解析・分析することで、どんな仕事にどれだけの時間を費やしているかが可視化できるようになるのだ。

 興味深いのは、AIが業務で使われる表現を自動的に抽出・分類して自動的に学習してくれる点だ。AIが自分でメールや予定表を読み込んで学習しながら、「これは何の話か?」を理解できるようになるのだ。例えば、メールや予定のタイトルから、その対象が社内か社外か、テーマが社内業務なのか顧客対応なのかといったことを、AIが判断・分類することが可能だ。

Zinrai for 365 Dashboardでは、Azureに蓄積されたデータをもとに、AI(Zinrai)が仕事を「作業」「対象」「テーマ」の3つの軸で分類(テーマは自社・部門の要件に合わせて個別設定する)Zinrai for 365 Dashboardでは、Azureに蓄積されたデータをもとに、AI(Zinrai)が仕事を「作業」「対象」「テーマ」の3つの軸で分類(テーマは自社・部門の要件に合わせて個別設定する)
Zinrai for 365 Dashboardの画面。分析結果をグラフィカルに表示し、作業ごと、対象ごと、テーマごとにドリルダウンすることができるZinrai for 365 Dashboardの画面。分析結果をグラフィカルに表示し、作業ごと、対象ごと、テーマごとにドリルダウンすることができる

 富士通ではこのZinrai for 365 Dashboardを使って従業員の就業実態を把握・分析し、コア業務と非コア業務の見極めを実施。その結果をもとに、非コア業務を減らして業務の効率化と質的向上を実現するトライアルに2018年4月から取り組んできた。複数の部門ごとに実施され、参加者合計は2,000名に達したという。

 トライアルでは、まず対象部署の業務状況を精査してコア業務と非コア業務の割合を測定。その結果、非コア業務の割合が非常に大きいことが判明した。そこで非コア業務を減らすためのさまざまな対策を講じたところ、事務処理や組織業務に費やしていた時間が32%も減少し、1人当たり約43分/日の時間創出という成果を挙げることができたという。

 「具体的には、情報共有だけの会議ならば社内SNSで済ませる。必要な会議にしても、極力オンライン化して移動の手間を減らす。また事務処理に時間を取られているなら、効率よく行っている部署のノウハウを共有してスピードアップするといった改革を重ねた。分析結果は、常にダッシュボードで参加者全員が確認・共有できるようにした」(松本氏)。

 事務処理や定型業務をどんどん効率化していった結果、重要な企画業務にあてる時間が57%も増加。無駄な会議などに邪魔されず集中して仕事できるようになり、計画的に休みが取れるようになって、年次休暇の取得日数が1.5倍に増えたという副次的効果も報告されている。松本氏は「忙しくてとても休めないというが、きちんと仕事のやり方を見直して効率化していけば、これだけの成果が出せることが証明された」と語る。

富士通における社内トライアルの結果。コア業務の割合が16%増加したほか、休暇取得日数は約1.5倍に増加富士通における社内トライアルの結果。コア業務の割合が16%増加したほか、休暇取得日数は約1.5倍に増加

“見える化”は改革の鍵であり成功のための第一歩と心得よ

 では、一般の企業が富士通のような働き方改革の試みに挑戦しようと考えた場合、どのように改革推進のプロセスを組み立てていけばよいのか。松本氏は、「見える化を起点とした改革プラン」を提唱する。

 進捗のステップは大きく下の4段階に分かれる。

(1)実行する部門、見える化の指標を定義
(2)改革の進め方や目標を定義
(3)改革の部分的実行や実施結果からの改善
(4)結果の検証と全社への拡大適用

 まず、どんな見える化を目指すのか、視点やルールを決める。次にシナリオ=改革のストーリーや目標を設定。そのシナリオを実践し、結果が出るまで改善・修正を重ねていく。そして最後に、結果としてコア業務に集中できたか、モチベーションが上がったかなどを検証し、成果を全社に展開してゆく。

 松本氏はまとめとして、「“見える化”は改革の鍵であり、働き方改革に取り組んでみようと考える企業や組織は、まずここを足がかりに始めてみて欲しい。そして何よりも、現場を見ずに改革はありえないと肝に銘じることが大事だ」と訴える。

 見える化を起点とする働き方改革は、いわばレコーディング・ダイエットのようなものだ。「毎回の食事を記録して、自身の食生活を見える化し、意識改革を促す」。これがレコーディング・ダイエットだが、「自分がどんな作業をしたのか記録する」という手法は、仕事効率化のメソッドとして多くのビジネス書で紹介されている。

 だが、実際に記録しようすると、これが意外と面倒だ。30分、1時間といった単位ならともかく、合間合間で発生するメール作業をいちいち記録していては手間がかかって仕方がない。しかも、一定期間ごとに振り返り(分析)しないと、単に記録しただけに終わってしまい、効果が薄い。Zinrai for 365 Dashboardは、この面倒な記録・分析を自動化してくれる。

 なお富士通では、そうした“これから始める”企業を対象にした支援サービスも提供している。たとえば改革のシナリオ作成支援の「Zinrai for 365 Dashboard POCサービス」や、このPOCの結果、見えてきた課題の解決を推進する「Zinrai for 365 Dashboard 基本サービス」などだ。

 「現場の“見える化”が進めば、従業員が本来の業務に集中できる環境が創出され、モチベーションも上がるし、それは結果として会社の業績や成長につながる。富士通は、Zinrai for 365 Dashboardというツールを通じて、そうした働き方改革に取り組む企業を支援していきたいと願っている」(松本氏)。

 これから自社の働き方改革にチャレンジしようという企業、すでに取り組んでいるが成果が出ないと悩む企業は、富士通のAI ツールを活用した「現場の見える化」に着目してみてはどうだろうか。