旅客機の整備業務は、F1レースのピット作業を髣髴とさせる。着陸から次の目的に向けた離陸まで、短ければ30分ほど。基本的な整備はもちろん、必要なら修理もする。そんな整備業務に、全日本空輸はRFID(ICタグ)を使っているという。一体、何のために利用し、どんな効果を得ているのか。整備担当者に話を聞いた。聞き手は本誌編集長・田口 潤 Photo:陶山 勉
- 板垣照二郎氏
- 全日本空輸 整備本部 ラインメンテナンスセンター 羽田整備部 システム整備第二課 主席整備士
- 1981年4月、全日本空輸に入社。以来28年間、運航間で航空機材に発生する不具合の修復や管理など、一貫して整備畑を歩んできた。
- 安藤潤二氏
- 全日本空輸 整備本部 機体計画部 施設設備チーム 主席部員
- 1989年4月、全日本空輸に入社。運航便の整備業務や事業所総務を経て現職。整備施設および設備の中長期計画や購買業務などを担当している。
- 清水昌哉氏
- NECエンジニアリング 第一システムソリューション事業部 ニュービジネスソリューション部長
- 1984年4月に入社。2007年4月に現職に着任し、RFIDを含むユビキタス技術を用いた位置管理システムや入出庫管理システムの開発プロジェクトを手掛けてきた。
─ 旅客機の整備業務において、RFIDを利用した「LEVETシステム」というシステムを稼働させたと聞きました。一体どんなシステムですか。
板垣: 簡単に言えば、整備業務に使う工具や用具を管理するものです。誰でも忘れ物をすると思いますが、その忘れ物が、どれだけ私たちを悩ましてきたことか。
─ はぁ、忘れ物…ですか?
板垣: 機体の整備に向かう際、整備士は作業用の工具や点検用のフラッシュライト、無線機、それから業務用の携帯電話、パイロットなどとの通信装置、規定集などを身に付けて出て、整備を終えると、すべて持ち帰ってきます。そのとき何か1つでも置き忘れてくると、もう大騒ぎです。
─ 例えば、車輪の格納庫にライトを置き忘れたりすると、事故につながりかねないといったことですか。
板垣: そうです。安全に運航する上ではそういったことは許されませんから、エアラインの世界で忘れ物は絶対にタブーなんですよ。
安藤: 何かを持ち帰っていないことが分かると、旅客機を出せませんから、大げさなようですが、組織を上げて徹底的に捜索します。
板垣: 整備の行き帰りに通った道路や側溝の隅々まで、一晩中かけて探し回ったこともあるんです。
─ なるほど。そこで工具や用具を管理しようと考えたわけですね。その詳細は後でお聞きするとして、そもそもシステム導入前はどう管理していたんですか。
板垣: 昔から色々試行錯誤してきましたが、最近まではマグネットを使っていました。整備用具とその識別番号を書いたマグネットを一対で用意し、整備に向かう際に持って出る整備用具のマグネットと整備士の名前入りのマグネットを、大きなホワイトボードに張るようにしていたんですよ。
安藤: 最終的にホワイトボードを使うようになったのは2004年12月に羽田の第2旅客ターミナルビルがオープンしてからですが、用具の出納を管理する原理は何十年も変わっていません。
─ ホワイトボードからRFIDへ、随分と発想が変わりましたね。RFIDに着目したきっかけは?
安藤: 最新の機体であるボーイング787(B787)の導入に当たって推進中の業務改革の一環で、B787の部品管理にRFIDが使えないか一昨年から検討していました。ちょうどその頃、NECさんが開いたRFIDの勉強会に板垣が参加したのがきっかけです。
清水: 確か2007年の上期でしたね。平和島にある当社(NEC)のRFIDイノベーションセンターに来ていただきました。
─ 板垣さんはRFIDの話を聞いて「これだ!」とピンときた。
板垣: ええ、ゲート型のRFIDリーダーの前を通過すると複数のRFIDの情報を一気に読み取るのを見て、すぐにひらめきました。「これはホワイトボードより格段に出納管理の効率が良くなるし、整備士も楽になるのでは」とね。
─ ということは従来のホワイトボードを使った出納管理は今一歩?
板垣: おっしゃる通りです(笑)。もちろん運用できちんとカバーしていましたけど、以前はマズかった。出納管理の業務を抜本的に改善したくてRFIDを活用することにしたのです。
強過ぎず、弱すぎず
最適な電波出力を探る
─ 導入プロジェクトがスタートしたのはいつですか。
清水: まずRFIDの読み取り性能を確認する簡易的な検証を実施しました。システムの要求仕様や画面設計、運用フローを固めるなど、本格的に開発に着手したのは2008年1月です。
─ RFIDの読み取り性能の検証?
安藤: 実際に無線機やフラッシュライトにRFIDを取り付け、複数のRFIDを一括して読み取れるか確かめました。
─ 結果は板垣さんの期待通りだった。
板垣: いえいえ(笑)。私はゲートを通過するとRFIDの情報をダーっと一挙に読み取るものだと考えていたんですよ。ところが実際には違いまして、読み取ったり読み取らなかったりする。
─ そりゃまずい(笑)。原因は?
板垣: 整備用具を入れた工具箱は金属だし、無線機だって表面はプラスチックですが、中身は金属でしょう。ちょうどラジオの近くに金属があると聞き取りづらくなるのと一緒で、RFIDも金属に取り付けると電波の波長が乱れて読み取りにくくなるんです。
─ 金属対応のRFIDもありますよね、清水さん?
清水: ええ。RFIDは基本的に金属に張ると読めないのですが、金属と直に接しないように加工することで読み取れるようにしました。
安藤: RFIDの形状の違いも性能に与える影響が大きかったと思います。管理対象の整備用具は全部で16種類あり、それぞれ形が異なるんですよ。NECさんには6〜7種類のRFIDを選定してもらったのですが、種類によって読み取りやすいものもあれば、読み取りにくいものもありました。
─ それでは実用化が難しい。3、4日かけてチューニングすればメドが立つものですか。
板垣: 電波はとても微妙なものですから、残念ながら3日やそこらでメドが立つほど甘くなかったですね。プロジェクトの本格始動後、実際に導入するゲート型のRFIDリーダーをNECさんの施設に設置して行った検証でも、最適な電波の出力レベルを探り出す作業にかなりの工数をかけました。
清水: そこが一番難しかったところです。今回使用したのはUHF帯の電波で通信するRFIDで、リーダーとの通信距離が長く、一括読み取りにも向いています。ところがANAさんではゲート型のリーダーを隣り合わせて複数設置することにしていたんです。
そのため電波を強くすると、隣のゲートを通過する人やゲートの前で並んで待っている人のRFIDまで読んでしまう問題がありました。反対に、電波の出力を落とすと、今度は一括読み取りの性能が下がる。隣り合うゲートの間に置く電波吸収体の大きさを調整したり停止線を設けたりする対策をして、ANAさんの整備事務所にシステムを設置したのは2008年4月でした。
─ 一筋縄ではいかなかったわけですね。さすがに設置後はスムーズに?
板垣: 残念ながら(笑)。むしろ、そこからが試行錯誤の本番でした。「こりゃ大変だ。どうにかせんといかん」と思ったほどです。
─ 何があったのですか?
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