多くの機能を取り込んで複雑化した商品。電話番号の掲載がないWebサイト──。企業は「お客様本位」をうたうが、現場では「企業本位」が静かに進行している。今、多くの顧客が求めているのは、商品や手続きのシンプルさや応対の好感度である。それを提供できるかどうかが、顧客主体へと本格的にシフトするビジネスでの成否を左右する。散見される「お客様本位」の歪みと、真の「お客様本位」を実現するうえで情報システムが果たすべき役割を考察する。
筆者はかつて、こんな体験をしたことがある。父が亡くなった時のことだ。身の回りを整理していたら、ボロボロになった生命保険の証書が出てきたので、その保険会社に連絡をしようとホームページにアクセスした。ところが、驚いたことに電話番号がなかなか見つからない。「電話をして欲しくない」という企業本位のにおいがプンプンする(図1)。
どうにか電話番号を探し出して、コールセンターに電話をしてみると、これが随分と待たされる。コストを抑えるためにオペレーターの人数を絞っているようだ。ようやく電話がつながったとホッとしたのも束の間、電話口に出て対応してくれるのはお馴染みのIVR(音声自動応答装置)だ。
「○○のご用件の方は1を、△△のご用件の方は2を、××のご用件の方は…」と続き、肝心の死亡保険金に関する番号をなかなか教えてくれない。IVRから流れるメッセージを最後まで聞き、「その他のご用件の方は9」ということで「9」を選んだ。
どうにも釈然としない。「死亡保険金は生命保険の本筋なのに、『その他』とは…」という思いだ。恐らく、問い合わせ件数が多い内容順に、1からIVRのメニューを並べるのが妥当と考えてのことだろう。意図は分からなくはないが、そうした企業サイドの感覚と、顧客である契約者の感覚との間には確実にズレが生じている。そんなことを痛感させる体験だった。
顧客の棚上げ、自社都合優先の「お客様本位」の現実
「お客様本位」は企業活動の大前提である。しかし、その実践は言うほど簡単ではない。もちろん、従業員は誰もがお客様本位を意識しながら、サボることなく真面目に仕事をしているはずだ。それにも関わらず、お客様本位からかけ離れていく。それが、お客様本位の難しさであり、現実に起きていることである。
ここでもう1つ、東京海上日動の自動車保険商品の実例を紹介しよう。一時、自動車保険は支払う保険金の種類(特約)が100を超えた。ゴルフのホールインワン保険までカバーするものもあり、商品の内容や手続きがとても複雑になった。さらに、契約者による保険料の支払パターンも50通り程度と、多くの選択肢を用意していた。
あくまでもお客様本位で考えた結果だが、選択肢や支払パターンを増やしたことで、商品があまりにも複雑になり過ぎた。結局のところ、顧客と直に接する現場に混乱をきたし、かえって顧客にご迷惑をおかけする事態を招いた。
振り返ってみると、お客様本位という御旗の下で、現実には顧客を棚に上げていたのかもしれない。業界内で企業同士が無駄な競争を繰り広げた結果と取られかねない状況だった。
経営者の掛け声の背後で事件は静かに起きている
前述したケースと似たような状況は、携帯電話の料金体系など保険以外の多くの業界でも散見される。「お客様本位」と掲げるものの、その実は顧客が不満を募らせるような状態になっている。そうした“事件”が多くの企業の中で静かにだが、確実に起こっているのだ(図2)。
「お客様本位」という経営者の掛け声を理解しながらも、各部門はそれぞれ別の目標達成にも必死に取り組んでいる。ホームページの作成部門は、顧客がWebで情報収集など各種処理を完結し、なるべく電話対応の必要が生じないよう指示を受け、ホームページを開発する。コールセンターは毎年20%のコストカットを目標に合理化を図る。
本社の商品開発部門も、色々な嗜好の顧客に満足してもらいたいという前向きな思いから、商品の種類を増やすことに余念がない。営業部門からは「他社にある商品が当社にないので負けそうだ」と怒鳴り込まれ、ライバル会社が提供している商品はすべて自社の品揃えに加えようとする。新商品などの会議を繰り返すうちに、アレもコレもと気付いて機能も増える。
ところが商品が増えすぎることで、顧客は何を選んだらよいのか分からなくなる。販売員も商品の内容を十分に説明できない。結果としてデリバリは遅れるし、商品の販売や管理に欠かせないシステムのコストは肥大化する。「お客様本位」という号令の背後で、顧客が企業から少しずつ離れていきかねない状況が広がっているのである。
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