CIO座談会:ITトレンドの本質とユーザーの針路を見極める[後編]
2010年12月6日(月)川上 潤司(IT Leaders編集部)
先月号に引き続き、IT業界の論客として知られる4人のCIOによる議論をお届けする。後編では、主にCIOが果たすべき役割に焦点を当て、最新技術の実力を見極める秘訣やアーリーアダプタになる際の留意点、IT投資の考え方や後任を含む人材育成の現場で感じている本音などを紹介する。聞き手:本誌編集長・田口 潤 Photo:陶山 勉
- ヤマトホールディングス 執行役員
- 小佐野 豪績 氏
- 1988年4月、ヤマト運輸に入社。宅配サービスの現場業務やシステム業務に従事し、2003年6月に情報システム課長に就任した。その後、関連会社であるヤマトリースやボックスチャーターの社長を歴任。2010年4月から現職
- 大和総研 専務執行役員
- 鈴木 孝一 氏
- 1979年、大和証券に入社。1996年に大和総研の証券システム開発部長に就任した後、同社の新証券システム開発部長や大和証券のシステム企画部長など、情報システムの要職を歴任してきた。2008年に大和証券の常務取締役に就任。2010年4月から現職
- 大成ロテック 常勤監査役
- 木内 里美 氏
- 1969年、大成建設に入社。土木設計部門で港湾などの設計に携わった後、2001年に情報企画部長に就任。以来、大成建設の情報化を率いてきた。講演や行政機関の委員を多数こなすなど、CIOとして情報発信・啓蒙活動に取り組む。2008年6月から現職
- カシオ計算機 執行役員
- 矢澤 篤志 氏
- 1981年、カシオ計算機に入社。海外営業や物流企画の部門を経て、1997年に業務開発部(情報システム部門)に配属。2001年に部門長、2006年から現職。ERPやSCMなどのグローバルプロジェクト、IT部門と子会社の構造改革、IT基盤の構造化(仮想統合、SOA)などを牽引している
─ ここからは国内の多くのCIO、システム責任者が悩んでいるだろう課題を、議論していきます。まず製品や技術の選定、導入について。革新的なものをいち早く使うのが、ITの醍醐味の1つだと思いますが、日本では「他社の事例が出てきたら導入を検討する」という、保守的な企業が少なくない。皆さんは逆にリスクを取ってきた方々だと思いますが、いかがでしょう?
木内:正解はないでしょうけど、私の場合はハイリスク・ハイリターンのタイプなので、自分の責任で積極的に新しい技術やベンチャーの製品・技術を調べて、採用の可否を判断してきました。例えばベンチャーの経営陣や技術者に直接会いに行って、経営方針や製品のポリシーを聞くんですよ。それで納得すれば、製品を採用する。
矢澤:同感です。最新技術の第1号ユーザーにリスクは付きものです。でも、ユーザーが覚悟してリスクを負う代わりに、ベンダーからコストだけでなくサポート体制の面でも有利な条件を提示してもらえる。これは非常に大きなメリットです。
木内:そうしたメリットを手にするには、CIOは「情報システムの本質は技術」という点を再認識する必要があるでしょう。マネジメントも大切ですが、やはり情報システムの基本は技術です。それにもかかわらず「IT」を軽視して、いまだに「技術のことはよく分かりません」と、平気で言ってしまうCIOが存在する(笑)。「F」を知らないCFOがいますか?
矢澤:おっしゃる通りです。技術がどう進化するのか、CIOの責任で追いかけておかないと、必要なときに適切にリスクを取れません。
情報網となる人脈こそCIOにとっての財産
鈴木:技術進化の方向性を正しく捉えるには、人脈も非常に大切だと思いますよ。気になっている製品があったら、人脈を駆使して調べるんです。すると「あの会社は買収されそうだから注意しな」といった情報がもらえることもある。私の場合は「そうか、買収されるほど魅力的な製品なのか。それはいい」と考えることもありますが(笑)、いずれにしても信頼できる人脈なしに適切な情報は入ってきません。
小佐野:人のつながりは本当に重要ですよね。私は情報システム部門の一担当になった入社3年めから、常に業務部門の課題ありきでシステム化を考えてきました。現場の課題が見つかれば、なにはともあれノートに書き出しておく。
─ 解決策はともかく、課題を徹底的に見える化する?
小佐野:ええ。解決策なんて最初は分かりません。でも課題を頭に入れて「こんなテーマで悩んでいる」と周囲に話していると、そのうちに「以前話していた件、できそうだよ」という話が舞い込んでくる。鈴木さんがおっしゃる人脈が利いてくるわけです。
鈴木:欧米のCIOって本人の能力は分かりませんが(笑)、人脈はすごいでしょう。何か課題があれば、「その件なら彼が知っているかも」と言いながら、その場でピピッと電話して情報を入手する。
─ それがマネジメントの本質の1つなのかも知れませんね。
鈴木:そう。もちろん、そうして得た情報が判断材料のすべてではなく、当然、情報を裏取りする必要もありますよ。それでも小佐野さんのエピソードからも分かるように、人脈という情報網はCIOの財産の中でも特に重要なものだと思います。
ITは短期の費用にあらず、すべて利益を生み出す投資
─ なるほど。次に「IT投資とITコスト」に話を進めます。厳しい経済状況を受けて、企業はここ数年、コスト削減に力を入れています。ITも例外ではなく、コスト削減圧力が強まる半面で投資の視点が弱くなっていると言われます。
小佐野:システムは7年ほど使うと減価償却を終えて利益を生み出し始めます。ですから、私はITに関しては投じた金額がどれだけ小さくても、短期の費用ではなく、長期の投資だと考えるようにしています。
─ しかし経営陣は3年で成果を上げろって言ってきませんか?
小佐野:「君には先があるだろうけど、私は7年も待ってられない」と…同じ台詞を何度聞いたことか(笑)。それでも、減価償却を踏まえた長い期間で見てほしいと説明します。いつも通用するわけではないですが。
矢澤:私はインフラやノンコアのアプリケーションについては、徹底した標準化と統合化によって、売上高に対するコストをひたすら下げてきました。今では、インフラなどへの投資はコスト削減につながるという構図を経営陣に理解してもらえています。
鈴木:結局、経営陣がIT投資に慎重になるのは、事実上転用できなかったからですよね。ところが標準化と統合化を進めれば、リソースに余裕が生まれ、様々な用途に活用できる。「ありがとう」っていうようなものです(笑)。そして有効に使い続けている間は、すべて健全な費用として計算し、経営陣に説明もできるんです。
矢澤:まさに、その通りです。標準化と統合化をすることで、今まで10〜15%だったリソース使用率を50〜60%に上げられる。結果としてTCOを抑制できる。このロジックは経営陣に理解しやすいと思います。難しいのは、業務の生産性や競争力の向上に貢献するという、いわゆるコアの部分です。「それだけコストかけて、本当に貢献できるのか」と私も問われてきました。
木内:そこですよね、大事なのは。IT投資には標準装備を整えるものと、競争力を高めるものの大きく2つの種類があるということ。前者は、いかにコストを抑制しながらITを実装するかがポイントなので、徹底的にコストを下げていく。一方で後者のポイントは、経営戦略を効果的に実現するITを用意することだから、本来はコスト削減ではなく、経営の目的を果たすために妥当なIT投資額は10億円なのか1億なのかという経営判断をしなければなりません。
●IT投資「新規3割、運用維持7割」の実態は?
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