香港の鉄道カードシステムを巡る大型案件を狙う日本ITCソリューション。だが競合する中国の北京鳳凰の下請けになるような形での受注は許されない。共同化の道を探るべく、北京鳳凰の蘇総経理の父親でもある董事長への直談判に、日本ITCソリューションの専務や事業部長、そして課長の佐々木が臨む。佐々木は朝寝坊をし会議に1時間遅れてしまった。ただ、その会議も思うようには進展していなかった。
日本ITCソリューション課長の佐々木は、会議には遅刻したものの、議論は堂々巡りをしていた。状況を把握した佐々木は、こう切り出した。
「日本のことわざに『名を捨てて実を取れ』と言う言葉があります。いうまでもなく『体面にこだわらず相手に花を持たせるが、実質的な中身は取る』という意味です。今回の案件を失注すれば何が損失になるのか、言い方を変えれば、今回の入札で御社は何を期待しているのかを改めて良く考えてみていただけませんか?
入札に勝つことよりも、実質的な収益を期待しているとすれば、その成果が得られれば、入札に勝つかどうかはどうでも良いことではないのでしょうか?
いずれにしても弊社は、このプロジェクトを単体では実行できないことは理解しています。ですから御社と共同で実施したいと考えているのです。我々が期待しているのは、今回のような大プロジェクトでの実績です。もちろん御社にも、そうした実績を作り上げたいというお気持ちはあるでしょう。共同なら、御社の実績にもなりますので、弊社が落札しても御社には、なんら損失にはならないのではありませんか?
日本社会は、ここ中国と違って、落札をしないと実績とみなしてもらえない風習があります。ですから今回の入札は弊社に勝たせて頂けないでしょうか」
佐々木は力説した。そうしたやり取りがしばらく続いたものの、北京鳳凰側の気持ちは変えられなかった。硬直した雰囲気を変えようとするかのように、蘇総経理が「今夜は彼の父親である董事長が夕食に同席するから席を変えよう」と言ってきた。
「さあみなさん、夕食会場に移りましょう。今日は日本料理の『徳川家』というお店を予約してあります。刺身や神戸牛、海鮮類のほか、調味料といった素材までも日本から直接空輸していると聞いています。近くですが車を用意しましたので車で行きましょう」
そう言うと蘇は一行を徳川家まで引率した。レストランに着いた時には、もう7時を回っていた。一行が個室に案内されると、そこに1人の老人が待っていた。蘇が「私の父です」と、その老人を紹介した。
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