[ザ・プロジェクト]
デジタルを駆使して“尖ったものづくり”を追求し続ける─DXグランプリのトプコン
2024年2月21日(水)奥平 等(ITジャーナリスト/コンセプト・プランナー)
“尖ったDXで、世界を丸く。”のキャッチフレーズを掲げて、デジタルを駆使したさまざまな事業を営む総合精密光学機器メーカーのトプコン(本社:東京都板橋区)。医(ヘルスケア)・食(農業)・住(建設)の社会的課題の解決にあたり、サステナブルな社会への貢献をパーパスにデジタルトランスフォーメーションを推進している。その取り組みは、経済産業省と東京証券取引所の「DX銘柄」に2020年より連続で選定され、2023年にはDXグランプリに輝いた。DXの成果と成功要因、次に目指すデータビジネス事業の確立などについて、上席執行役員 経営推進本部長の伊藤嘉邦氏に聞いた。
「イノベーションのジレンマ」からの脱却
眼科医療機器や測量機器などで知られるトプコンが推し進めるデジタルトランスフォーメーション(DX)は、典型的なDXとは一味違う。「オープンDX(開かれたDX)」への志向が鮮明なのだ。ここで言うオープンは、以下の3つの方向性に収斂される。
1つは、オープンなスタンスでステークホルダーの中核をなす顧客を獲得し続けていること。DXに限らず、多くの企業は「As-Is」起点で経営課題を抽出して「To-Be」へと向かう。このようなフォーキャスティング(現在視点)による経営は主として既存ビジネスの深化を志向しており、新規ビジネスの創出に向かったとしても、自社の経営体質の改善・強化にとどまってしまう。
ところが、トプコンのアプローチは逆だ。社会的課題の解決という明確なTo-Beを描き、バックキャスティング(未来視点)でオープン=広範な業界・業種に解決策を提示しようとしているのである。
2つ目は、オープンな市場を追求していること。トプコンは海外売上高比率が約80%、社員の70%超が日本人以外というグローバル/多国籍企業である。当然、そのチャネルもほぼ全世界を網羅しており、顧客の業種も多岐にわたる。そのような背景から、DXのアクションも国内外で生まれている。
そして、3点目は徹底したオープンイノベーションを貫いていることだ。1970年より海外子会社を設立し、1990年代からは海外技術ベンチャー企業のM&Aや業務提携を積極的に推進。グローバルで高度テクノロジー人材の確保に努めるほか、必要な技術をすばやく獲得するための海外企業とのパイプも太い。
そのため、創業以来培ってきた技術力を基に国内でハードウェアを開発し、それを生かすソフトウェアは海外で、さらに最新技術をベンチャー企業と組んで導入するなど協力・協業体制が強固なのだ。コアコンピタンスである独自性が高いハードウェアを起点に、「もの×こと」でイノベーションを創出する“引き出し”を豊富に有しているのである。
近年のトプコンは、上記の3つをアドバンテージに、「医・食・住のソリューションプロバイダー」としてのポジションを明確にしている。同社 上席執行役員 経営推進本部長の伊藤嘉邦氏(写真1)によれば、種々の活動は、成功を収めてきた企業ほど合理的な判断に縛られ、新しい市場への参入が遅れてしまうという「イノベーションのジレンマ」からの脱却でもあったという。
「鶏が先か卵が先かではありませんが、ハードウェア製品とソリューション、プロダクトアウトとマーケットイン、グローバルとローカルなどの因果性には、少なからずジレンマが内包されています。当社はそれらを単に二律背反するものとしてではなく、むしろ表裏一体の関係にするための手段としてデジタルに着目し、新たな扉を拓こうとしました。当社がソリューションプロバイダーを志向するのは、必然の流れだと言えるでしょう」(伊藤氏)
「尖ったものづくり」の矜持
トプコンの前身となる東京光学機械(トーコー)は、1932(昭和7)年9月、測量機の国産化を目的とする陸軍省の要請を受けて、服部時計店精工舎(現セイコー)の測量機部門を母体に設立された。当時は海軍系の日本光学工業(現ニコン)と双璧をなし、「陸のトーコー、海のニッコー」と呼ばれていたという。
戦後は双眼鏡、測量機、カメラ、顕微鏡などを中心とする民生品の開発・製造に舵を切るが、そこで常に追求してきたのが斬新性や独自性である。他社に先駆けて革新的な製品を市場に投入することでメーカーとして確固たる地位を築いてきた。この「尖ったものづくり」こそが今日の経営の源泉になっている。伊藤氏はこう話す。
「開発志向に重きを置いた尖ったものづくりには、メーカーならではのプロダクトアウトの発想が内包されています。市場に受け入れられず失敗した例も少なくありません。当社はそれを糧に潜在ニーズを発掘・開拓していく術を学び、蓄積してきました。その中でプロダクトアウトに固執せず、お客様と一緒にソリューションを作り上げていくという、 “もの売り”から“こと起こし”への進化です」
伊藤氏によれば、さらには“こと”を起こすだけではなく、顧客側での活用を喚起する手段として、進化を続けるデジタル技術はまさに必然的な選択肢だったという。
ものづくりの精神は、トプコンのDNAとして今も脈々と受け継がれており、グッドデザイン賞は2023年で40年連続受賞。また後述する「アイケア事業」では、眼疾患の早期発見に貢献するOCT(光干渉断層計)装置の開発と普及、「Quality of Vision(視界の質:クリアな視界を保って過ごせること)」の維持・向上に寄与したとして、2023年8月に第6回 日本医療研究開発大賞の経済産業大臣賞を受賞している(写真2)。
社会課題解決を推進力に成長事業に参入
トプコンの医・食・住の3領域におけるDXの取り組みは、経済産業省と東証、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「DX銘柄」において高く評価されている。2020年より連続で選定され、2023年は頂点であるDXグランプリに選ばれている(関連記事:DXグランプリ選出のトプコンと日本郵船、経営トップが明かすビジョンと実践)。
2023年5月31日に開催されたDX銘柄2023発表会の受賞スピーチで、同社 代表取締役社長 CEOの江藤隆志氏が語ったターニングポイントは、マシンコントロール技術に特化した米国のベンチャー、Advanced Grade TechnologyのM&Aだった。これを契機にICT施工の領域に参入したトプコンは、インフラ系技能者の不足、自然災害の頻発といった社会的課題を捉え、防災を含めた命の安心・安全性というテーマにも挑むことになる。
具体的なアクションとして、「建設工事の工場化」をコンセプトに、同社の高精度な3次元計測機器、GNSS受信機、精密な油圧制御機器を応用した計測センサーなどのハードウェアと、最新のソフトウェア/デジタル技術を組み合わせることで、3次元設計データに基づいて建機を自動制御する「ICT自動化施工システム」を構築している。さらに、ネットワーク経由で建設現場とオフィスをリアルタイムにつなぐ施工マネジメントシステム「Sitelink3D」(画面2)を開発。測量・設計・施工・検査といった建設工事ワークフローを一元管理する環境をクラウドサービスとして提供している。
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「食」の領域においては、人口増加に伴う食糧不足、温暖化や気象変動による農作物被害や生産減少、過酷な業務に伴う労働力・後継者不足などが地球規模で深刻化する中、トプコンは、「農業の工場化」をコンセプトに、農業用トラクターの自動操舵システムや、生育状態に応じて投入する肥料の最適化の仕組みなど、低コスト・高収入な農業モデルを具現化するサービスをサブスクリプションモデルで提供している。地域によって収穫する作物や気象条件が異なるため一概には言えないが、すでに日本を含めた世界各地で20%~30%の生産性向上が見込まれているという。
これらの取り組みの根幹に、トプコンが長年注力してきた「ポジショニング事業」がある。とりわけ位置制御においては、世界でもトップクラスのGNSS(Global Navigation Satellite System:全地球航法衛星システム)関連技術がある。この領域では、GPS(Global Positioning System/Global Positioning Satellite:全地球測位システム)が広く使われているが、GNSSはそれを凌駕する精度とリアルタイム性を実現する。この技術を応用することで、従来の延長線上にない、画期的なソリューションを提供することができる(図1)。
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