[真のグローバルリーダーになるために]

【第44回】信頼関係を元に競合がプロジェクトを譲る判断

2016年9月30日(金)海野 惠一(スウィングバイ 代表取締役社長)

香港の鉄道カードシステムを巡る大型案件の獲得に向け、日本ITCソリューションは、競合相手である北京鳳凰との共同受注に向けて最後の説得に臨んでいた。日本ITCソリューション課長である佐々木の説明を受け、北京鳳凰の創業者である蘇董事長が信頼の念を示し、プロジェクトの背後にある“次のプロジェクト”についても佐々木らに話してくれた。

 そんなくだらないことを思っていると、三森も頼んだウィスキーのオンザロックを口に含みながら、佐々木に尋ねてきた。

 「佐々木さん、あなたはどう思いますか?」

 佐々木は慌てて現実の世界に戻ると、真顔で答えた。

 「事業部長、確かに予想外の展開でしたが、弊社にとっては良い方向になりました。今日の話どおりなら安値攻勢はしてこないでしょう。それでも我々は、他社の入札を警戒して8億香港ドルを少し上回る額で入札したほうが良いように思います。私の計算では10億香港ドル(約154億円)で利益2割を想定していましたから、8億香港ドルでは赤字になってしまう可能性はあります。

 昨日の入札資料最終報告会では、プログラミングの外注先をさらに検討した結果を報告しました。ですがプログラミングそのものは総コストのわずかしか占めませんので、今のままでは何か間違いでもあれば、すぐに赤字になってしまうと思います。それを回避するには、コストをさらに1割は下げないとまずいのですが、思いつく手は打ってしまっていますので、内心困ったなと思っています」

 そう言うと佐々木はブラディメアリーを一口、口に含んだ。

 「そうですか。赤字の可能性もあるのですね。何かそのために特別の対策を考える必要がありますね」

 「先月の時点でも、北京鳳凰の安値攻勢のことは意識していましたから、私なりの候補はあります。とりあえずはプログラミングのコストダウンを検討し、一番の外注候補としてバングラデシュへの発注を考えています。ここのプログラミングコストはベトナムの半値以下で、ミャンマーより5割も安いので、検討に値すると思います。そして一番大事なことですが、私はバングラデシュで信頼できるシステム開発会社の経営者を知っています。

 設計やテストの段階でもとりあえず対策を考えてありますが、まだ改善の余地があるかもしれません。その件は明日にでも北京鳳凰の邱さんに相談してみます。総合テストについては、これまでの工数の半分でできる企業を知っていますので、それはそれで対応が取れます。その会社は「コンバート」と言って、青木という社長をだいぶ前から知っています。

 彼は創業以来10年間、会社に管理部門を置いていません。社員が出社しPCにログインした時間をタイムカードを押した時間だとして扱うのです。退社も同様で、ログアウトした時間を計っています。日々の作業の成果はノルマ制にし、出来高で計算しています。月末になると自動で集計処理し、それぞれの従業員に給与が振り込まれる仕組みを彼が作ったのです。

 私はこれまで、テストの専門企業をいくつも知っていますが、彼の会社のように、管理まで自動化している会社はほかに見たことがありません。そのため費用も他社より4割は安いと思います」

(以下、次回に続く)

海野恵一の目

海野惠一

 今回のポイントは、佐々木がプログラミングのコストと品質だけでなく、テストについても、アジア各国のシステム開発企業と、その経営者をきちんと調査していたことである。どこが安いかというよりも、誰に頼めば信頼できるかという視点と、どのような開発手法を導入しているかという視点から精査している。そのうえでバングラデシュを候補に挙げている。

 総合テストに対しても、必ずしもアジアがベストではないということを佐々木は調べ上げている。彼は「コンバート」という日本企業を探し出していた。その特徴は、管理部門がないということだ。テストの仕組みばかりでなく管理のシステムまで経営者が構築してしまったという。そのため管理工数がかからず、アジアに依頼するよりも、この日本企業に依頼したほうがコストは4割も安くなる。そうしたことを佐々木は調査済みである。

 最近は中国での開発コストも上昇してきている。スキルレベルでは、インドや香港にも日本と遜色ない所が出てきており、そうした企業のコストは日本と変わらない。

筆者プロフィール

海野 惠一(うんの・けいいち)
スウィングバイ代表取締役社長。2001年からアクセンチュアの代表取締役を務める。同社顧問を経て2005年3月退任。2004年にスウィングバイを設立した。経営者並びに経営幹部に対するグローバルリーダーの育成研修を実施するほか、中国並びに東南アジアでの事業推進支援と事業代行を手がけている。「海野塾」を主宰し、毎週土曜日に日本語と英語での講義を行っている。リベラルアーツを通した大局的なものの見方や、華僑商法を教えており、さらに日本人としてアイデンティティをどのように持つかを指導している。著書に『これからの対中国ビジネス』(日中出版)、『日本はアジアのリーダーになれるか』(ファーストプレス)がある。当小説についてのご質問は、こちら「clyde.unno@swingby.jp」へメールしてください。

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