[ザ・プロジェクト]

開発・生産から顧客体験までを一気通貫する! 1段ギアを上げたカシオ計算機のSCM/PLM改革

2022年2月24日(木)田口 潤(IT Leaders編集部)

2年以上も続くコロナ禍、復旧の兆しが見えない半導体不足、そして加速するデジタル化、あるいは深刻化する環境問題……。コロナの直撃を受ける飲食業や観光業、サービス業はもとより、製造業も多くが何らかの改革や変革を迫られている。これに真正面から取り組む企業の1社が、カシオ計算機である。本誌は以前から同社の動きを追ってきた。業務改革の目玉として取り組むサプライチェーン/エンジニアリングチェーンなどの刷新は、どこまで進んだのか?

 1年少し前、関連記事コロナ禍ゆえのサプライチェーン改革、カシオ計算機の新たな挑戦という記事を掲載した。コロナ禍の中、同社が主力とするウォッチ(時計)事業や電子楽器事業の売り上げは急変動に見舞われた。そこで以前から進めてきた製造に関わるSCM(Supply Chain Management)や製品設計に関わるECM(Engineering Chain Management)、スマートファクトリーなどの取り組みを、リニューアルも含めて加速させているという骨子だ。

 その記事では、SCMを2021年4月、ECMを2022年4月にそれぞれリニューアルして稼働させる計画だった。しかしコロナ禍で人の移動が制約される中、順調に進んだとはかぎらない。実際のところカシオの業務変革はどこまで進んだのか、何らかの状況変化はあったのか。それを知るために同社を取材した。結論から書くと、2021年に深刻になった半導体不足の影響などがあって、SCMやECMのプロジェクトは遅れていた。しかし、その一方で、それらにとどまらない新たな取り組みが動き出していた。より包括的な業務改革である。

製品重視からユーザー価値重視へ、事業構造の変革を目指す

 新たな取り組みから見ていこう。同社も他社と同様にデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進している。ビジョンは、製品重視型からユーザー価値重視型に変わること。具体的には「カシオとユーザーが直接つながり、ユーザー起点ですべての事業活動が成り立つような、ユーザー中心のバリューチェーンの構築を目指す」という目標を掲げる。

 というのも、ウォッチや電子楽器、電子辞書などコンシューマー向け事業が売上全体の90%ほどを占める(図1)。小売業経由の販売が中心であり、同社からは顧客の属性や購入動機、購入後の利用状況や満足度などが、ほとんど見えていなかったのだ。製品重視、別の表現をすれば「売って終わり」である。これに対しデジタル化、DXの文脈では顧客体験あるいは利用価値が重視される。SCMやECMの変革も重要だが、それらと同等以上に「モノからコトへの転換」が重要になる。

図1:カシオ計算機ではコンシューマー向け事業が売上げ全体の9割を占める(出典:カシオ計算機)
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 そのためにカシオは2020年6月にデジタルマーケティング部を設置し、2つの仕組みを構築した。2021年初めに稼働開始した「User Communication Platform(UCP)」と「User Data Platform(UDP)」がそれで、Webサイトや自社のECサイト、直営店、コールセンター、ユーザー登録などから得られる利用者の情報を集約する(図2)。流通・小売業では当たり前にしても、製造業では珍しい。加えて2021年10月には、ウォッチをユーザー自身がカスタマイズして購入できるサービス「MY G-SHOCK」も開始している。

図2:ユーザー価値重視のためのUCPとUDP(出典:カシオ計算機)
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 とは言っても、製品の大半は小売り経由での販売だ。購入者(ユーザー)がUCPにアクセスする必然性はまだ低いし、MY G-SHOCKもまだ始めたばかりである。それでもまったくと言っていいほど見えていなかったユーザー像やニーズを把握できるのは意味があり、コアなユーザーから見ればUCPがあるとないでは違う。加えて、同社が明言したわけではないが、何らかの体験をもたらすサービスをセットにした製品を用意しているはず。そうなればUCPやUDPのようなサービスプラットフォームが必須になると見られる。

 リードしたのは、博報堂でマーケティングディレクターなどを務め、2019年9月にカシオ計算機に加わった石附洋徳(いしづき ひろのり)氏。2021年04月には同氏を部長とするデジタル統轄部を設置し、UCPやUDP、社内情報システム、ECMやSCMなどのシステムを横断的に見る体制にした(図3)。このデジタル統轄部の設置が前述の新たな取り組みであり、「開発、生産、営業が有機的に連携するようにし、ユーザー中心のバリューチェーンを形成する役割」(石附氏)を担う。

図3:デジタル統轄部の役割(出典:カシオ計算機)
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 「横断的に見る」と書いたが、デジタル統轄部は組織図上、①UCPやUDPを担当するDX戦略部、②社内IT基盤やERPを担う情報開発部(=IT部門)、③ECMやSCMを担当するデジタル共創推進部、これらの上位に位置する。社歴わずか3年弱で製造業の経験がない石附氏を同部のトップに就けたのは、かなり思い切った人事だ。同氏の優秀さは当然あるにしても、「何としてもカシオ計算機をユーザー価値重視型の企業へとトランスフォームさせる」といった、同社経営陣の危機感の表れかもしれない。

●Next:カシオが直面した問題は? SCM/ECM/PLM刷新プロジェクトの詳細

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