“あれば便利”でシステム構築を進めたらキリがない。ましてITガバナンス不在のまま、事業部門や管理部門の要求を受けていたら、コスト・コントロールは出来ない。
こうなってくると投資効果が計測できる部分は少なくなり、いかに安く標準装備を維持するかというコスト意識が強くなる。まして昨年後半からの世界同時不況の荒波に揉まれれば、企業防衛のためにもコスト削減に走らざるを得ない。経営者から見れば情報化投資は、その格好のターゲットだ。
しかしインフラ化したITのコスト削減は、短時日では難しい。実際に行われているのは新規開発の中断や先送りである。情報サービス産業で痛みを受けているのは主に「開発」であり、「運用」を請けている会社の痛みは少ないようだ。
もともと中断や先送りができる新規開発は、本当に必要なのかを問い直すべきである。“あれば便利”で構築を進めたらキリがない。ましてITガバナンス不在のまま、事業部門や管理部門の要求を受けていたら、コスト・コントロールは出来ない。
利活用に焦点を!
注意すべきは経営とITの論議の多くが構築論に終始することだ。新しい製品や新しいサービスを使ってこんなことが出来ますよという話や、こんなシステムを作りましたという話が多く、利活用の継続的な観測や分析の話はユーザーの中に埋もれている。たまに露出するのは、ほとんど使われた実績のない行政システムの話題くらいである。
利活用論から言えば、使われない情報システムを作ったことに対し、徹底的な原因究明が必要だ。要件定義通りに構築された情報システムであっても、要求認識やデザインが間違っていたとすれば重大問題である。実際にユーザー部門が「使う、使う」と言って導入したシステムが、ほとんど使われないケースもある。理想と現実の違いを認識できない過ちである。
客観的に情報を集めてみると、CRM(顧客関係管理)やKM(ナレッジ管理)やBI(ビジネスインテリジェンス)といった類いのツールで、そういう事例が多い。使われないKMの事例は筆者自身、目の当たりにもした。
BIは多量のデータから必要なものを切り出し、分析し、判断や活動をするための仕組みであり、1989年に米ガートナーが示した情報利活用の1つの概念である。同社は理想の概念を、いつもうまい表現で示す。インターネット時代になって企業の情報システム活用が活発になり、企業内に多くのデータが蓄積された。情報洪水によって、“ギャベッジイン・ギャベッジアウト(ゴミを入れてもゴミしか出てこない)”が起こり出したことも背景にあるのだろうが、2000年以降BIツールを導入した企業が多い。2000年当時のIT関連のイベントに行くと、DWH(Data Warehouse)とBIをセットで宣伝しているのが目立った。
だがBIの前提にあるのは利用者のデータ抽出力、加工力、分析力やそれをもとに判断する情報の利活用能力、あるいは組織的な情報活用能力である。こうした前提を整えずして道具だけ導入しても、無用の長物だ。多次元の分析をしたいからと言って導入したものの、満足に活用できないまま定型出力の域を出られない事例も多いのではないだろうか。
ツールだけでは不十分
同じ頃、経営ダッシュボードとか経営コックピットという概念も提唱された。これは経営者レベルのBIである。理想の概念は美しいが、実態との乖離に興ざめしてしまうのは私だけだろうか?
一方でBIの概念を実践している例にも遭遇する。良品計画が手作りで開発したマーチャンダイジング・システムは、その好例だろう。各店舗から上がってくる販売や流通のデータを1時間毎に切り出し、商品計画から発注管理、在庫管理、実績管理、コミュニケーションなど、製造小売業のコアとなる分析、判断、活動を行っている。自分たちで作っているから、何をどうすればよいかがわかっている。
もう1つの事例はグローバルな化学会社の元CFOから伺った話だ。社長自らが毎日拠点から送られてくるFAX情報に目を通す。その中から例えば出荷のペースに変化があることを発見し、需要の変化を読み取り、販路戦略を変更して市場の最適化を図るという。インテリジェンスはお金では買えないものであることがよくわかる。
- 木内 里美
- 大成ロテック監査役。1969年に大成建設に入社。土木設計部門で港湾などの設計に携わった後、2001年に情報企画部長に就任。以来、大成建設の情報化を率いてきた。講演や行政機関の委員を多数こなすなど、CIOとして情報発信・啓蒙活動に取り組む
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