[ザ・プロジェクト]

治療薬開発と共に、デジタルでも世界の認知症治療をリードする─エーザイ

認知症治療デジタルプラットフォームの全容と、基盤にAWSを選ぶ理由

2020年10月12日(月)五味 明子(ITジャーナリスト/IT Leaders編集委員)

認知症治療薬の開発で世界でもトップを走るエーザイが、日常生活領域と医療領域の"架け橋"となるデジタルプラットフォーム「Easiit(イージット)」の構築に取り組んでいる。エーザイのコア事業を支えるデジタルプラットフォームにはどんな役割が求められ、今後、どう成長していくのか。プロジェクトのキーパーソンに取材した内容を元にお伝えする。

 今回紹介するエーザイのデジタルプラットフォームプロジェクトは、同社が2020年7月28日、脳の健康状態を日々測定し、認知症の予防行動を習慣化させることを目的としたスマートフォンアプリ「Easiit(イージット)アプリ」(画面1)のリリースで公になった。

画面1:エーザイがDeNAと共同で開発したスマートフォン向けアプリ「Easiit」。ユーザーのライフログを分析し、それぞれに適した「ブレインパフォーマンス」メニューを提供する(出典:エーザイ)
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 Easiitアプリは、ユーザーの歩数、食事、睡眠などのライフログを元に、「ブレインパフォーマンス(記憶力、思考力、判断力)」(図1)の改善に有効とされる習慣行動を数値化し、食事や運動のメニューなどを推奨してくれる。アプリ開発には、オンラインゲームやスポーツなどコンシューマー分野での実績が豊富なDeNAが協力している。そして、Easiitアプリを支えるシステム基盤「Easiitプラットフォーム」はAWS(Amazon Web Services)の各種コンポーネントで構成されており、今後もクラウドネイティブな機能拡張が随時行われていく予定だ。

図1:ブレインパフォーマンスとは(出典:エーザイ)
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写真1:エーザイ ディメンシア トータルインクルーシブエコシステム事業部 デピュティデジタルプラットフォームリード 久下正史氏

 本稿ではAWSジャパンのプライベートイベント「AWS Summit Online Japan 2020」にユーザーとして登壇した、エーザイ ディメンシア トータルインクルーシブエコシステム事業部 デピュティデジタルプラットフォームリードの久下正史氏(写真1)の講演内容と筆者の単独取材から、デジタルプラットフォームという、エーザイが挑むもう1つの認知症治療へのアプローチを紹介したい。

エーザイがデジタルプラットフォームに取り組む理由

 久下氏が在籍するディメンシア トータルインクルーシブエコシステム(DTIE)事業部は、ディメンシア(Dementia:認知症)という言葉が使われていることが示すように、認知症の治療・改善に関するソリューションに取り組む専門部署である。

 エーザイが有する認知症に関する経験やノウハウ、各種データ、ネットワークを統合したプラットフォームを基盤とし、認知症患者やその家族、医療機関、介護施設、製薬企業、IT企業、保険会社など、認知症にかかわるすべてのステークホルダーが共にパートナーとして課題解決を図っていくことを目的に、CEO直下の専門部署として2018年4月に創設された。エーザイという一企業の枠を超え、認知症治療におけるまさに"インクルーシブなエコシステム"の構築を目指している。

 冒頭で触れたように、エーザイは認知症治療薬の世界ではパイオニア的存在である。1997年に発売された世界初の抗認知症薬「アリセプト」は認知症領域におけるエーザイの存在感を一気に高めた。最近では次世代アルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」のBLA申請(生物製剤ライセンス申請)が米国食品医薬局(FDA)に受理されたことも大きなニュースとなった(同社プレスリリース)。症状の一時的な緩和ではなく、アルツハイマー型認知症の疾患根源に働きかけ、病気の進行を長期間にわたって遅らせるとされるアデュカヌマブの有効性が認められれば、認知症治療における大きなマイルストーンとなる可能性は高い。

 こうして認知症治療薬のトップランナーであり続けるエーザイが、治療薬の開発だけでなく、デジタルプラットフォームをベースにした認知症エコシステムの構築を進める。その理由について久下氏は、認知症という病気が急速に世界に拡大しつつあること、その期間が10~20年と長期化する傾向を挙げている。

 「認知症の患者数は、2018年では世界で約5000万人だったが、現在は3秒に1人が発症しており、2050年の患者数は1億5200万人にも上ると言われている(World Alzheimer Reportの調査より)。背景には日本を含めて世界で急速に進行する高齢化社会という現実があり、介護を要する人々が増えていることが大きい。介護を必要とする理由で最も多いのは認知症であり、さらに認知症はがんなどと異なり介護が長期間にわたるという特徴がある。70歳くらいで発症し、90歳まで介護を必要とするといったケースも少なくない」(久下氏)

 世界一の高齢化社会とも呼ばれる日本の場合、2025年には4人に1人が75歳以上、3人に1人が65歳以上という超高齢化社会が到来する。そして高齢者のうち5人に1人、約700万人が認知症を発症するとも試算されている。

 認知症は社会にも患者とその家族にも大きな負担を強いる。慶応義塾大学と厚生省による共同調査によれば、平成26年度における認知症の社会的コストは14兆6000千万円、患者1人あたりの年間コストは1414万円だったという。医療や治療薬よりも介護にかかる費用のほうが大きい点も特徴である(図2)。

図2:認知症に対する危機の高まり(出典:エーザイ)
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 このように、認知症患者の増加が社会にとっても、患者およびその家族にとっても非常に大きな負担となることは疑いない。認知症治療薬でトップを走るエーザイだからこそ、治療薬だけでなく、介護やインフォーマルケア(公的機関や専門職以外の家族などによる介護)をサポートする中心的役割を果たすべきである──そうした理念から発足したのがDTIE事業部であり、その活動を支えるデジタルプラットフォームがEasiitとなる。

 「今後、画期的な治療薬が登場したとしても、その時点から介護の情報を集めるようでは遅すぎる。仮に認知症に罹ったとしても、患者やその家族が認知症治療に関する情報を共有して、できるだけ健やかな日常を送れるよう、エーザイの知見はもちろんのこと、エーザイが35年間にわたって培ってきたネットワークを生かしてサポートしていきたい。Easiitはそのための基盤、認知症プラットフォームとして構築している」(久下氏)

Easiitプラットフォーム/アプリに備わる機能

 Easiitは認知症のデジタルプラットフォームとして「日常生活領域」と「医療領域」という2つの領域に関連するサービスを提供する(図3)。このうち、現時点(2020年10月)で提供されているのは日常生活領域サービスで、キャンペーンサイトやWebマガジン、ECモールなどに加え、前述した「ブレインパフォーマンス」を管理するスマートフォンアプリのEasiitを通じて提供される。一方、医療従事者との連携も予定されている医療領域サービスはまだ構想段階にある。

図3:エーザイ DTIE事業部が提供する「Easiit」のサービス概要
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 一般的に認知症に対する不安を覚えるようになるのは、もの忘れや集中力の低下が見られる40代以降とされるが、実際に何らかの認知症予防対策を取っている人は全体の約1割だという。そこでEasiitアプリでは40代以上のビジネスパーソンを対象に、仕事の質を高めるブレインパフォーマンスの提案を行っている。

 具体的にはWHO(世界保険機関)のガイドラインにある12のテーマ(運動、禁煙、栄養、飲酒など)におけるエビデンスや推奨レベルを基に、各個人に適した「ブレインパフォーマンスに良い習慣を始める/続ける」ためのメニューを提案する。

 「例えば、1日の歩数が3000歩程度の人に"ブレインパフォーマンスによいから"と1万歩を推奨しても実行することは難しい。Easiitでは、一人ひとりのユーザーに適した提案を行うことを重要視している」と久下氏。またEasiitというアプリ名にあるように、「ユーザーが簡単に使える」(同氏)ことを強く意識しており、例えば、食事の写真を撮影したら自動でカロリー計算や栄養素の解析を行うなど、シンプルで使いやすいUI/UXを徹底している。こうしたところにはアプリの開発パートナーであるDeNAのノウハウが反映されている。久下氏は、DeNAが開発に参加した理由を「スペック重視の製造業(製薬業)ではなく、UX重視のコンシューマアプリ開発の視点を取り入れたかったから」と説明する。

 今後のEasiitアプリでは、エーザイが発売する認知機能テスト「Cogstate Brief Battery」をデジタル化したセルフチェックツール「のうKNOW」との連携、スコアアラートを介した患者と家族の連携機能、より多機能/多コンテンツを含む有料サービス、医療領域への機能拡張といったアップデートが検討されている。

●Next:エーザイがデジタルプラットフォームの構築にAWSを選んだ理由

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