[市場動向]

デジタル教育革命「MOOC」の価値と、そこで学ぶ“必然”

2013年11月18日(月)河原 潤(IT Leaders編集部)

オンライン教育・講義の新しいスタイル「MOOC:Massive Open Online Course(ムーク)」を耳目にする機会が増えている。MOOCはこれまでのオンライン教育とは一線を画した世界規模の潮流であり、一部では21世紀の教育革命だとする評価もなされている。私たちは、このデジタルムーブメントをどのようにとらえて学べばよいのだろうか。

 Massive Open Online Course(MOOC:ムーク)と呼ばれる、インターネットを活用した大規模なオンライン教育の仕組みがにわかに脚光を浴びている。本誌読者であれば、米スタンフォード大学で発祥した「Udacity」や「Coursera」、ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)が立ち上げた「edX」、それから米アップルが主要大学・講師との提携で展開する「iTunes U」といった有名どころのMOOCプラットフォーム/プロバイダーの名前はすでに何度か耳目にしていることだろう。

画面1:21世紀の教育革命と目されるMOOC(画面は代表的なMOOCプラットフォーム「edX」)

 発祥は2000年代中頃、ムーブメントが本格的に広がり始めたのは2012年に入ってからだ。スタンフォード大学やハーバード大学、MITといった米国が誇る名門校の人気講義を、世界のどこにいても基本無料で受講できるとあって、現役の学生をはじめ、勉学意欲を持つ世界中の幅広い層から多大な支持を集めることとなる。

 「最初に開講した2つの講義を世界16万人が受講した」――これはUdacityの設立時に起こった現象で、MOOCの勢いを象徴するエピソードとして知られている。単なるオンライン教育の進化形にとどまらないムーブメント言うまでもなく、コンピュータやネットワークを用いた教育には長い歴史がある。本題に入る前に、まずはMOOC以前のオンライン教育について、仕組み(システム)の面での遷移を振り返ってみたい(図1)。

図1:オンライン教育システムの変遷

 オンライン教育システムの黎明期はコンピュータ自体の黎明期とほぼ軌を一にしており、1950年代にはティーチングマシンと呼ばれる分野への取り組みが始まっている。大きな変革が最初に訪れたのは1980年代だ。技術に明るくないユーザーでも容易に扱えるGUIを備えたパーソナルコンピュータの登場やネットワーク・コンピューティングの普及を背景に、世界各国の学校に教育目的でコンピュータが導入されるようになる。一連の取り組みは、コンピュータ支援教育(CAI:Computer-AidedInstruction)やCBT(Computer-BasedTraining)と呼ばれて1つの分野・市場を築いていった。

 1990年代に入ると、(文書・画像・動画の各種リッチフォーマットと、CDROM/DVDなど記憶メディアの両面においての)マルチメディアの進展や、民間での普及の途についたインターネットの利点を引き出す方向で高度なCAIが取り組まれるようになる。その結果、教育の提供側と受講側での双方向性を備えた、より座学に近いオンライン教育環境が実現されていく。

 とりわけ、90年代中盤以降のPCとインターネットの急激な普及を受けて、現代とほぼ同等のオンライン教育プログラムの仕組みが整ったことで、受講者の規模は飛躍的に増大することとなる。この時期に登場したeラーニングという呼称は、ご存じのように今でも広く使われている。こうしたオンライン教育の仕組みの進化の延長線上に、つまりeラーニングの最新進化形としてMOOCを位置づけるのは、別段間違った解釈ではないだろう。ただし、UdacityやCoursera、edXといった有力MOOCプラットフォームが掲げる理念・運営目標や「2講義に世界16万人が受講」のエピソードなどが示す事象・反響を見るに、単なる分野の進化形ととらえられないムーブメントでもある。

 以下、従来の仕組みとの違いに着目しながら、MOOCの基本的な方向性と価値について考察してみる。

国境や格差を超えた「真にオープンな教育」を目指す

 MOOCは世界規模で広がる現在進行形の潮流であり、何らかの世界標準的な定義が存在するわけではない。ただし、「ITリーダーに贈るMOOCキャンパスガイド」のUdacity編Coursera編edX編でも紹介している、既存のMOOCプラットフォームが掲げる理念やオンライン講義の提供形態、形成されたコミュニティ(あるいはエコシステム)から、その全体像は以下のようにまとめられるだろう。

  • MOOCとは、インターネット(Web、電子メール)を媒介とした、大規模なオンライン教育・講義システム(またはプラットフォーム、コミュニティ)のことである。
  • 大半のMOOCプラットフォームが運営を通じて指向するのは、真の意味で開かれた教育である。国境・人種・年齢・性別・経済状況などさまざまな差異・格差を超えて、学ぶ意思を持つ者に対して、高いレベルの教育を提供することが目指されている
  • MOOCの受講者は、インターネットに接続可能なコンピュータさえあれば、希望する講義・コースを基本的に無料で受講することができる
  • 講義の受講を修了した者には受講修了証が与えられる。また、一定の条件を満たすことで、MOOCで受講した講義やコースを自らが通う大学の単位として認定される制度を採用したMOOCもある
  • MOOCは、一方通行の講義配信を否定する。講師への質問や講座内でのディスカッション、試験・レポート提出、受講者同士のコミュニケーションといった、双/多方向のインタラクションを生む各種の仕組みが備わっている。
  • これらの仕組みにより、受講生はハイレベルな講義でも継続的な受講と修得が行えるようになり、MOOCプロバイダーの側も講義配信の機能やコンテンツへのフィードバックが多数得られ、プラットフォーム/コミュニティ全体の品質向上サイクルが機能する

 Massive“Open”Online Courseの名称にも明らかな「真に開かれた教育」は、今から40年以上も前からさまざまな研究者・識者によって叫ばれてきた理念である。なかでも有名なのが、オーストリアの哲学者・文明批評家、故イヴァン・イリイチ(Ivan Illich)氏が1970年代に提唱した「DeschoolingSociety」(脱学校の社会)である。

 イリイチ氏は同名の自著の中で、「権威的な旧来の学校教育制度の下では普遍的な教育は実現不可能である」とし、学校に通って教師に「教わる」授業のではなく、自らが学びたいことを生涯にわたって「主体的に学ぶ」ことのできる社会を実現していくべきであると説いている(※1)。

 各MOOCプラットフォーム/プロバイダーが取り組む、真に開かれた教育が世界規模で広がりを見せているさまは、各種メディアでの報道からもうかがい知ることができる。例えば、2013年9月に放映されたNHK「クローズアップ現代」のMOOC特集では、12歳で米国大学の上級レベルのオンライン講座を修了したパキスタンの天才少女、ハディージャ・ニアジさんにスポットが当てられた。

 日本の学制で中学1年生にあたる少女は、以前から相対性理論や宇宙生物学などに強い興味を持っていて、毎日通う私立学校の授業に物足りなさを感じていたという。そんな折、パキスタンに居ながらにして米国の名門大学の講義を受けられるMOOCの存在を知り、両親の勧めもあって受講にチャレンジする。少女は、世界中の受講生から電子掲示板を通じて助言や励ましをもらいながら、タームごとのレポート提出や試験をこなし、難度の高い合計11の講座のすべてを優秀な成績で修了した――。

 この少女のように若くして突出した才能を持つ人材や、個人的な事情から大学への進学・通学を断念した人材が高度教育を受けるためのプログラムはもちろんこれまでにも存在した。しかしながら、所定の条件を満たしてそうしたプログラムを受けられる者はごく一部に過ぎないというのが現実だ。国境、時差、年齢、経済事情といったさまざまな制約・格差の問題をクリアして、学ぶ意思を持つ者が希望する分野を存分に学べる仕組み――それこそがMOOCの最大の価値だと言える。

●Next:このデジタル教育革命を見逃す手はない!

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