[マイ・オピニオン ITを巡る私の主張]

ICT改革でさらなる飛躍へ─求められる、経営トップやCIOの意識改革[前編]

2011年10月3日(月)生野 勝美

バブル崩壊後のいわゆる“失われた20年”の間、長期のデフレと低成長が重なった日本経済の地盤沈下は、改善する気配さえ感じられない。先の大震災の影響が、先行きの不透明感に拍車をかける。

日本経済の長期低迷

GDP(国内総生産)の伸びを見ると、先進国の中では日本のみがほぼ横ばい、という状況だ。当然ながら税収は伸びず、国家債務残高の対GDP比は200%という、異常な状態となっている。30兆円とも言われる需給のギャップを埋められない状態が長く続いており、不況の出口はなかなか見えない。最大の原因は政治の混迷と拙劣にあることは明確だと私は考えるが、政官産学のいずれの分野においても、抱えている課題の多くを十分に克服できていないことは否定できない。

戦後日本の成長をリードし、支えてきた製造業においても、十分に課題解決の成果を挙げられないでいる企業は数多い。だが、新興国を中心に拡大を続けるグローバル市場や、様々な分野で進展するイノベーションの動きを捉えて、企業の成長と進化を追及することは経営者の使命である。日本企業は今、改めてビジネスの原点に立ち返り、顧客中心主義の下、たゆまぬ努力によって製品/サービスの競争優位性を維持しつつ、日本の再興に貢献していかなければならない。

日本企業の低い生産性

企業価値向上のためには、一般的に下記の項目を戦略的に進め、収益体質を確保する必要がある。

1. 製品/サービスの競争優位性や魅力を高め、世界の顧客の評価を得る 2. 製品/サービスを提供するあらゆる仕組みの改革/改善を進め、サプライチェーン全体を通して収益性の高いマネジメントシステムを追及する

1の製品/サービスの価値向上の追及は、業種を問わず経営の基本だ。製造業で言うなら、QCD(品質/コスト/納期)改善とイノベーションによって商品力を高める活動のことである。この成否は、開発や生産、販売、サービスといった各部門の連携や、努力の如何にかかっている。

対して2の活動は、製品を迅速かつ効率よく顧客に届けたり、製品の使い方に関するサポートをしたり、顧客の声を商品にフィードバックしたりする組織横断的な仕組みづくりと、それらを管理するシステムの構築を指す。これを実現するには、業務プロセスの革新や必要なツールの作成、標準化といった作業と併せ、進化を続ける情報通信技術(ICT)を活用するのが最も有効な方策である。

以前から継続的かつ積極的にICTの活用に取り組み、成果を出している企業もある。だが大手企業であっても、アプリケーションの業務カバー率やインテグレーションといった面で改革の余地は大きい。これは筆者がここ数年、製造業を中心にICT活用を支援してきた経験に基づいた見方である。

個別業務において、いまだPCを駆使して対応している会社も少なくないのが現状だ。中堅/中小企業は人材不足もあり、有効なICT活用レベルからはほど遠い企業が極めて多い。国内企業で最も生産性が高いとされる製造業でも、取り組みの余地は大きいと見ている。こうしたことを加味すれば、日本の労働生産性は国際的に低水準であるという事実を、改めて真摯に受けとめなければならない(図1)。日本は今後、生産年齢人口の大幅な減少を見込んでいる。1人あたりの付加価値を高めて生産性を上げることが、豊かな生活を保証するにあたってますます重要になる。

図1 労働生産性の国際比較

トップや経営層の認識の低さ

メーカーが現在製造/販売している製品の機能は、外部からは見えない数多くの組み込みソフトウェアや制御プログラムの組み合わせで実現している。高機能な製品になればなるほど、含まれるソフトウェアやプログラムの数は膨大になる。製品自体の開発は、3次元CADやCAE(コンピュータによる設計製造支援)、CAM(コンピュータによる製造支援)などを駆使し、様々な工程を同時並行で進める。製品の設計段階でも生産プロセスでも、最終製品そのものにおいても、ソフトウェアなしでは機能しなくなっている。これらに加え、受注から納品までのサプライチェーンを効率化するシステムや、製品の購入から廃棄に至る製品ライフサイクル全体をカバーする顧客サポートシステムも、顧客満足度を高めるには不可欠だ。こうしたICTの活用を通じて、企業は真の競争力や総合力を獲得できる。

多くの経営者は、いまだICT活用の重要性を十分認識できていないか、認識はしていても実際の対策にまで落とし込めていないのが現状である。経営トップのICT対応によるシステム化レベルは、一般的に図2のように区分できる。図の(Ⅰ)の領域に該当する、ICTに対する理解や認識が強く、実行への強い熱意を兼ね備えた経営者は、決して多くはないと見ている。

図2 経営トップのICT対応によるシステム化区分

例えば驚くべきことだが、長期の経営計画や年度の社長方針の中に、ICTに関するテーマを設けていない企業がかなりの数に上るのである。社長方針の中に「ICT活用による業務効率化」といった項目を毎年掲げている企業はよく見かける。だが活用の内容をよく見てみると、PCやメールの活用、部分的なアプリケーションやCADの利用といった程度にとどまる。競争優位に直結するシステムの構築に言及している訳ではないのだ。また、昔に構築した時代遅れの業務システムを、問題の多さを知りつつも惰性で使っている大手企業も散見される。

なぜこうした事態が起こるのか。そこには根深い事情がある。最も大きな理由は、「本業」と比較してICTへの意識が不足していることだ。ここでいう本業とは、製造業で言えば製品を作り、顧客に販売して収益を上げることである。製造業にしろサービス業にしろ、ICT化そのものは「本業」ではない。自社製品の開発や生産、販売、関連サービスが本業であって、ICT化の進展はあくまで「本業」のサポート機能や副次機能に過ぎない―。こうした“常識”がまかり通っている。

現状の情報システム部門は組織や権限が小さく、経営層へのキャリアアップといった実績もほとんどない。ICTの実務経験がないトップや経営層に対して、ICTマインドを育めといっても限界がある。ICT活用の先進企業と言われる大手企業には、そのベースとして、実行部隊の努力や連携が当然存在する。だが先進企業たるゆえんは、ICTによる改革への強い想いの下、環境作りやバックアップを強力に率先するトップの存在にある。

速いスピードで進化するICTを継続的に理解しつつ、将来の業務やビジネスモデルの方向を洞察するのは、確かに難しいことだ。長い経験と豊富な知識に裏打ちされた見識がなければ、人は概して受け身になりがちである。人材が比較的豊富な大企業は、数の力を使うことで、それなりにICTの活用を進めることはできる。人材が不足している中堅/中小企業の場合、有効な改善や改革を進めるのは難しくなる。ICTによる改革に対する強い認識や、実行の意志を強く持たないトップの下では、高収益企業への変身は望めない。

生野 勝美
大手建機メーカーにて工場、本社のICTや企画部門に従事。ICT部門長として全社のシステム行政全般を担当。その間、海外拠点も含めた業務改革とグローバル基幹システムの再構築を推進。リタイヤ後(2006年6月)、製造業を中心に経営・ICTコンサルティングを始める。小松短期大学非常勤講師、フューチャーナレッジコンサルティング(FKC)社外取締役。
バックナンバー
マイ・オピニオン ITを巡る私の主張一覧へ
関連キーワード

経営変革 / CIO / IT投資 / リセッション

関連記事

トピックス

[Sponsored]

ICT改革でさらなる飛躍へ─求められる、経営トップやCIOの意識改革[前編]バブル崩壊後のいわゆる“失われた20年”の間、長期のデフレと低成長が重なった日本経済の地盤沈下は、改善する気配さえ感じられない。先の大震災の影響が、先行きの不透明感に拍車をかける。

PAGE TOP