「CIO賢人倶楽部」は、企業における情報システム/IT部門の役割となすべき課題解決に向けて、CIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)同士の意見交換や知見共有を促し支援するユーザーコミュニティである。IT Leadersはその趣旨に賛同し、オブザーバーとして参加している。本連載では、同倶楽部で発信しているメンバーのリレーコラムを転載してお届けしている。今回は、公文教育研究会 ICT事業開発室 室長の鈴木康宏氏によるオピニオンである。
それにしても激変の時代である。2020年1月に始まった新型コロナ禍は、1年経った現在も収束の見通しがつかない。長過ぎる異常事態であり、特に海外では変異種も現れて大変な状況である。しかし、いつの時代も“ピンチはチャンス”である。100年に一度はこのようなパンデミックが襲いかかり、変えようとしてもできなかったことが可能になっている。東京オリンピックを前にしても少ししか進まなかったテレワークや印鑑レスが、今では劇的に進んでいるのは好例だろう。
私自身、2020年4月からはほとんど出社せず、自宅でのリモートワークがメインである。同年末にリリースしたシステムの開発では、メンバーとはキックオフ時に一度会っただけ。以降はWeb会議のみで、結構、大きなシステム開発を行うことができた。部署は東京にあるが、ほとんど大阪の自宅からミーティングに参加し、開発ベンダーも東京と大阪に分散した状態で開発を進めた。意外にもかなり効率的に開発が進み、スケジュールどおりにリリースができている。
以前だと、東京の会議室に集まって朝から晩までミーティングをして、オフィスのデスクでメールのやり取りをしていただろう。今はもはや、朝早くから満員電車に揺られて、遅くまで働いていた昨年までの姿を想像できない。一体何を無駄なことをしていたのだろうかとさえ思ってしまう。勤務地という場所の概念も吹っ飛び、発想が根本からひっくり返っている。
常識と思っていた経路依存性が覆される
人はどうしても過去の経緯や歴史によって決められた仕組みやルールに縛られてしまう──このことを示す経済学用語に「経路依存性」という言葉がある。今回のコロナのような異常事態が発生すると、今まで常識と思っていた経路依存性が根本から覆される。企業でも「以前もそうだったから」という理由で、現状踏襲型の決定がなされることが多かったが、ここまで異常事態の場合には、その経路依存性も改められ、新しい一歩を踏み出せるきっかけを与えてくれる。
デジタル化の話に戻るが、スイスのビジネススクールIMDの「世界デジタル競争力」調査(2020年)によれば、残念なことに日本の総合順位は低落傾向にあり、現在では63カ国中27位という状況である。特に「企業の俊敏性(アジリティ)」という項目では最下位の63位となっており、上記の経路依存性が日本では特に高く、なかなか新しいことに進むということができない傾向にあるようだ(関連記事:「世界デジタル競争力」に見る日本の“本当の危機”─要素を詳細分析)。
しかし、コロナ禍を機に、日本企業でも変われるのだという実証ができた。現時点では働き方をデジタルで進化させた段階に過ぎないが、それでも第一歩を踏み出したことは確かである。次の段階としては本格的なデジタルトランスフォーメーション(DX)への歩みが必要である。
ここでDXをデジタイゼーション(手段としてデジタルを使うこと)やデジタライゼーション(デジタルによって仕事のやり方を変えること)と混同しているケースが多いが、DXの本来の定義は「デジタルによって事業そのものを根本から見直すこと」である。根本から見直すためには、部門の垣根を乗り越えて、サービス全体をリデザインするリーダーが必要である。
これからのCIOはそういうリーダーとして行動していかなければならない。従来の延長線上ではない新しい「サービスデザイン」を構築するセンスが問われるようになってくるだろう。業務の効率化やローコストオペレーションなどを考えているレベルでは全然DXにはつながらない。業務そのものが経路依存性を帯びているからである。「今やっている業務は本当に必要か?」というレベルでもない。「顧客」を中心にして事業そのものを根本的に見直す必要があるのだ。それができる時代になってきている。
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