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「2030年には会社が消滅する」─危機感をバネに、DXに踏み出した日揮HD

2021年2月9日(火)田口 潤、杉田 悟(IT Leaders編集部)

プラントエンジニアリングの国内最大手である日揮ホールディングスが、デジタルトランスフォーメーション(DX)=デジタルを軸にした企業/事業の変革を急いでいる。背中を押すのは「変わらなければ、2030年には会社が消滅する」という強烈な危機感。では、なぜ10年後に会社が消えるのか、そして日揮HDは自らをどう変えようとしているのか? 同社常務執行役員CDO、デジタル管掌 人財・組織開発管掌の花田琢也氏が、2021年1月のビジネスシステムイニシアティブ協会(BSIA)定例会で講演したポイントを紹介する。

工数を3分の1、工期を半分にしないと価値はない

 まず日揮ホールディングス(日揮HD)について。石油や天然ガスなどのプラント(工場)の建設を請け負うプラントエンジニアリングの国内最大手である。世界80カ国、2万以上のプラントを手掛けてきた実績を持ち、中でも液化天然ガスプラントでは高いシェアを持つ、世界でも有数の企業だ。同社が手掛けるプラントの多くは規模が大きい。

 例を挙げると、中東カタールのガス処理プラントの場合、金額にして3000億円強、工期は4年に及ぶ。2.3km×1.4kmという広大なエリアに建設し、ピーク時の作業員が4万人を超えるという「ひとつの都市が突然、出現するような規模」である。この規模のプロジェクトをスケジュールや予算を守りながら運営するのは並大抵ではなく、普通に考えれば実績とノウハウを兼ね備えた日揮の存在価値は高いと言っていいだろう。

 ところが、同社の経営陣が重要取引先である米エクソンモービルからこう言われたという。「数年前、米エクソンモービルが年次開催する会議に参加した際のことです。同社のトップから『2030年に工数が3分の1、スピードは倍(工期を半分)にならないと、日揮はマーケットから退出することになりますよ』と指摘されました。今のレベルが変わらないなら、恐竜のように消滅する。そうならないための戦略はあるか、といった意味です」。

 もちろん「3分の1」や「倍」といった数字に根拠があるわけではないはずだ。10年少々で、こんな凄まじい効率化が可能になるとは考えにくい面もある。しかしIoTやAI、3Dプリンターなどのデジタル技術の進化を見ると「あり得ない」と切り捨てることはできない。実際、「日揮HDのトップは強烈な危機感を持ち、“デジタルジャーニー(デジタル化の旅路)”に踏み出すことを決定しました。2030年に日揮HDがどうあるべきかを考え、そこからバックキャスティングして踏み出す方向を見極める、ITグランドプランを検討することになったのです」。

写真1:日揮ホールディングス常務執行役員CDO、デジタル管掌 人財・組織開発管掌の花田琢也氏

 それに向けて日揮HDは2018年4月にデータインテリジェンス本部を設置。本部長に任命されたのが当時、経営統括本部 人財・組織開発部長だった花田氏(写真1)だった。人事責任者がデジタル化の旅を率いるのは違和感もあるが、花田氏はエンジニアとして日揮に入社し、国際プロジェクト本部のプロジェクト部長、事業開発本部長、あるいはEC関連会社のCEO経験を併せ持つ。こうした点では違和感どころか、適任だろう。

2030年からの逆算でグランドプランを策定

 その花田氏がまず手掛けたのが、ITグランドプランの策定だった。多くの場合、事業計画を立てる際には、現状の課題や問題の洗い出しを行い、次に何をすべきかを考える。これがフォワードキャスティングだが、前述の通り、花田氏らは未来のあるべき姿から逆算するバックキャスティングを実施した。10年以上も先の姿を想定することは非常に難度が高いと思えるが、エクソンモービルの「2030年に要する工数を3分の1に、工期を半分に」という指摘がある以上、その実現を前提にプランを作る必要があったということだろう。

 検討にあたってはベテランの社員ではなく、中堅・若手の人材を主体にした。花田氏は「当事者としてテーマや問題を捉え、自ら実装していくことが必要。言い換えれば2030年に日揮にいない人間が知恵を絞っても仕方がありませんから、その頃に中軸を担っているはずの人材を30名ほど招集し、チームを編成しました」と説明する。花田氏が人材を統括する立場だったことが奏功し、「チームにはセンスを持った人材を集めることができました」という。

 策定に要した期間は2018年4月からの半年間。一部外部のコンサルティング会社のアドバイスを得たが、「キーとなる技術や業界内の現状を調査したうえで、基本的にすべて内製しました」。その全体像を示すのが図1である。①AI設計、②デジタルツイン、③3Dプリンター・建設自動化、④標準化・モジュール化、⑤スマートコミュニティという5つのイノベーションプログラムで構成されており、横軸が目標・ねらい、縦軸が難易度を示している。

図1: ITグランドプラン:5つのイノベーションとロードマップ(出典:日揮ホールディングス) 
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 このうち①AI設計は、高度な知識と経験を要するプラント設計をサポート、自動化するAIの開発。②デジタルツインはプラント建設の進捗を可視化するもので、スケジュールの遅延やコストのオーバーランを把握したり、シミュレートできるようにする。将来は、プラントの稼働開始と同時に、デジタルツインを顧客に納品することも想定しているという。

 ③3Dプリンター・建設自動化は、構造材用の大型3Dプリンターの導入や、新素材開発によりリードタイムを短縮するというもの。数年後には鉄より軽量で強度のある素材が誕生し、3Dプリンターで製造できるようになる。あるいはデジタルツイン上で必要な操作をすると、構造材がプリント(製造)される未来を想定している。

 ④標準化・モジュール化は、標準化とモジュール化を活用することで納期短縮を実現する取り組み。建設現場に資材を運び込んで組み立てるのではなく、別の場所で組み立てたモジュールを現場に運びこむことで、現場での作業を短縮する(写真2)。図1では、最終的に3Dプリンター・建設自動化のロードマップと一体化しているが、これはモジュールの製造に3Dプリンターやロボットなどが採用されていく姿を現している。

写真2:モジュール化したプラントの納品作業(出典:日揮ホールディングス)

 図1に戻ると、右上は2030年にならないと達成できない目標、左下はすぐにでもできる取り組みという位置づけだが、こうした説明を聞くと相互に関連するのに加えてどれも欠かせない項目であることが分かる。それぞれ手戻りがあり得るかもしれないし、何かを作ればそれでOKという意味ではないことも含めて、花田氏は誤解もある「DX(デジタルトランスフォーメーション)」ではなく、前述したように「デジタルジャーニー」と表現した。「ジャーニーに大事なのは、ビジビリティ(視認性・可視性、見通しがあること)です。ITグランドプランではそのビジビリティを強く意識しています」。

●Next:デジタルジャーニーを表す数式とは?

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