技術者の確保に苦悩する米企業のIT部門
2008年11月26日(水)CIO INSIGHT
米国企業におけるIT人材問題を取り上げた。米国でも日本と同様に、優秀な高度人材や若手の不足が大きな問題になりつつある。ITとマネジメント、ヒューマンスキルに精通した高度人材が足りない、レガシーシステムの保守・維持に関わってきたベテラン技術者の退職年齢に達した、ITに対する若者(学生)の関心が急低下している、などだ。米企業は強い意思で、この問題を乗り切ろうとしている。(翻訳 : 古村浩三)
米企業のIT責任者にとって最近大きくなってきている悩みの種は何か。IT投資の管理はもちろんだが、経営のためにもっとITを使わなくてはならないにもかかわらず、要求される技術を持ったITエンジニアを雇うことが難しくなっているということだ。
CIO団体である情報マネジメント協会(SIM)が行った昨年の調査では、CIO(最高情報責任者)が最も悩んでいる点は必要な技術を持った従業員をいかに確保・維持していくかだった。実際の調査では雇用が4番目、維持が8番目だったが、これらを合計すればトップになる。
人材発掘の困難の源は企業自身にあり
コーン油、コーンシロップなどを製造するACHフードのIT戦略責任者ジョン・オグレスビー氏は、常に新しい才能を持った人を探し続けている。新しいERPシステムの導入とその後の維持・管理のため、SAPの技術および機能に精通している専門家を必要としているからだ。
2007年以降、経済状況が落ち込んでおり、IT技術者から「充分な仕事がない」という声が出ていることを考えれば、適任者を探し当てるのはそれほど難しいことではないはずだと考えていた。オグレスビー氏はこの5カ月間懸命に人探しをしたが、ポジションはまだ空席のままだ。その間適任者にめぐりあったと感じたり、あるいはそう期待したりしたことがまったくなかったわけではない。
オグレスビー氏が募集した仕事に対しては、それぞれ相当数の応募があった。しかし面接をする価値のありそうな人はほとんどいなかった。第1に85%が外国人からのものであり、その半分が個人的な追加の資金援助を必要としていたり、多くは英語力に問題があったりした。第2に技術的な経歴を詐称しているものが多数あったことである。他人の成果をいかにも自分のもののように記した者が多い。特殊なユーザーインターフェースを開発した経験があると書いてあったケースでは、その人は確かにその開発チームにはいたが、開発業務には関係していなかった、といった具合だ。「応募者と少し話をしてみれば、知識がないことはすぐにわかる」とオグレスビー氏は明言する。
応募者にSAPに関する実際の経験を聞くと、実はオグレスビー氏が必要としている請求業務や現金業務の分野ではなく、発注業務システムしか経験がないというミスマッチもあった。結局、採用活動は履歴書の山の中から適任と思われる人物を抜き出し、事前に電話で話をしてから最終的な面接に臨むという、多大な時間を食うプロセスとなってしまっている。
米国立健康研究所のCIOであるロバート・ローゼン氏も同様だ。常日頃、多くの応募者の履歴書を見る作業に追われている。基本的な文章作成能力が不足していたり、技術力や経験、人間的な要素が、要求するレベルに達していないケースがほとんどである。ローゼン氏は人材会社に声をかけ、研究室のチームとITチームとの間の調整役となるポジションを募集している。これには研究を遂行するスキルと、ITに関する知識の両方が求められるが、ポジションはこの2年間、空席のままである。ローゼン氏は「ある意味では、私は世の中に存在しない類の人を採用しようとしているのではないか、と思うことがある」と語る。
これはIT産業がつくり上げた大きな問題の1つだと言えよう。企業は株主の機嫌を損なうことを嫌うあまりに、基礎的な技術を持つ若者を採用して時間をかけて様々な技術力を付けさせるプロセスを踏まないようになってしまったのだ。「私たちの経歴がどのように形成されてきたかを振り返ってみればよい。私たちは.NETやJavaについては何も知らなかった。でも我々はそれらがどんなものであるかを理解する能力は持っていた。それは会社が時間と経費を使ってトレーニングしてくれたからに他ならない」とローゼン氏は言う。さらに「私達は今、あまりにせっかちになっているのではないか」と付け加える。
人材会社も悩みの種
幅広い分野でマネジメント・コンサルティングを行うインジェニュイティ・アソシエーツのシニアパートナー、ブライアン・プレンティス氏は、人材会社も頭痛の原因になっていると指摘する。「人材会社がITそのものを理解していないケースが多すぎる」。
プレンティス氏の顧客がシステム運用の標準である「ITIL」のエンジニアを探していたが、人材会社はITILが何かをまったく理解していなかった。適任者だと言って提案してきた人は、履歴書には確かにITILの経験があると書いてあったが、実はプロセス・エンジニアではなかったのだ。「人材会社が顧客の要求を正しく理解できないのであれば、本当に必要な人材を探してくるのはとても無理だろう」とプレンティス氏は言う。マネージャは仕方なく、追加の給与を与えないまま、自分の部下を長時間働かせてまで穴埋めせざるを得なくなるのだ。
企業の望みは技術よりも人的要素
人材企業からの紹介を受けた場合、また大学から直接採用した場合のどちらでも、働く人がその時点ですでに保持している能力がある。一方で、どんなに頑張っても身に付けることができない能力もあるのが現実である。「確かに技術力は重要だ。しかし当社の80%の顧客が望んでいるのはむしろ人的要素である」と、エンジニア紹介会社、ロバート・ハーフ・テクノロジー(RHT)のジェニファー・モウニィー副社長は言う。
顧客としてはある特定の事業分野での深い経験を持つスタッフを確保したいと考えているだけでなく、チームの一員としてうまく働ける人材を探している。そのためRHTではエンジニアに対して、技術力強化だけでなく、よりよい結果を残すための仕事のしかたに関するトレーニングも行っている。顧客側では紹介された技術者が満足のいく人であれば正式に雇用したいとの意向を伝えるし、RHTもそのようなマッチングができればお互いのためだと考えている。一方でモウニィー氏は顧客に対し、継続的なトレーニングの実施をスタッフ流出防止のための全社的な戦略の一環として位置づけるように薦めている。
それを裏付けるような調査がある。コンピュータ・エコノミック・リサーチ(CER)が2008年8月に発表した調査によると、給与より戦略的なトレーニングなどのソフトベネッフィットと呼ばれるものの方が従業員の定着性を上げる要因になっているという。71社の米IT部門を対象に実施したこの調査で、離職率の低下と強い相関関係にあるのは、給与水準や年金、貯蓄プラン、奨励金といった経済的な事柄よりも、トレーニングのほか、勤務時間の柔軟性や有給休暇、働く上での社会的な環境であることが判明したのだ。もちろん給与は大変重要だが、すべてではない。CERの調査担当の責任者であるジョン・ロングウェル氏は言う。「労働者がよりよい給与を求めるとすれば、常に機会を見つけてより収入がよい会社へと次々に移り続けなくてはならない」。 実は週4日制や、週2日は自宅勤務可能などといったベネフィットの方が、働く側としては手放したくないのかもしれない。
米国立健康研究所(NIH)のローゼン氏は、人的要素の重要性をよく理解している。民間企業のような高い給与は払えない代わりに、政府機関ならではの利点を強調する。
革新的な職場環境がその1つだ。NIHでは最先端のITを取り入れており、社員は民間企業よりもずっと早く様々な最先端技術に接することができる。また実際のシステム開発作業を外部に委託しているので、民間企業では考えられないほど早い時期からマネジメントレベルの仕事に従事できる。柔軟な勤務時間制度や自宅勤務制度なども応募者の関心を呼んでいる。ローゼン氏によると、たいしたコストをかけずにそれらを実現できていると言う。
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