[麻生川静男の欧州ビジネスITトレンド]

名門メルセデスが挑むデジタルトランスフォーメーション、取り組みの進捗と課題:第23回

シーメンスの協力を得てベルリン工場をデジタルツイン/スマートファクトリーへ

2021年4月30日(金)麻生川 静男

自動車メーカーの独ダイムラー(Daimler)が2021年3月、操業120年の歴史を持つベルリン工場を、独シーメンス(Siemens)の協力の下で「競争力のあるデジタル化のモデル化工場」に生まれ変わらせると発表した。この計画でシーメンスはハードとソフトの両面で技術やノウハウを提供し、独ベルリン州政府も財政支援するという。人員削減を懸念する労働組合との協議のような課題も残す中、名門企業は、競合メーカーが先行する市場競争に、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進で臨む。

操業120年のベルリン工場をスマートファクトリー化

 まず、独ダイムラー(Daimler)の社名だが、ダイムラー・ベンツ時代を含む伝統の社名が近々変更される。これは2021年2月、高級車部門と商用車(トラック、バスなど)部門に企業分割する組織再編プランと共に明らかになった。分割後は、高級車部門がメルセデス・ベンツ(Mercedes Benz)を、商用車部門はダイムラー・トラック(Daimler Trucks)を名乗ることになる。本稿では、同社名をメルセデス・ベンツ(または単にメルセデス)と呼ぶことにする。

 EV(電気自動車)、自動運転車、MaaS(Mobility as a Service)──周知のように、自動車産業は100年に1度の大変革期にある。メルセデス・ベンツは、2020年の半ばまでには多気筒のディーゼルエンジンとその関連部品の製造は消滅するだろうと予測している。この予測に基づき、ベルリン南西部のマリエンフェルデにあり、120年もの間エンジン製造主体で操業してきたベルリン工場(写真1)を、将来の生産システムのモデルになるスマートファクトリーへと変貌させようとしている。

写真1:独ベルリン南西部のマリエンフェルデにあるメルセデス・ベンツのベルリン工場(出典:独ダイムラー)

 現在の計画では、最新のパイロット製造ラインと実験室を備え、AIを搭載した工作機械を備えたデジタルパイロット工場に改造する予定である。全社では8万人もの従業員が製造に携わっているがその雇用を維持し、さらに発展させるため、全社の生産の青写真として、ビッグデータの解析に基づいたEV部品のサンプル生産と、エンブレムまでも含めた完成車を製造する工程を確認するためのパイロット製造工場として位置づけている(写真2)。

写真2:2021年4月15日に発表されたメルセデス・ベンツのフルEV車「EQS」(出典:独ダイムラー)

 このような大がかりなIT化はメルセデス1社ではできない。同社はパートナーとして、以前から技術や生産の面で協力関係にあるシーメンスを選び、両社は独ベルリン市役所で協力合意契約書にサインした。ベルリン市長のミヒャエル・ミュラー氏もこの契約には責任を持つ。ベルリン州上院議員のラモーナ・ポップ氏は「州政府は経済的にも技術的にも全面的にバックアップする」と力説する。

デジタルツイン、AI、エッジなどを駆使したプロジェクト

 メルセデスは、シーメンスが有するハードとソフトの技術を用いて、ベルリン工場にデジタルツインを実現し、最新のスマートファクトリーキャンパスに変えようしている。その際には仮想化、AI、エッジコンピューティングなどの先進ITが不可欠となる。

 ローコード開発も導入する。メルセデスのユーザーが簡単にアプリケーションを開発できるように、シーメンスのローコードプラットフォームである「Mendix」を使う。シーメンス取締役のセドリック・ナイケ氏によると、すでにシーメンス社員の1万人にMendixの教育を行っているという。

 スマートファクトリーに刷新されたベルリン工場で開発されたアプリケーションは、変更せずそのまま即座に世界中のベンツ工場に配布されるようになるという。その準備として、最新のVR/AR技術を駆使した新たな仕組みを整えている。それを使うことで、従業員をトレーニングしたり、資格の認定を行ったりすることができる。

デジタルで全世界の工場を統合する「M360」

 メルセデスでは過去30年にわたって自動車製造でのIT活用を推進してきたが、その成果の1つがデジタル生産プラットフォームの「MO360(Mercedes-Benz Cars Operations 360)」である(図1)。

図1:デジタル生産プラットフォームの「MO360(Mercedes-Benz Cars Operations 360)」(出典:独ダイムラー)

 世界で高級乗用車を生産しているメルセデス工場は世界に30カ所あるが、MO360はベンツの本社のあるシュトゥットガルト郊外のジンデルフィンゲンの第56工場で本格活用が始まった。主要な製造工程データとITシステムを共通のデータベースに統合し、主要なアプリケーションは統一されたUIで世界のどこからでもシームレスにアクセスできる。担当者はいつでもリアルタイムで製造状況を把握することができる。

 MO360を実現するための技術要素として、APIやクラウドによるスケーラビリティが必要だが、メルセデスは、オープンソースソフトウェアの活用で実装までこぎ着けている。2020年に、MO360の大部分のモジュールにインターネット経由で世界各地の工場からアクセスできるようになった。これにより、従業員が個々にリアルタイムで必要な情報や作業手順などを送信できるようになり、管理目標数値に基づいた生産管理の大幅な効率向上を図っている。

 MO360の特徴をもう少し見ていこう。MO360を形成するメインのシステムとして、品質保証システム「QUALITY LIVE」と生産管理システム「SFMdigital(Shop Floor Management digital)がメルセデスの世界のほぼすべての向上で稼働する。そして、これらを活用しながら目指す「ペーパーレスファクトリー」という取り組みがある。

●Next:メルセデスのほぼすべての工場に配備されるMO360の“中身”

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