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[麻生川静男の欧州ビジネスITトレンド]

全世界でワーケーションの最適地はどこだ?─独TUIが9指標から算出:第42回

2023年5月30日(火)麻生川 静男

コロナ禍で、日本でもリモートワークを実施する企業が急増したものの、最近は出社する割合がかなり復活してきた。出社して皆が一緒に仕事をすることのメリットがリモートワークのそれを上回ると考えられているからであろう。ドイツ企業も日本同様、コロナ禍でリモートワークが増加したが、一歩進んでバケーションも兼ねたワーケーション(Workation)としてのリモートワークの議論が盛んだ。同国らしく、ワーケーションの場所を合理的基準で算出した調査結果が先ごろ公表された。その調査内容を紹介すると共に、ワーケーションの選定に影響を与える項目について考察しよう。

社員の健康面を重視するドイツ

 40年近く前の米国留学時に「米国人は住みたい場所を決めてから会社を選ぶ」という話を聞いて大変驚いた経験がある。つまり、快適な生活を送れるような場所でなければ働く意欲が湧かないということだ。日本でも最近になってようやくワークライフバランスが重要だということが言われだしたが、米国ではすでに40年以上も前からそういう発想があったということになる。

 この考えは別に米国だけにあるのではなく、ドイツ(および他の欧州各国)でも見られる。それについては、本連載の第28回:調査で浮き彫りになった、ドイツのスタートアップ/ベンチャーの実像でも触れたように、ドイツでスタートアップやベンチャーが盛んな所は「ドイツ人だけでなく、外国人も楽しく暮らせる魅力的な都市」であるということからも言える。

 つまり、仕事を選択する際に楽しい生活が送れる魅力的な住居環境や生活環境を重視しているということだが、リモートでの仕事についても同様の考えだ。ただ、コロナ禍だけでなく、ドイツ企業が社員のリモートワークを推進するには別の理由が存在する。それは社員の健康面だ。

 ドイツの旅行会社であるTUIが興味深い調査をいくつか報じている。1つ目は、ベルギーに本社がある人事コンサルティングファームSD Worxが、欧州で働くビジネスパーソンを対象にした調査である。それによると、80%もの人が1カ月に少なくとも一度は職場において強いストレスに苦しんでいるという。

 ドイツ法定健康保険組合(DAK)の調査も伝えている。それによると、2021年度には、燃え尽き症候群(バーンアウトシンドローム)などの精神的疾患のために、100人の被保険者あたり267日の休業日があったという。DAKの2022年の報告書では、ドイツでは年間34万人が心臓や血液循環系の病気で死亡しているが、心理的ストレスが原因の1つと考えられている。ドイツの労働者の実に5分の1にあたる860万人が職場のストレスなどによる精神疾患によって心筋梗塞のリスクを高めている勘定になる。

 このような状況の改善策として考えられるのが、サバティカル(Sabbatical)と呼ぶ長期休職制度や、職場以外の場所で仕事をするリモートワークの導入だ。ただ、サバティカルの導入に関しては、休職期間中の給与や、同じ職場の同僚との軋轢の恐れなど、実施上の問題が数多くあるようだ。

 それに対して、職場を離れ、バケーションも兼ねた場所で仕事をするというワーケーション(Work+Vacation)は、近年のデジタル技術の進展で多くの職種で可能となっている。つまり、仕事の内容はそのままで、海外でバケーションを楽しみながら仕事をする、という一挙両得の話だ。

 バケーションが本当に心臓疾患系の疾病予防に役立つのかどうか不明だが、少なくともドイツでは伝統的にバケーションを取ることが義務づけられていることもあり、ワーケーションを好意的に評価するようだ。

デジタルノマドとワーケーション

 TUIは、オンライン語学学習アプリを提供するBabbelの調査も引用している。それによると、ドイツ人の76%は機会があればワーケーションを取ってみたいという。回答者の3分の2は、ワーケーションのほうが業務効率が上がると考えている。その理由はさまざまだが、一番多い回答は、地理的に職場から離れていることが心理的にワークライフバランスに良い影響を与えるということ。また回答者の半数は、ドイツの寒々とした気候から逃れて温暖な南の国に行きたいと回答した。あたかも渡り鳥が移動するように仕事場所を変える人はデジタルノマド(Digital Nomad)と呼ばれる。

 ワーケーション専門サイトのWorkationには、デジタルノマドが好むワーケーションの候補地が挙げられている。欧州圏内に限ると、ギリシャ、ハンガリー、ルーマニア、クロアチア、ポーランド、イタリア、チェコ共和国、エストニアなどだ(関連リンクBest Workation Destinations in Eurape)。

 また、保険会社のWilliam Russell Europeは、全世界のワーケーション候補地を紹介している。タイ(パンガン島)、スペイン(カナリア諸島)、ポルトガル(リスボン)、米国(オースティン)、ブラジル(サンパウロ)、ハンガリー(ブタペスト)、インドネシア(バリ)、セルビア(ベオグラード)、ドイツ(ベルリン)、アルゼンチン(ブエノスアイレス)などだ(関連リンク16 Top Workation Destinations - The Best To Work From In 2023

 これらの都市はリモートで仕事をこなすだけでなく、観光地としても魅力的で、生活を存分に楽しめる利点があるということでワーケーションの候補地として選ばれているようだ。ただ、これらの国や都市の選定基準があいまいで、どちらかというと観光に重点をおいて選ばれているように感じられる。

世界のワーケーション最適地を格付け

 対してTUIは、9項目の指標に基づいて世界の60カ国を選び、デジタルノマドにとってリモートワークのしやすさを比較したワーケーションのランキングを公表している(関連リンクTUI Workation Index

 9項目の指標のたいていは説明がなくともすぐに意味が分かるであろう。「幸福度指数(Happiness-Index)」とは、住民が日常の生活が楽しい、自由だと感じられるかどうかというかなり主観的な感覚である。他の地域から移住する人間は必ずしもその土地の人々と同じ感覚で生活できる訳ではないとはいうものの、暮らし安さを測る目安となるのは間違いない。「LGBTQIA+受容度」とは性的マイノリティを受け入れる社会であるかどうかの指標である。

●ブロードバンド通信速度
●モバイル通信速度
●ブロードバンド月額使用料
●モバイル月額使用料
●就労ビザ
●幸福度指数
●LGBTQIA+受容度
●治安
●年平均気温

 これらの指標による、ワーケーションの候補地の第1位から10位は以下のとおりである。

1位:タイ
2位:デンマーク
3位:フランス
4位:ルーマニア
5位:スペイン
6位:ハンガリー
7位:オランダ
8位:ドイツ
9位:ニュージーランド
10位:ノルウェー

 また、TUIが公表している詳細データを図1に示す。

図1:TUIが公表している詳細データ(筆者集計)
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 この結果を見て、タイが1位になったことに驚く読者は多いことだろう。タイは観光地として魅力的な国であるのは確かではあるが、デジタルノマドにとって重要な要因であるブロードバンドの速度は60カ国中第5位であり、スイスを除き、欧州のどの先進国よりも早いのが順位を上げている大きな要因と言える。また、ルーマニアはフランスと並んで第3位であるが、高順位の要因の1つが高速のブロードバンドが割安であるからだろう。

●Next:ワーケーションの決め手は? 9つの指標の重み付けを分析

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